千年の愉楽 (河出文庫―BUNGEI Collection)

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著者 : 中上健次
  • 河出書房新社 (1992年10月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (291ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309403502

千年の愉楽 (河出文庫―BUNGEI Collection)の感想・レビュー・書評

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  • ★★★
    山にへばり付くような土地作られた”路地”は、昔は町への出入りも制限され、男たちは革をなめしたり土木仕事をするしかない集落だ。
    オリュウノオバはその路地のただ一人の産婆で住民の親世代は全員取り上げた。夫だった礼如さんは寺の和尚がいなくなってから在宅の坊主になった。坊主と産婆の夫婦である二人は、路地の住人の人生の出口と入口を見てきた。
    礼如さんは中本家の血統。浄く澱んだ血を持つ中本の男たちは女を腰から落とすようないい男揃いで享楽に生き動物のように女と交り、決して長生きできない。
    今は年を取り寝たきりとなったオリュウノオバはその床で中本の男たちの人生を想う。
    中本の中でも格段の男振りを誇る半蔵、
    体中から炎を吹き毛燃えるように生きていけないなら首をくくって死んだほうがましとヒロポンを打ち逢引相手の夫を殺す三好、
    まるで異形との間に生まれたかのような文彦、
    南米に移住して新天地を夢見るオリエントの康、
    盗人生活から南米に渡り銀の幻影を見る新一郎、
    北海道で路地と同じような境遇のアイヌ集落で発起しようとする達男。

    寝たきりのオリュウノオバの意識の漂う時間は、過去も未来もない交ぜで、路地の過去千年を見てきて、そしてこの先の千年も見るだろう。
    オリュウノオバの道徳観も、人が殺されればその分産んで増やせばいい、生まれたらみんな仏だ、というもの。中本の男たちが死んでも、自分が取り上げた子が死んだと嘆くのではなく、その死により中本の罪が清められたと拝む。

    濃厚かつ圧倒的で吸引力のある作品です。
    ★★★

    巻末の吉本隆明氏、江藤淳氏の解説が、論文のようで世界背景を解説してくれています。

    作中の現実的出来事はかなり過酷だが、オリュウノオバの漂う意識という語り口で、同じ文章内でも複数の語り手からの目線で語られるために、幻想的でもあります。

    作品内で圧倒的な文章力を見せつけられた二つの場面。長すぎて「引用」に入らないので書き出してみる。

    (二つ目はネタバレのため、嫌な人は避けてください)

     P127
    ≪オリュウノオバは眼を閉じ、風の音に耳を傾けてさながら自分の耳が舞い上がった葉のように風にのって遠くどこまでも果てしなく浮いたまま飛んでいくのだと思った。見るもの聴くもの、すべてがうれしかった。雑木の繁みの脇についた道をたどり木もれ陽の射す繁みを抜け切ると路地の山の端に出て、さらにそこをふわふわと霊魂のようになって木の幹がつややかに光ればなんだろうと触れ、草の葉がしなりかさかさと音が立てば廻り込んでみる。それはバッタがぴょんととび乗ったせいだと分かって、霊魂になっても悪戯者のオリュウノオバはひょいと手をのばしてバッタの触角をつかんでやる。風が吹いたわけでもないし他の危害を加える昆虫が来たわけでもないのに触覚に触れるものがあるとバッタは思い、危なかしい事は起こりそうにはないがとりあえずひとまず逃げておこうとぴょんとひと飛びするのを追い、さらに先に行くのだった。そこから朝には茜、昼には翡翠、夕方には葡萄の汁をたらした晴衣の帯のような海まではひと飛びで、田伝いに行って小高い丘から防風に植えた松林までえもいわれぬ美しい木々の緑の中をオリュウノオバは山奥から海に塩をなめに来た一匹の小さな白い獣のように駆け抜けて浜に立ってみて潮風を受け、ひととき霊魂になって老いさらばえ身動きのつかない体から抜け出る事がどんなに楽しいかと思い、霊魂のオリュウノオバは路地の山の中腹で床に臥ったままのオリュウノオバに、
    「オリュウよ、よう齢取ったねえ」とつぶやきわらうのだった。「寝てばっかしで、体痛い事ないんこ?」
    「痛い事ないよ」
    オリュウノオバは霊魂のオリュウノオバにむかって、いつも床に臥ったままになってから身辺の世話や食事の世話をしてくれる路地の何人もの女らに訊かれて答えるように言って、霊魂のオリュウノオバが風にふわりと舞い、浜伝いに船が一隻引き上げられた方に行くのを見ていまさらながら何もかもが愉快だと思うのだった。オリュウノオバは自由だった。見ようと思えば何もかも見えたし耳にしようと思えば天からの自分を迎えにくる御人らの奏でる楽の音さえもそれがはるか彼方、輪廻の波の向うのものだったとしても聴く事は出来た。≫

