ユルスナールの靴 (河出文庫 す 4-1)

著者 :
  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (267ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309405520

作品紹介・あらすじ

今世紀フランスを代表する作家ユルスナールに魅せられた筆者が、作家と作中人物の精神の遍歴を自らの生きた軌跡と重ね、パリ、アレキサンドリア、ローマ、アテネ、そして作家終焉の地マウント・デザート島へと記憶の断片を紡いでゆく。世の流れに逆らうことによって文章を熟成させていったひとりの女性への深い共感、共にことばで生きるものの迷いと悲しみを静謐な筆致で綴った生前最後の著作。

感想・レビュー・書評

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  • 色合いも質感も異なる主に二種の薄布を、わざわざ絶妙な大きさの「はぎれ」にした後、丁寧に縫い合わせ、時には幾重にも重ね合わせて、複雑な陰影と静かな光沢を放つ一枚の滑らかで美しい布に仕上げたような作品。

    フランスの作家マルグリット・ユルスナール(1903〜1987)の人生とその作中人物を、イタリア文学者でエッセイストとしても知られる須賀敦子さん(1929〜1998)が、自らの人生の軌跡に重ね合わせながら描いたエッセイ集。

    八篇の短い作品から構成されているだけでなく。どの篇も時系列などは無視されているにとどまらず、須賀さんご本人の過去の一片について語っていたかと思えば、ユルスナールの人生の一時期を語り出し、はたまた、ユルスナールの代表作に登場する古代ローマ皇帝ハドリアヌス帝のことについて言及したり。

    どれも断片的なものの繋ぎ合わせのようで、その実、とても丹念かつ緻密に組み合わされていて、するりするりと頭の中に流れ込んできます。

    もちろん、これぞ須賀さんの文というべき、愛おしさと慈しみ、そして、どこか哀しみを滲ませながらも、すっきりと無駄のない静謐な美しさを持つ文体は健在です。

    上質な時間を味わい、満ち足りた気持ちになれました。
    ただ、惜しむらくは、私がユルスナールの著作を一つも読まないまま本書に手を出すという暴挙をおかしてしまったこと。

    三年ほど前に須賀さんの作品に出会ってから、いつかいつか…と思いながら実現させず、そのまま本作へ。
    ユルスナールの文体や作風の変遷を感じ取っていたほうが、もっと本書の醍醐味を味わえたことでしょう…。

    2021年は、ユルスナールの代表作「ハドリアヌス帝の回想」を絶対読まねば、と思った、2020年12月でした。

    • アテナイエさん
      hotaruさん、こんにちは。
      レビューを楽しく拝読しました。作者が時空を遊ぶ様子が目に映るようです。イタリア文学を紹介してくれる須賀さん...
      hotaruさん、こんにちは。
      レビューを楽しく拝読しました。作者が時空を遊ぶ様子が目に映るようです。イタリア文学を紹介してくれる須賀さんの著書は、私も好きです。この本も気になっているものなのでぜひ手にしてみたいです。
      彼女が紹介するユルスナールの『ハドリアヌス帝の回想』もほんとにしっとりとした大人の本ですよ♪
      2020/12/31
    • hotaruさん
      アテナイエさん、こんばんは。
      コメントありがとうございます。
      ハドリアヌス帝の回想…しっとりした大人の本なのですね。楽しみです。
      教えてくだ...
      アテナイエさん、こんばんは。
      コメントありがとうございます。
      ハドリアヌス帝の回想…しっとりした大人の本なのですね。楽しみです。
      教えてくださってありがとうございます。
      2020/12/31
  • ヨーロッパに渡り長いこと暮らした須賀敦子だからこそ書ける文学案内。ユルスナールの大著『ハドリアヌス帝の回想』の紹介がメイン。自らとユルスナールとさらにはハドリアヌス帝の、それぞれの「霊魂の闇」の深さを重ね合わせ、静かにそこに降りていく文学的な語り口には感嘆のため息しか出ません。

    マルグリット・ユルスナール。
    学生時代の一時期、サンドやデュラスと並んで惹きつけられた女性作家です。彼女はフランスを離れ女性秘書とともにアメリカで暮らし執筆しました。言葉を生業とするものにとって、ネイティブな言語が通じない環境に暮らすとはどんなだったのか、ひとり暮らしの私とも重ね合わせるところがありました。それゆえ今回この本を手にとってみたわけです。

    「靴」は、須賀敦子がユルスナールに覚える親しみのアイコンだと思います。修道女となり夭逝した仲良しのようちゃんも、そのきれいな足にペタペタ鳴らす靴を履いていました。親しみと、距離と、須賀敦子がユルスナールに惹き付けられたのは、その相反した二つの感覚でした。
    読み終えると、頑丈な農婦みたいなマルグリットのいかめしい顔が、幼女のような笑顔を見せたような気がしました。

