見て見ぬふりをする社会

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制作 : 仁木 めぐみ 
  • 河出書房新社 (2011年12月2日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (403ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309245690

見て見ぬふりをする社会の感想・レビュー・書評

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  • 見て見ぬふり、と一言でいうが、様々な要因があることがわかる。
    そもそも、人間の脳自体が不都合なことから目をそらそうとすること、過労、ながら運転のように人間が注意できることの量的限界、長いものに巻かれろという態度。
    これに立ち向かうのは意思が大事だと説くが、でもこれが難しいのだ。馴染みのものに取り巻かれて生活するのは心地よいが、好奇心をもって、未知なもの、新たな体験を試みるのが大事なのであろう。

    本書の冒頭でもでてくるが、今後何万年も使用済み燃料を管理しなければならない原発は最大の見て見ぬふりかもしれない。

  • 企業における見て見ぬふり。
    トップが権力を強めれば強めるほど、周囲はイエスマンになって意見は届かなくなる。
    誰も意見を言わないがために、問題は認知されず大きな災害に繋がることも。
    権力を持つと自分に似た人間を集めたがる。

    不倫をされた夫や妻はそうではないと信じたいがために、明らかな事実も不倫と認識できない。

    黙っていれば問題は過ぎ去ると言う、あり得ない考えに従ってしまうのは楽だか。
    脳がコンピューターより優れているのは情報を捨てることができるから。
    都合の悪い情報は葛藤を生み出す。
    反対意見を出せるのはその訓練のなせる業。

    癌になると分かっていても日焼けする。
    明らかになっていないと言いはる。
    カルト化すると間違う度により信念が強固になっていく。

    非常に面白かったが、通勤中に読むには内容がハード。
    色々と考えさられた。

  • 似た者同士の危険
    愛はすべてを隠す
    頑固な信念
    過労と脳の限界
    現実を直視しない
    無批判な服従のメカニズム
    カルト化と裸の王様
    傍観者効果
    現場との距離
    倫理観の崩壊
    告発者
    見て見ぬふりに陥らないために

  • 見て見ぬふりをする社会

    世の中 故意であれ 無意識であれ 見て見ぬふりがたくさんある

    見ているけどごまかしてる
    見ていないような気になっている
    見えるはずなのに見えていない
    そんなことが事件や、悲しい出来事に繋がったりする
    見て見ぬふりによっておこる事件や
    社会での現象を事例をあげて検証
    社会にはびこる「見て見ぬふりのメカニズム」


    見て見ぬふりの本能的例

    ●似たもの同志の危険
    人は同じような考えのもの同士で固まっていたいという本能があるせいで、違う種類の人々や価値観や経験に触れることが少なくなる。ゆっくりと、だけど、確実に、自分の知っていることだけに集中し、他の全てが見えなくなっていく。視野が狭くなり、居心地のよさを自身を感じ、目の前の世界は縮んでいるのに、たくさんのものが見えて いる気分になる。

    ●愛は全てを隠す
    自分のアイデンティティと安心は愛している相手次第のことが大きいので、それを脅かすようなことはどんなことでも望まない。愛するものが崩壊される怖さ、自分を認めてくれる相手が、自分を見なくなる怖さがある、だから、批判的、否定的に考えられなくなる。

    ●過労と脳の限界
    人は予想しているものを見て、予想していないものは見えない。疑うより信じるほうが、脳のエネルギーを使わないで済むので、疲れていたり、なにかに気をとられていると人は騙されやすくなる。 偏見はすばやくエネルギーを使わずに出てくるので、疲れている自分にとって 心地よいとわかっている情報を選び勝ち。 新しい情報や、矛盾する情報を検討するより、偏見や既に知っている意見や人々頼る・・・そのほうが脳がラク。睡眠不足や、働きすぎの場合、論理的に考える能力、判断力、正しく人道的な決定を下す能力、結果や複雑な事柄を理解する能力を失っている。

    ●現実直視しない
    誰もが見て見ぬふりをしたくなる、無視していればなくなるのではないか、そう願ってしまう。単なる希望的観測ではなく、その脅威自体が存在しないなら、それと戦う必要がない。現状を変えたくない、葛藤を避けたいという思い。~現状の罠~ すべてを現状のままにしておきたい、変化を起こすより、容易でリスクが少なく感じられ、精神的感情的エネルギーを使わないで変化を好むものはいない。

    ●無批判な服従のメカニズム
    集団によってしかなしえることができない、安全と特権を確実化にするためには、個人がある程度犠牲なるのはいたしかたない、という心情。複数の人が協力することで、ひとりよりもはるかに大きなことが成し遂げられるので、影響力を持つためや、なにかを達成するためには 進化上の生存のためにも、自らの意思で自主性を犠牲にする。

    ●傍観者効果
    人は集団になると、悪い出来事を目撃しても、まるで何も見ていないかのように行動する。その出来事の中での、自分の役割が良くわからない、なにか対応が必要なほどひどい状態でなければいいなぁ、放っておいてもなんとかなる、自分が誤解しているだけ、反応したら衝突になる、慌てて駆けつけたらば馬鹿みたいに見られる。そんなことが妨げになっている。その結果、加害者やいじめっこは、自分達の行動が傍観者に受け入れられていると考えてしまう。


    なんか違和感はあった
    確かにおかしかった
    だれかがどうにかしてくれると思った
    大丈夫だろうと思っていた
    どうにかなると思っていた
    どれも後の祭り
    見て見ぬふりに思い当たることが多くある

    見て見ぬふりは誰にでもおこること
    人間の本能的なものだと認識しつつ
    自分の意思で行われていると自覚すること
    そしてすごくキケンなことであると理解すること
    なにか勇気を持って一歩が踏み出すことができるのかも

