フランシス・ベーコン 感覚の論理学: 感覚の論理学

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (253ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309247496

感想・レビュー・書評

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  • 本書はフランスの哲学者ジル・ドゥルーズがものした、画家フランシス・ベーコン(1909〜1992)論だ。
    いわゆる美術批評とは異なるけれども、ほんとうにすぐれた論考だと思う。

    (難解といわれるドゥルーズ でも本書はわりと読みやすい部類に入るのではないだろうか。反して直前に書かれたフェリックス・ガタリとの共著「千のプラトー」はぜんぶまともに読もうとすると気が変になりそう。バカロレア で出題される哲学者のなかに、フーコーの名はあってもドゥルーズ の名はない)

    例えば、メルロ・ポンティが書いたセザンヌ論のように、哲学者は往々にして自身の哲学を語るその参照項として芸術にも言及する。
    本書もまたドゥルーズ自身の「器官なき身体」という概念について語るためにベーコンを論じていることもたしか。「器官なき身体」というのは、有機体の体制をのがれ、生成変化、つまり変身の途上にある身体のこと。
    とはいえ、ベーコンの絵の本質を精確に言い当てていて、感心させられっぱなしだった。

    ベーコンは自分にとってずっと気になる存在だ。たしかポンピドゥーセンターでだったか、ベーコンのトリプティクが一作と、作家「ミシェル・レリスの肖像」が展示してあるのをたまたま見て、度肝を抜かれた。まさにドゥルーズが言うように「神経」に直接作用する絵だった。あまりに驚いてその絵の前に1時間くらいいたが、とりたてて美しいわけでもなく、むしろ醜いといってもいい人体や顔が描かれていて、なぜ自分がこんなに感動しているのか、いつまでたっても理由がわからないのだ。

    それ以来、ベーコンについて、手に入るものは読んだり見たりしてきた。
    ベーコン自身のインタビューはさておき、本人以外がベーコンについて論じたもののなかで、(抽象的なだけに)本書がおそらくもっとも射程が広い。かなり具体的であると同時に抽象的であるというのが本書のもつ奇妙な特徴だ。

    ベーコンは、具象画と抽象画、どちらにも偏らないように(つまりどちらにしても、それは「表象」に堕してしまうから)、写真を活用したり、絵の具を投げつけたり、偶然の痕跡を利用したりして、純粋なイメージ(これはドゥルーズの言葉)を追究してきた。

    ドゥルーズはこのイメージのことを「図像」(フィギュール)と読んでいる。図像は、意味、物語、説話をすりぬける。そのむこうには「現実」がある(これって映画監督の侯孝賢が目指していることにも近い)。

    そしてこの図像を生み出す装置のことをドゥルーズ は「図表」(ダイアグラム)と呼ぶ。うまくいけばこの図表がイメージ(色彩や形態)を歪め、断ち切りなどして頭脳に作用しないイメージを生み出す。また、運動そのもの、時間をも描き出す。

    ところで、ベーコンはセザンヌ主義者であるという指摘には目から鱗だった。もちろん、両者には大きな違いがあるという前提での話なのだけれど、「現実」を見せるために「感覚」を創造したセザンヌの系譜にベーコンがいるというのは納得がいく。さらには、「力」の描き方に関して、ドゥルーズはベーコンをミケランジェロにもつなげる。

    こうして自分がもっとも好きな芸術家のうちの3人が不意に結び付けられ(言われれば意外でもないが)、まるでこちらの無意識の動きを白日のもとにさらされたようでギョッとさせられた。

    そういえば、訳者の宇野邦一氏がこれだ、という部分をあとがきで引用していた。

    「[音楽は]身体をその惰性から解き放ち、身体の現前の物質性からも解き放つのである」。

    器官なき身体とは、そしてベーコンの絵画とは、生成変化に身をまかせて消滅してしまう、つまり音楽になってしまう一歩手前で踏みとどまった、「物質による非物質性の啓示」だと思えば、なんとなくイメージをつかめそうだ。

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著者プロフィール

(Gilles Deleuze)
1925年生まれ。哲学者。主な著書に、『経験論と主体性:ヒュームにおける人間的自然についての試論』『ベルクソニズム』『ニーチェと哲学』『カントの批判哲学』『スピノザと表現の問題』『意味の論理学』『差異と反復』『ザッヘル゠マゾッホ紹介:冷淡なものと残酷なもの』『フーコー』『襞:ライプニッツとバロック』『フランシス・ベーコン:感覚の論理学』『シネマ1・2』『批評と臨床』など。フェリックス・ガタリとの共著に、『アンチ・オイディプス』『カフカ:マイナー文学のために』『千のプラトー』『哲学とは何か』など。1995年死去。

「2021年 『プルーストとシーニュ〈新訳〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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