    ≪以下ネタバレ!!≫


    P76(中本の血統の一人、三好が首をくくった時のオリュウノオバの幻想)
    ≪オリュウノオバはため息をついて、三好の背に彫ってあった龍がいま手足を動かしてゆっくりと這い上がって三好の背から頭をつき出して抜け出るのを思い描いた。これが背の中に収まっていた龍かというほど大きくふくれ上り梢にぶらさがった三好の体を二重に胴で巻きつけて、人が近寄ってくる気配がないかとうかがうような眼をむけてからそろりそろりと時間をかけいぶした銀の固まりのようなうろこが付いた太い蛇腹を見せて抜け出しつづけ、すっかり現れた時は三好の体は頭から足の先まで十重にも巻きついた龍の蛇腹におおわれてかくれていた。龍が抜け出た背中の痛みを舐めてなだめるように舌を出して腹のとぐろの中に頭を入れる度に宙に浮いた形のまま龍の腹はズルズルと廻り、風で物音が立つと飛び立とうとして顔を上げた。龍が急に顔を空に上げ、空にむかって次々と巻いた縄をほどくようにとぐろを解きながら上り一瞬に夫空に舞い上がって地と天を裂くように一直線に飛ぶと、稲妻が起り、雲の上に来て一回ぐるりと周囲を廻ってみて吠えると、音は雲にはね返って雷になる。
    三好が死んだその日から雨が降りつづけた。
    オリュウノオバはその雨が、中本の血に生まれたこの世の者でない者が早死にして夫にもどって一つこの世の罪を償い浄めてくれたしるしの甘露だと思い、有難い事だと何度も三好にむかって手をあわせた。≫

  • 日本人ならこいつだ!!と久々に思えた傑作。
    この濃さがたまらなくよい。
    『カラマーゾフ~』一族の濃さも最高lvだが負けてない。
    路地という閉鎖空間ももちろんこの濃度をあげているが。
    人物は粗野なのに文体は精選、
    内容は血なまぐさいのに視点は常に冷徹。
    この対比が、切り詰めた空気を作っている。
    部落地区の話ではあるのだが
    (外界との交わりから)相対的に差別が描かれる、のではないので、被差別がテーマではない。
    外界との比較なしでここまで濃い地縁を描いているのがまたすごい。

  • 薄い文庫ですが、中身は濃厚で、土俗的な雰囲気。
    改行も少なく、ぎっつり畳みかけるように。
    熊野の地で、「路地」の若い者のすべてを取り上げた産婆オリュウノオバが見守っていく。
    中本の一統という血をひく様子が、色々な子に現れる。
    蔑まれる貧しい暮らしでも、なぜか生まれつき見た目は良く、色白で顔立ちが整っていて人を惹きつけ、先祖に貴族でもいたのか、それも放蕩を尽くした千年前の平家の家系でもあったのではと思わせるほど。

    しかし、男達はどこか危なげな性格で、澱んだ血が内側から滅ぼしていくかのように早死にしてしまう。
    主人公は一話ごとに変わっていくので、やや読みやすい。
    男ぶりが際だっていた半蔵は、女の方から次々にやってくるのだが、ついには…
    盗みや博奕に入れあげ、ヒロポンのせいか目を病んだ三好。
    オリエントの康という異名のある男。
    集団で南米の新天地に移住しようと企画するが…

    男女の仲も本能のままに肉弾相打つといった露骨さ。
    戦争中、戦後まもなく、などという時代設定も、危ういものをはらんだ空気にフィット。
    夫が僧となり、オリュウノオバは子供らを取り上げるという生死に関わる暮らしをしていた夫婦。
    しだいに百年も千年も路地を見守ってきたような感覚になっていくオリュウノオバ。
    命が立ち上る原初の時代のようで、圧倒される熱気だが、読んでいて妙に醒めてくることも。
    諦観や毒気も混じっているせいなのか…?