    それにしても人間は都合よくできてると思ってしまった

  • 「日本語版刊行に寄せて」という文章に、典型的な「見て見ぬふり」の現場として福島第一原発事故のことが記されています。

    見て見ぬ振り、は愛ゆえにもおこる。
    罪とは、的を外してしまった愛であるという言葉をききました。
    的を外した、あるいは的を外すしかなかった愛の迷いが"みてみぬふり"をうむように思います。

    それから、なにより"恐れ"のきもち。

    見て見ぬ振りは、どこかで、誰かに、怖くない方法でとめてもらうことを密かに願っている、顔さえ持たなくなった孤独な存在ではないでしょうか。

    コンヒュージョン。

    ***
    自分の行動の意味が埋没するほどやたらと大きな世界に暮らすのは、危険。

    一日異常者というエクササイズ。

  •  いろいろな実例(デリバティブなど分からないものも多かったが)を取上げて書かれている。その内容は海保博之の著作と同内容であることに気づいた。

    以下、引用
    ●ミルグラムは、田舎の店員は客とじっくり会話をするが、都会のスーパーマーケットのレジ係は、一人の客の支払を処理してから次の客にかかるまでに、ほとんど時間がないことに気づいた。「都市生活者は目的を持って人ごみを縫って進んでいるとき、通りで酔って倒れている者がいても無視する。」ミルグラムは自分が冷たいからでも親切心がないからでもなく、都市生活者というのは、人が密集している街で投げかけられてくる要求にうまく対処する術を学んでいるだけなのだと主張する。
    ●しかしもっとずっと開かれている企業や、正直さや透明性を信奉する企業においても、変化が必要だとずっと前からみなが知っていても、沈黙が変化をはばむことがある。(略)危ない経営状態を話題にすることをおそれるあまり、誰一人経費節減をしなかった。経営者側は社員に心配をかけないようにと考え、社員たちはなんの解決策を持たない経営者側に話しても時間の無駄だと考えていた。誰もあえて苦しい選択をせず、みなが必要な衝突を避けていた。互いのせいで膠着状態に陥っていた。社員も経営者も見て見ぬふりをしていたのだ。
    ●我々は自分に似た人々と過ごすことを好むと同じように、周囲に合せることを好む。自分が周囲と違うのに気づくと、周りの人たちを変えたり、自分を変えたりする。同化は、意識的に行うときも無意識のときも、自分を変えるという選択なのだ。
    ●責任の拡散は、責任転嫁を都合よく言い換えたものにすぎないこともある。我々は、特に上下関係がはっきりしている組織では、自分より上位の者にならうが、彼らが何もしなかったら、我々はどうするべきなのか?我々はどんなときでも給料やキャリアを言い訳にして、間違っているとわかっていることに目をつぶる。
    ●なじみのあるものを好むこと、特定の人や持論への愛着、忙しいことを喜ぶこと、衝突や変化を嫌うこと、本能的に服従、同化すること、責任を転嫁したり拡散させたりする技術などだ。(略)共通しているのは、我々のプライドを守らせ、不調和を減らし、たとえ錯覚でも安心感を与えてくれることだ。

  •  人はいかに見て見ぬふりをするか。このふりには意識的なものと無意識てきなものがある。生物的な認知の限界や心に苦痛をもたらす情報からの逃避、利己的動機からの情報の遮断などがある。

     世の中に起きる問題を人は火種探しに躍起になるが、本質は火種で無く燃料にある。例えば、ナチスの独裁にしても火種としてのヒトラーをいくら分析したところで始まらない。ナチスの主張、行動、組織、プロパガンダに対して徹底的に見に見ぬふりを決め込んだ大衆こそがナチス独裁をもたらした燃料である。

     見て見ぬふりは、無為の行動故にそれが原因で問題が起こっても当事者は自分に責任がないと信じ、主張する。しかし、目の前の不正義、不公正、情報を認知し、訴えることができるならば政治上の問題だけで無く、身近な生活、社会における問題をも未然に防ぐことがかなり可能になるはずである。

     人間の最大の見て見ぬふりは、メメント・モリを実感として認知しないことである。

  • 「何となくおかしいと感じる」とか「もう明らかに非常識な状態」とか、そういった危機的な状況にいても、人はつい「気づかないふり」をしてしまうことについて、大量の事例に基づいてしつこく説明している。エンロンでもアブグレイブ刑務所でもサブプライムでも、問題だと気づきながら流されるように同調していた人が少なからずいたらしい。話としてはよく分かるんだけど、たまたま大事件になってしまった場合を除いては、基本的に「気づかないふり」をしていた方が得なのではないか、という観点がまったく検討されていないのはいかがなものかと思った。まあ、惚けるにしてもしっかりリスクを認識して、危機管理をしたうえで惚けなさいね、ということか。(無意識のうちに「気づかないふり」をしてしまうことと、意図的に「惚ける」ことは完全に別物だけど)

  • 人は様々な理由で、故意にあるいは無意識に目の前にある現実に気付かなかったり知ることができるのに知ろうとしなかったりする。それは時に取り返しの付かない重大な結果を招く。翻訳のせいかちょっと読みづらかった。

  • 【新刊情報】見て見ぬふりをする社会 361.4/ヘ http://tinyurl.com/7x2ptxj 企業の不正や事故のリスク、過重労働、児童虐待も、みんな見て見ぬふり!波風を立てたくない、決断したくない、自分の信念を捨てたくないといった心理から起こる傍観者の態度を詳しく分析

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見て見ぬふりをする社会の作品紹介

企業の不正や事故のリスク、過重労働、児童虐待もみんな見て見ぬふり。波風を立てたくない、心配をかけたくない、苦しい決断をしたくない、自分の信念を捨てたくないといった心理から起こる傍観者の態度を詳しく分析。

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