暗い旅 (河出文庫 く 6-1)

著者 :
  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309409238

作品紹介・あらすじ

恋人であり婚約者である"かれ"が突如謎の失踪を遂げた。"あなた"は失われた愛を求めて、東京から、鎌倉そして京都へと旅立つ。切ない過去の記憶と対峙しながら…。壮大なるスケールの恋愛叙事詩として、文学史に燦然と輝く、倉橋由美子の初長編。「作者からあなたに」「あとがき」「作品ノート」収録。

感想・レビュー・書評

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  • 自分には肌の合わない感覚的なロマン作品だった。
    二人称呼称と、過去へと断続的に行き来する構成は目新しいが、自己陶酔に満ちた作中人物の言動・想念は共感や理解とは程遠く、完全に閉じられた作品世界だった。

  • 確かアメリカに留学する前に書かれた作品かと思われるが、深い精神的疲労が感じられる。それまでの饒舌、というか多弁的な文章が、ここではつかえ気味になり、どこか離人症的な雰囲気も感じられる。

  • 性以前の柔らかい肢体に聖なる憧れを抱き続ける女の人がいることは知っていたけど、〝あなた〟によって語られることで、想像力のなかに尊いものを移植されたような新しさを感じ、変態のあとの狂おしい気持ちを預けられたような心地を起こされた。うつくしい未来の予感を覚えることはなく、あなたの想い出のいやなところが旅で洗い清められたとも言いがたい。けれども時として、魅惑的な姿となって眼の裏側でゆらめき、あなたとかれの共犯関係は現実ならざる光をまとっていた。
    もし七年前に読んでいたら、わたしも本書を聖典としていたかもしれない。

  • 濃い。婚約者が突然の失踪を遂げ、「あなた」はかれとの思い出の地、京都へと向かう。かれとの思い出を断片的に噛み締めながら、自殺の可能性が多分にあるかれの痕跡を丁寧になぞる。あなたとかれは特殊なこいびとだった。後で振り返ればフランス思想かぶれできっと頬を赤らめるような関係。(今で言うと話の枕に必ず欧米ではとつけるバカのようなもんだ)
    ぎりぎり青春時代だから光るんだろうなぁ。訪れたことのある土地だったのと「あなた」という語り口。後半は読んでいて少し混乱した。

  • 失踪した婚約者を捜す旅に出た女の行動と心情を
    「あなた」という二人称で綴った小説。
    これだけのボリュームなら別に二人称で書かなくてもよかったのでは?
    という気もしたが、
    彼女=「あなた」の自意識過剰ぶりを焙り出すには最適だったのかも。
    若い娘が一人歩きしているからって、通りすがりの男の視線に、
    そんなに一々性的な意味を読み取ろうとしなくても、という感じ(笑)
    だが、作品ノートの中に「少女小説(for girls)」という作者の言葉があって、
    なるほど、と頷いた。
    つまり、若い自己の空虚さを見つめる「暗い旅」なのかな、と。
    で、不在の他者を捜す過程でアイデンティティを問われる、
    ポール・オースターのニューヨーク三部作を連想した。
    いや、もちろん『暗い旅』の方がずっと古いのだけど。
    個人的には馴染み深い鎌倉周辺の叙景が楽しかった。

  • 「あなた」は「わたし」であり「私」でもある。
    共感できるわけでは無いのに、いつの間にか同化しているような不思議な感覚になる。
    「かれ」の不在が続くほどに「かれ」の存在感は大きくなる。
    不在故の存在感に戦いてしまう。
    二人の関係は対等さはなく、だけどどちらが上なのかもわからない。
    二人のこの関係性に愛はあるのか、その愛は何なのかもわからない。
    これから「かれ」の不在は希薄になり「あなた」は佐伯との関係を経て少女から大人へなっていくのか、「かれ」の不在に囚われたまま少女であり続けるのか。

  • “あなた”は失踪した“かれ”を探している。濃厚な、もう事実といってもいいようなかれの死のを思いながら。かれとの思い出の地や、かれとの愛の思い出を反芻し、歩き、絶望に慣れていこうとしている。あなたの向かうものが実は“死”ではないと、あなたがそれから逃げていることを察してから、京都への旅は意味を持ち始めていく。再生などしないからこそ、生きていける現実に、あなたは自然の微笑みを浮かべているのだろう。

