おいしさの人類史:人類初のひと噛みから「うまみ革命」まで

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制作 : John McQuaid  中里 京子 
  • 河出書房新社 (2016年2月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309253459

おいしさの人類史:人類初のひと噛みから「うまみ革命」までの感想・レビュー・書評

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  • たぶん自分はスーパーテイスター。

  •  現代まで生き延びた三葉虫はいないし、化石では神経系がほとんどわからないため、その感覚能力は知識に基づいて推測するしかない。(中略)人間が感じる味は、たとえ嫌悪感を抱かせるものであっても、複雑なニュアンスに満ちており、他の風味や過去の出来事や感情といった、その人が学習したあらゆる経験に結びついている。おそらく三葉虫は、快楽のような感情を持つことはなかっただろうし、保てる記憶もごくわずかだったにちがいない。どの食べ物も、多かれ少なかれ、同じような味だっただろう。違いがあったとすれば、それは三葉虫側の理由ー空腹だったか、攻撃する衝動が生じたかーによって、感じ取られたものだったと思われる。(p.28)

     加熱料理という手段を使えば、食物を入手し、手を加え、味わう時間が作り出せる。そして、食物を少量ずつ一気に食べることを複数回繰り返すことができれば、小さな消化器官と大きな脳、というありえない組み合わせも、意味をなすようになる。(p.52)

     甘い味は、生物学的に重要なものがあることを身体に知らせるシグナルで、それは「わたしを食べて」と訴えている。糖は地球の食物連鎖の土台だ。(p.121)

     人類は、もっとずっと少量の糖分を摂取するように進化してきた。つまりわたしたちの身体は、これほどまでの糖分に耐えられるようにはできていないのだ。糖分に満ちた生活は基礎代謝昨日、すなわち、カロリーを燃やし、脂肪を燃やし、脂肪を溜め、栄養素を処理する昨日を撹乱してしまう。(p.122)

     人間の五感は世の中および他の人間と関わり合う。言いかえれば、嫌悪感はコミュニケーションの媒体なのだ。嫌悪感がもたらす特徴的な渋面は、生まれたときから備わっている。「私の生後5か月の赤ん坊が冷たい水を飲まされたとき、そしてその1か月後に熟れたサクランボを口に入れられたときに見せた表情ほど、はっきり示された嫌悪感を見たことはない」とダーウィンは書いている。(p.156)

     嫌悪の感覚は生涯にわたって進化していく。子どもたちが大人になるにつれ、社会との関わりは複雑化し、社会的なルールも身に付いていく。そうしたことは両方とも脳に刻まれる。そしてついに大人になると、嫌悪を感じる世界は無限に広がっていく。(p.167)

     わたしたち人間のトウガラシの熱への好みは、人間独自の何かー文化または心理に潜む原動力ーによるものにちがいないとロジンは信じるに至った。明らかに生存本能とは関係のない何らかの理由により、人間は、嫌悪感を満足感に帰るように自らを条件付けるのだ。(中略)「最適」と「限界」の境目は、紙一重だった。(中略)トウガラシの文化は、まさに限界への挑戦だ。この挑戦を受けて立ったことにより、自分の弱点が克服できたと信じている。(p.205)

     快楽は、常に嫌悪感のすぐそばにある。それは、わたしたち人間の解剖学的特徴であり、行動学的特徴でもある。脳ではこの二つの感情が緊密に重なり合っている。(p.206)

    「害をもたらさないマゾヒスティックな行為」は、トウガラシへの好みと合わせて、人間独特のものだと思われる。トウガラシを食べることは、まさにマゾヒズムの一形態かもしれない。文明によって守られている危険を、わざわざ犯そうとするのだから。(p.207)

  • 2016年11月3日読了。
    とても興味深くて面白かった!幅広い内容と、多彩な例え話で、専門的な内容も難しく感じずに読むことができた。

  • 「舌の味覚分布地図」の否定で掴み、風味、苦み、甘味、まずさ、辛さ、食品メーカの味覚操作、といったトピックを最新の知見を交えて解説し、美味の本質に迫る。1、2章がやや硬いが3章から俄然面白くなる。

  • おいしさの人類史 ジョン・マッケイド著 論理的説明超えた味覚の世界
    2016/5/8付日本経済新聞 朝刊

     この本は確かに人間の味覚について書かれている。しかし、その内容は題名とは少々趣を異にする。「おいしさ」とは何か、とは実は答えるのが難しい。動物は生きていくのに必要な栄養素を外部から取り入れなければならない。これが「食べる」という行為だが、体が必要としている食べ物は「おいしく」、そうではない、あるいは摂取しない方が良い食べ物は「まずい」だろう。







     なぜなら、そうであれば、「おいしい」ものを好んで食べる個体は、そうしない個体より栄養学的に有利であり、体に良いものを「おいしい」と感じる性質やそれを好んで食べる性質は自然選択により進化するからだ。これが「おいしさ」に関する進化学的な解答だ。


     だが、実際にはおいしさはそれだけでは説明できないのだ。たとえば、この本の後半に登場する「辛み」というおいしさはこの論理に反している。そもそも辛さとは、植物が自分を食べるものから身を守るために身につけた武器なのだから体に悪い。しかし我々人類は、この辛さをおいしさのひとつとして、掌中におさめている。逆に「甘み」は我々にエネルギーをもたらす大切な糖の味であり、大多数の人に好まれる。しかし現在では、甘いものの食べ過ぎにより、健康を害する人が大量に存在する。このように、おいしさというものは、単純な合理的論理だけでは説明しきれない。


     この本は、そういうおいしさの不思議を様々な観点からとらえようとした試みであるといえるだろう。甘さ、辛さ、苦み、塩味などの人間の味覚について、著者はその驚くべき博学ぶりを発揮して、変幻自在に記述してみせる。話は科学から文化論にまで及び、自分が今読んでいる本が味覚についての本なのかどうかすら分からなくなる時があるくらいだ。


     しかし、「おいしさ」とは、様々な人間の嗜好に基づいて成立しているものであり、科学のような単純な論理に還元できないのであるのだから、それについて語ることは、すなわち人間について語ることと同義であるといえるだろう。そういう観点から見ると、この本は、味覚を通して、人間を語ることに成功していると思える。様々な味覚を通して現れる「おいしさ」というものが、生物として生きていくために必要な「形質」としての味覚から、様々な人間の行為や文化を経由することで、「おいしさ」としてふいに立ち現れる、その過程を楽しめることも、この本の魅力のひとつだろう。




    原題=TASTY


    (中里京子訳、河出書房新社・2400円)


    ▼著者は米ジャーナリスト。魚類供給危機の分析でピュリツァー賞。




    《評》北海道大学准教授


    長谷川 英祐

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784309253459

  • 人類史とあるが、食に関して初めて原子生物が誕生し外部から栄養物を取り入れる所から始まり、先端的な食の技術に至るまで縦断する、まさにお腹いっぱいの内容。ただ食生活の歴史が列挙されている訳ではない、エキサイティングな内容だった。
    食事の変化による生物的な進化、それに連動して文化や社会がどのように発展して来たかに始まり、味覚の受容体の発見や畜産や農産物の品種改良、分子料理や人工肉の研究に至るまで幅広い内容

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