  • 須賀敦子の最後の著作。
    図書館で何度も借りていましたが、やはり手元においておきたくて購入。

    上品な文章で綴られるユルスナールへの共感と旅。
    そして冒頭にある靴への想い。
    私はまだ、ぴったり足に合う靴に出会えてないようです。
    ユルスナールの生き方も須賀敦子さんの生き方も、憧れますが私にはそのような生き方は出来ない。だから、なのかこの本を読むと一抹の寂しさが胸をよぎります。

  • 著者最期の作品。須賀敦子のや特徴である柔らかなふくらみのある文章をこれ以上に無く味わうことができる。
    ユルスナールという女性作家の作品と人生を辿りつつ、同時に自らの人生を絶妙に織り込んで自然と語りきってしまうその手腕は円熟というに他無いと思う。
    筆者が作中最後にユルスナールが最晩年まで過ごした部屋を訪ねるシーンがあるが、私たち読者もこの作品を通して、筆者の人生の節目節目を、一つずつ部屋を訪ねるようにそっと垣間見ることができる。
    私の中の白眉は、幼少期の親友・ようちゃんとの別れを語った、「一九二九年」の章である。相変わらず涙腺に来るのである。

  • マルグリット・ユルスナールとその著作、そして著者須賀敦子自身のエピソードを交錯させながら、見事に独自の世界を気づきあげています。改めて、須賀敦子の力量に感嘆します。

  • イタリア文学者でエッセイストの須賀敦子さんの『ユルスナールの靴』を読む。
    マルグリット・ユルスナールはフランスの女流作家で、出口治明さんが激賞された『ハドリアヌス帝の回想』の作者。
    生まれてすぐ母を亡くし、父が亡くなった20代半ば以降、パリ、ローマ、ヴェネツィア、アテネと旅に過ごした人です。第二次大戦の難を避けて恋人の女性と渡米した後は、生涯ヨーロッパに戻ることなく、アメリカ東北部メイン州のデザートアイランド島の小さな白い家で人生を終えました。

    このユルスナールという、私たちにはあまり馴染みのない作家の人生を須賀さんは追っていきます。
    「きっちり足にあった靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ」という言葉を胸に、須賀さんもまた20代のころパリに渡り、ミラノで結婚され、夫の死後に帰国、と生涯を旅に過ごしました。
    本作は一章ごとに、ユルスナールの足跡に自らの人生を重ねていきます。二千年前に生きたハドリアヌスの行跡を通奏低音として響かせ、三つの異なる旋律を重ねて一つの音楽に昇華させていく作業。
    『ミラノ霧の風景』や『ヴェネツィアの宿』でも発揮された須賀さんの、しっとりと洗練された文章にのって、私たちは、ユルスナールの霊魂の闇や、ハドリアヌスの情熱、須賀さんの思索のそれぞれがうねり、互いに絡んでいく瞬間を追体験することができます。

    作品の中で何か劇的な事件が起きるわけではありません。
    あたかも、日曜の午後、親戚のおばさんのお家にお邪魔して、紅茶を飲みながら、おばさんの「どこまで話したっけ」という言葉で始まる昔語りに耳を傾けるような、ごくありふれた日常の風景。でも、後から振り返ると自分の人生にとって、すごく大切な時間だったと認識するような体験。
    須賀さんの思索に自らを投影して読み進める喜びを感じつつ、しかし、物語が終わりに近づくのが惜しい。そんな貴重な本に出会うことができました。

  • 読書会の課題図書が「東方綺譚」なので、その絡みで。

    須賀敦子はしっとりした情感溢れるエッセイがなかなか良いですが、タブッキの翻訳もしている人。

    自分の話とユルスナールの話と両方が絡んで話が進むので、最初ちょっと読みにくかったけど、じきにワールドに引き込まれてしまいます。

    ピラネージやデューラーの版画の話など、個人的には興味あるアイテム満載。ほかのユルスナールの著書も読んでみたくなりました。

  • 自分にぴったりの靴を探しに行きたくなった。銀座で編み上げの靴を買いたい。

  • ①文体★★★★☆
    ②読後余韻★★★★☆

  • プロローグ初っ端が良すぎて、もう読むんやめたろうかなと思うくらい良かった。

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著者プロフィール

1929年兵庫県生まれ。著書に『ミラノ 霧の風景』『コルシア書店の仲間たち』『ヴェネツィアの宿』『トリエステの坂道』『ユルスナールの靴』『須賀敦子全集(全8巻・別巻1)』など。1998年没。

「2010年 『須賀敦子全集【文庫版 全8巻】セット』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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