    文章が、初めての形だったけれどものすごく好み。贈られた本だったのだけれど、贈ってくれた彼女にお礼の手紙を書き始めよう。

  • 解説にある「そして多くの男に抱かれた女は知っているだろう。他者と性を営むと、その瞬間、まったくの自己の不在が起きるということを。この作品は、そんな語らない存在でいる女が、フランスの現代思想に感化されて語る存在になろうとした、若い時の、一瞬の輝きが示されている」という一文以上に語る言葉を自分は持ちえない。血液がどくどくと巡る音色までも聞こえてきそうな、この蠱惑的な魅力溢れる文章。それは決して自分の手の届かない所から生まれていることを理解していながら、この刹那的な結晶にどうしようもなく惹かれてしまうのだ。

  • KとLの観念的な短編群の創作の秘密を知ることができたように思う。それまでの爬虫類のような肌触りの作品の中で異色の、人肌の体温を感じる唯一の小説。そのぶん読んでる側も気恥ずかしいけれど、特徴的な二人称で書かれている事で俗っぽさを免れているのでは。はじめて読んだのは15〜6歳の頃。かなり影響を受けた。その後の十代は熱に浮かされたように彼女の作品を読み漁った。そんな思い入れがあるぶん、自分自身の記憶の奔流に溺れそうで、読み返す事が難しかった。

    この作品はあとがきにあるように、当時の作者お気に入りの「モノ」が散りばめられていて、fetishismの小説でもあるそうで…。ネットも無い時代に、それらをひとつひとつ手にいれていく喜びもあった。Butorを読み、SartreやBeauvoirを読み、吉祥寺や鎌倉の街を歩き、 ColtraneやMingusを聴き、終いには幻の彼等を探して当時絶滅寸前のジャズ喫茶でバイトを始める始末(笑)。

  • なまいきでうつくしい言葉たち


     70年代初頭、文学好きを自認する人たちの間で賛美を集めた作家・倉橋由美子の作品。
     ただ、この作品の評判はどうやら芳しくなかったよう。その理由はだんだん分かってきたけど、それにしても文体が好き。自分語りでなく、"あなた"という人称による紡ぎ出しのひそやかさ。手法の新旧を問わずこの本に人を誘いこみ、事の共犯者にしてしまいます。出だしは特に魔的です。

     失踪した"かれ"を求めて"あなた"は、列車に乗りこむものの、"かれ"の死をほとんど確信しており、過去へと旅をする……

     かなりイタい筋立てなのですが、痛さも含めて目が離せない少女小説です★ そして、この少女小説という世界が侮れません。
     たびたびのフランス語、ジャズ喫茶でのあれこれ、"かれ"との契約、どれもがなんとなまいきなことか。気取っていて鼻もちならなくて、けれどもうつくしい言葉たちの群れ。

     大人びていても少女である主人公(少女だからこそ大人びたふるまいをするのですが)では、兄妹のようで神話的だった"かれ"との関係を進めることができなかった。
     一方、旅の途中で会ったある現実の住人だけが、執拗に人名で登場し、生々しい存在として"あなた"に路線変更を迫ってきます。少女から卒業するように、と――

     表層的に危険な行動を選ぶほど、精神的には平凡になっていくように感じられた……というのが率直な印象。ただ、身をまかせたようでも、男性をうまく通過儀礼に使ったとも解釈できなくもない。したたかな"あなた"のことですから。
     そこまで綴ることなくこの作品は終わっています。きっと世界のどこかで別の小説となって花咲くのでしょう。

     現代は気取らないことが好まれる時流ですが、この本を読みながら、ちょっと気取った乙女が見たいなと思いました。半端に素顔を見せられるより、美意識でかためた仮面をまとう"あなた"に、心ひかれるものがありました。

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著者プロフィール

1935年高知県生まれ。大学在学中に『パルタイ』でデビュー、翌年女流文学賞を受賞。62年田村俊子賞、78年に 『アマノン国往還記』で泉鏡花文学賞を受賞。2005年6月逝去。

「2012年 『完本 酔郷譚』 で使われていた紹介文から引用しています。」

倉橋由美子の作品

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