    オリュウノオバと呼ばれた女性は実在し、晩年に作家が何度か取材して聞き書きしたことをもとに書いた小説。
    ただし、産婆ではないそう。
    オリュウノオバの夫で寺を持たない僧侶となった礼如のモデルは、法名を礼静といって、かなり実像に近いという。

    著者は1946年、和歌山県生まれ。
    76年、「岬」で芥川賞受賞。
    この作品は1980年から連載開始、82年単行本化。
    92年、急逝。

  • 密度の詰まった濃密で圧倒的な文章にノックダウンされます。登場人物も生き生きとしていて鼓動まで伝わるかのようです。美男率高し。中上の書く青年は本当魅力的。映画はどうなるんだろう?!

  • その血に翻弄される中本の一統の男たちを、路地でただ一人の産婆であり、千年も生き、路地の過去も未来も見てきたオリュウノオバが回想するように甦らせる。

    どれもが神話のようだった。

    路地の反対側の南米へも繋がって、上下左右もない宇宙空間におかれた地球を想像すれば、たちまち時空は歪み始め、生と死の繰返しを思う。

    壮大な宇宙の中に路地の風がささやかに吹いている。

  • 6篇の短編集。路地の若者達の人生を産婆の目を通して眺める視点。時代を超越し、時間の経過をかき乱す文体。読み進むうちに脳内に浮かぶビジュアルが印象的。売り飛ばさずに本棚に残す本。

  • 短編集。6編を収録。
    これまで中上健次を読んでいればお馴染みの登場人物による、濃密な作品世界が繰り広げられる。
    各々の作品で描かれる世界は荒々しくもあり、また泥臭くもあるが、何処か美しい。生、性、そして血が絡み合う作品世界からは離れがたいものがあった。

  • 一人の産婆の視点から見た
    野良猫のように
    生まれ死んでゆく
    路地の男たちの物語。

    短命なのは
    中本の血のせいなのか
    漢ぶりのせいなのか。

    憧れる。

    とりあえず
    短命でも良いので
    彼らのようになりたい。

  • 本の雑誌12月号で「中上健次ならこの十冊を読め!」の記事があった。
    僕は枯木灘しか読んでいない。路地を舞台にした物語群を知り、読む気になった。
    産婆のオリュウノオバが語る中本の家の澱んだ高貴な血のもとに産まれる男達。女がほっておかない色男で、彼らは女たらし、ヤクザ者、泥棒、大陸浪人。そして運命のように短い命を終えていく。

    紀州の山と川と海しかない土地。山で行き止められた路地。濃厚な生と死と血の匂いがぷんぷんと湧きたつ。性表現もアブノーマルでかなりドギツイのだが、何故かこの世のものとも思われない。
    異種婚姻の誕生譚もあり、どこか神話のようでもある。
    時に、彫琢せずゴロリと目の前に転がされた文章にぶつかる。読者を何処かに置き忘れているのかも知れない。そういう文章に吉田健一に似ているなとふと思う。

    しかし、南米や北海道に主人公が移ると途端に磁力が低下するような印象。後半は読む集中力が持続しなかった。ガルシア・マルケスの「百年の孤独」ほどの神話性は無かったかな。
    とは言え、あまりに独特の作家。他の作品も手にしてみるつもりである。

  • このタイトルはやっぱりガルシア=マルケスの『百年の孤独』のパロディ(リスペクト?)ですよね。中身もさながら日本版・百年の孤独ともいうべき、ある一族の物語。舞台となる「路地」と呼ばれている場所は被差別部落のことですが、そこの産婆であるオリュウノオバの目を通して、美男子なのに早世する呪われた一族の、さまざまな男を回想する短編連作形式になっています。穢れとされているものの聖性というか、一種の貴種流離譚のおもむきもあり、生々しい生や性を描いているにも関わらず、まるで神話のように幻想的。オリュウノオバはさながら大地母神といったところでしょうか。

    余談ながら1982年の作品なのに、昭和天皇が崩御して新しい年号が始まるくだりがあったのには予言のようでびっくりしました。二番目の主人公・三好の自殺の理由が、まるでカート・コヴァーンだったのにも(笑)。

    半蔵の鳥(半蔵)/六道の辻(三好)/天狗の松(文彦)/天人五衰(オリエントの康)/ラプラタ綺譚(新一郎)/カンナカムイの翼(達男)

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