ボディ・アンド・ソウル (河出文庫)

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著者 : 古川日出男
  • 河出書房新社 (2008年10月3日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (366ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309409269

ボディ・アンド・ソウル (河出文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 日常を、こういう語り口で過ごしてみたい。

    勢いよく文章が流れ込んでくる。それに真っ向から向き合う読書には体力がいる。

  • 2012/2/16購入

  • もう、イチオシ!

    やっぱり古川さんってすげーや……。

    虚構と現実の間を怒涛のごとく流れて行く物語。

  • 3月11日をまたいで読み進めていた。途中、辛くて頁をめくる手が止まることが何度もあった。土地にいること。そこに住まうこと。そこで語ること?全うしなきゃ。

  • なんだろう。これは。
    相変わらずとんでもないです。フルカワヒデオ。
    たとえば僕はここで死んだふりをしてみる。すると
    僕は妻の死を認めない。
    あさってナンバーガールが解散する。
    いしいしんじの解説はつまらないだけなので注意。

  • フルカワヒデオ≠古川日出男=ボディ≠ソウル、と図式に表すとこんな感じか。
    小説家の自意識と、作品という小説家にコントロール不可能なものと、それを描いてしまう作家の想像力の根源と、
    その根源を意識化できない小説家といった、書くという行為に起こりがちな矛盾点と真っ向から対立し、
    その構造をメタ的に捕らえなおすという非常に複雑な所業を行えてしまうという小説家の所業。
    そんな小説

  • 色々な要素が詰まった作品だと思います。
    スイッチの切り替えが面白い。

    そして、最後の最後でやられました。

    鳥肌がたちました。

  • 恐ろしい勢いで読ませる文章。
    でもストーリー筋みたいなものは説明できない。フルカワヒデオ本人の生活であり、編集者との会議であり、手の込んだ料理であり、ドビャドビャ湧き出る妄想の数々であり、失われた妻であり、闘争というべき創作活動の経過と結果そのものであり、型にはまるということをしない。

    「僕は低音やけどをしない」

    「いっさいの作品は誤読されなければならない、と」神様の作品だって誤読されればいい。

    「君はどうして物語つづけなければならないのでしょう?」

    飛ぶ鳥あとを濁してサノバビッチ。

    テンション高い。突き詰めてフィジカルであろうとする小説のスタイル。綺麗な日本語を嫌い、危ういくらいに砕ける。
    ほんの一行の間にここまで吹っ飛ばされるのもすごいことだ。私生活を文に起こすというのはここまでして初めて許されることなのかと思った。そして作家って案外体育会系。

    すごい作家だ。

  • 出版に関わる身内ネタがふんだんに盛り込まれている
    もういい加減、何のために小説を書くのか
    なんて内省的な小説は読みたくない
    この小説に関して言えば、
    テーマがテーマだけにしょうがないのかもしれない

    ダンテの「神曲」が下地にある
    「神曲」自体は、買っておいてまだ読んでいないから
    間違っているかもしないが、
    敬愛するウェルギリウスの導きと
    失われたベアトリーチェの愛により
    地獄、煉獄、天国を巡る話

    この小説は?
    導師が出てくる
    消えてしまった愛も

    違いはその愛、ではないか
    多分、絶対性と相対性なんて対比

    「神曲」で語られる愛は、それこそ神話的だ
    何せ、天女に捧げる愛

    この小説での愛は、求める
    お互いに人間故に、求める
    その間で物語られる低音世界

    神の愛なんてものには行き着かない
    物語り続ける、この低音世界で

    読み込みが足りないな、と思う
    低音世界とはなんだろう、アポカリプス?

    この小説は気に入ると思う
    こういう書き方をする時に思い浮かぶ全ての人に
    この本を勧めてみたい

  • 言ってみればメタ・エッセイ、メタ・私小説。あるいはメタ・ネタ帳。
    奔放なイメージとともに徹底的に軽く、これでもかと饒舌に「フルカワヒデオ」の内面と外面をエッセイや私小説の形で描いていく──ように見えるのが前半。
    「意識の流れ」流の奔流のような文章が流れるように(←推敲のまるでできてない文ですね)ひっかかりなく読めるのは、音楽のリリックを紡ぐように言葉のリズムまで計算されて書かれているからだろうか。
    正直言えば洋楽とか演劇とか呑み食いとかフルカワヒデオの嗜好に、け、おしゃれさんが、と(そういうの嫌いじゃないくせに)なかば脊髄反射的に感じてしまう僕ではあるが、それに邪魔されるひまもなく刺激的に、かつだらりんと私小説は進んでいく。
    と、思っていたら突如ふいうちのようにショッキングな痛みやイメージの暴走が混入してきて、こいつは油断ならんぜとますます話にのめり込んでいくのが後半。
    ますますパワフルにメタ・物語論の様相さえ呈してきた文章は、その速度を維持したまま美しく転回しふわりと着地する。素晴らしい(まあ陳腐な言い方でなんですが感動的な)ラストとあまりにも美しい最後の1文。それは物語冒頭の1ページに回帰して、もう1度ストーリーを語り始める。
    いや、本当にもう1回最初から読んだの、思わず。

    読み返して凄いとあらためて思ったのは、この「最後の1ページから最初の1ページへ」のスムーズな誘導にとどまらず、およそ全ての要素が綿密に計算されて書かれているということだ。のんべんだらりんとしたあの軽い文章までが。
    この「構造」に支配された物語で、形態も私小説の様式であるから、「物語」のもつプリミティブなよろこび──たとえばスリルとサスペンス、冒険小説的な──には欠けるところがあるのが皮肉と言えば皮肉ではある。が、そこは文中で語られるフルカワヒデオによる架空の小説のアイデアのシノプシスとしてのあまりの面白さで気にならない。『ドストエフスキー・リローデッド』とか、読んでみたいなあ。

    ところでどうでもいいことだけど文中さらっと書かれている「氷漬けの悪魔」といえばダンテの『神曲』にも詠われる聖書の悪魔、ルシファーの引用だろう。英語では一種の忌み語である「devil」の婉曲表現として「dickens」と言い換えることがままあるという。Dickensといえば文豪Charles Dickensの姓だが、このことは物語とはたして無関係だろうか? ……さあ? 深く考えるとこじゃないすねそこは。

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