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この作品に関連する談話室の質問
この作品からのみんなの引用
みんなの感想・レビュー・書評
「本を読む」という行為について難解な言葉遣いで滔々と語っている本。全く理解できていないけれど、こういうの好きだなー
今さら読んだ。 何と言うか・・・物凄く心にぐさっとくる箇所もあった。本を読むということは、自分を決定的に変化させてしまう、ひょっとしたら自らを滅ぼす/狂わせてしまう、そのような契機的要素を不可避的に孕ませているのが、「本」なのであり「読む」という行為なのだということは、全く同意せざるをえない。今の僕がここにいるのは、そのような読むと言う経験を通じることができたのは間違いない。だけど、そのよう... 続きを読む »
文学こそ革命の本体である
ルターやムハンマド等が起こした革命について深く掘り下げて文学の強さについて熱く語った本
あるラジオ番組で著者がお勧めする本について相当熱く語っていたが、その時感じた熱気をこの作品からも感じた
世界の終りや文学の終りなどと煽る連中が心底お嫌いなようで、人類の歴史をちゃんと研究していれば終わりなどないと言っている
目線を広く深くしていくことで見え方が変わってくるよと教えてくれる作品
本と革命がどう関わるのだろうと、ずっと気になっていてようやく手に取りました。
最初はとっつきにくい感じがあったけど、とても面白かったです。
著者の考え方や訴え方が好き。
「読む」ことに対する真摯さ、静かな熱さがぎっしりと詰まっていて、満足感のある一冊でした。
キーワードは、文学、革命、思想、宗教、哲学、といったところ。
聡明な頭脳が「文学」を語るとこういう形になるのか、
という感慨深い一冊。
装丁の雅に惑わされてジャケ買いしてしまうと、
うっかりその情熱に絆されてしまいそう。
革命を想起させる赤。
滾るような想い。
昨今、「本」をめぐる環境の変化はめざましい。
それに拘る仕事をする者としては、
素通りできない一冊。
文学とは~という話を、宗教学的な観点から(と表現していいのかな?)展開している。
革命を起こすのはすべからく文学であったと。そしてそれはただひたすらに読むことによって、とても静かになされるとか。背景知識が全然なくてよくわからなかった部分も多かったのだけど、自分なりにはグッと来るものがあったとかなかったとか。
本書を読み終えて感じたのは「非常に熱い文章だ」ということです。 著者曰く、本を読むということは引き込まれるということ、発狂するということ。本は革命を生む、暴力による革命だけが革命ではないということ。本が革命を有無とはどういうことか。ルターは聖書を読むことによって、「教会の権威」や「領主に遣えること」が聖書に書かれていないことを知った。結果としてキリスト教を「教会」から「個人」に取り戻すこと... 続きを読む »
とても面白かった。自分の考え方・価値観に大きく影響を与えてきたような大事な本、を持っている人なら、多かれ少なかれこの本を受け入れることができると思う。柔らかい語り口調で、でも確固たる意志を感じさせる文章だった。正直、途中読むのが難しかった部分もあったが、最後は圧巻。ロマンを感じた。
読む前までは、<本>と<革命>はある意味対極にあるくらい関係のないものであると感じていたが、ルター、ムハンマドの言葉を読み進めるうちに<本>から<革命>が始まることに疑問を感じなくなった。先人達がどんな気持ちで<本>を書いたのか、今時分を含め短視眼的に物事をみているかの反省を促してくれた本。
ルターの章が物凄く面白い。「宗教改革」と四文字でまとめられる彼の功績を、「読み、書き、伝えた」という切り口で切り裂き、ぶちまけられていた。
最終章ドストエフスキーの功績を讃える部分が感動的で涙が出た。絶望的な状況の中、それでも書くしかなかった偉人の姿に圧倒される。
人は自分の生きている間に劇的な変化を迎えたいと思っていて、終末論も端的に言えば享楽でしかないという見方が非常に興味深い。それでも人間は、自分の死を死に終えることは不可能で、自分が死んでも世界は終わらないという厳然たる事実をアッサリと言い放つ。心配するな、大丈夫、と。希望でもあり絶望でもある。
赤い、本だった。目を閉じても、瞼の裏に、その赤が、しみついて離れない。
面白かった、というには語弊があるし、人に勧めるにも躊躇いがあるけれど、読んでよかった、と思える一冊。
繰り返し読みたいし、読まなければ、とおもう。
そして、書かなければ、と。
折ったペンは、いまでもわたしを待っていてくれるのだろうか。
言わんとするところはわかる。本当に「読む」とはどういうことか。くどいけど、個人のレベルにも、歴史のレベルにも、作用するようなモノってあるよね。そういうモノに少しでも多く触れたいのか僕は。
文学こそ革命の源である。と著者はいう。
「本を読む」という行為を考えさせられた。氏の考えだと、おそらく自分は本を”読んで”いないだろう。でも、これでいい、と思った。
いろんな意味でスゴいことを主張する人だ、佐々木中という人は。
ちなみに僕の「嵐を呼ぶ本」は佐々木中さんの「切りとれ、あの祈る手を」です。読むことと書くことについての本。衝撃を受けました!
文学の勝利、
ルター、文学者ゆえに革命家、
読め、母なる文盲の孤児よ、
われわれには見える、
そして三八○年の永遠
革命とは暴力でも主権の奪取でもなくテクストの書き変えである、と佐々木中は言う。
読み、書き、することが本当はなんと強大であったことかを知らされる。
読むこととはもはや狂気である。
読んでしまったその瞬間に、書き出さなくてはならない。
ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル出演時もそうだったけど、かなりのアジテイターだなと思った。
アジテイターだとちょっと悪い意味に聞こえちゃうけど、とにかく迂回を恐れず、繰り返しを厭わず、自分の言いたい事を相手に伝えようとする芸風(?)は何か危なっかしさも感じるけれど、それ以上に情熱的で感動的ですらある。
「文学こそが革命の力であり、革命は文学からしか起こらないのです。読み、書き、歌うこと。そこからしか革命は起きない」(p.106)
読んでしまった。そしてこれからも読み続けるであろう本。
そして、読む前と読む後では、確実に世界が、そしてそれに対する姿勢が変わってしまうそんな本。
読む前は堅そうな本だなぁと思っていたけど、開いてみたらそれほどでもなかったので順調に読み進められた。文学こそが革命の力。アグレッシブな内容。
"読むこと"をめぐる語り下し五夜。
ルターからムハンマドまで、迂回に迂回を重ねて語られるのは、読むこと書くことの革命性。
読むこと書くことは、それ自体革命の根源であり駆動力。
それは文学の力とか文学の可能性とかなまやさしいものではない。
時に人を狂気に陥れるほどの命がけの行為。
だからこそ読まずにはいられないし書かずにはいられない。

面白かったなあ。文体の特徴・主張の反復による強調が快い。明快。読むということ、書くということの意味を捉えなおすには十分だった。
ムハンマドとハディージャの件が特に、特に、特に。
・「終わり」は今ま...





