- Amazon.co.jp ・本 (375ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309409757
作品紹介・あらすじ
「それは"岸辺のない海"と名づけられるだろう。永遠に欠如した永遠に完成することのない小説を、彼は書きはじめるだろう」-孤独と絶望の中で、"彼"="ぼく"は書き続け、語り続ける。十九歳で鮮烈なデビューをし問題作を発表しつづけてきた、著者の原点ともいえる初長篇小説を完全復元。併せて「岸辺のない海・補遺」も収録。
感想・レビュー・書評
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言葉はそれ単体で自己を言い表すことができない。独立して存在することができない。
人間の作ったものだから。律義にも、人間と全く同じで、隣接する何かとの関係性や比較をもって初めて、意味として理解され、「存在」することができる。
こんな当然のことを再確認したのは、ともすれば忘れがちなこの命題に、一つの方向から迫っているのだなと、本作を通して感じたから。
そもそも普段使いの言葉で十分コミュニケーションがとれる(とされている)のにも関わらず、どうして小説だったり、漫画だったり、絵画だったり、音楽だったり、と複雑で広範な表現をわたしたちは追い求めるのか。
それは不十分だからだと思う。ぞれぞれの語彙は、個人的な感覚や体験に基づいて、絶えず独自の変化を遂げてその生態系を作り上げている。だから、辞書はあてにならないし、わたしたちの使っている言語は例え母国語であったとしても、全くの別言語だという見方もできる。
文章のなかで、書きことばに落とし込められた話者の一人称〈ぼく〉。文章のなかで話しことばを操る彼、その自己呼称としての〈ぼく〉が、同一の事柄に対して語る構図。読んでいて、書く人でなくても自然と感じるような内外の隔たりが克明に描写にされているところが魅力だと思う。普段、無意識に殺す、自分だけの語彙。その小さな命。円滑さ、経済性というミッションを帯びたわたしたちの言葉と呼んでいる、言葉。
まるで口にするたびに、自身の言葉が失われていくかのよう。そうした喪失感も、ビデオテープのように擦り切れてしまって、わたしたちは、無味乾燥な語彙と言語体系のなかに誘致され、監禁されてしまう。別に本書が意図するのはこんな説明ではないけれど、彼=ぼくは、まさしくこの戦場に見えない、永続的に降り注ぐ爆撃の形をとった無差別の破壊のなかを生きている。
家庭や友人、会社員とか親であるとか、様々な社会文脈に隷属せずに、そのために断片的で孤独な自分を生きる彼の“書く”行為は、本当に生きる行為そのもので、自身の文脈を作り上げようとする営為が“書く”だと、今のところわたしは理解している。
文書の性質で言えば、喜劇にも、悲劇にも、物語性を帯びていないのが特徴だ。中立的で、肯定でも否定でもない、他に依存しない独立独歩の文章。だから、既存の文脈にあるものに価値観を委ね、評価している傾向の強い人は理解に苦しむかもしれない。この文書にはなんら権威主義的な要素が無いし、写実のもつ複眼的で、多方向からの描写に徹している。物語として進行しないので時制もない。動いてもいなければ、止まってもいない。実際には動いていたとしても、一般の言語感覚では知覚できないところにある微動をじっくりと、もしくは一瞬で読んでしまうのも面白い。
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プロットは、断片的だけれども確かに「ある」、けれどもまるで散文詩のような「言葉」が奔流に、覚えず一種の物語世界の中に惹き入れられている自分を発見する。
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慣れもあるのか、好きになってきた。好きというか、癖になる?金井美恵子、長編、予想外に良いかもしれない。
繰り返される細部の描写、不在に向けて書くということ。 -
《ぼく》はへ理屈をこねてイライラさせたり、子供を泣かせたり、酒場でくだをまき、苦痛や死体のような女が好きで、くだらない話しかしなくて、結局自分しか関心がない最低な奴だけど、たぶんマルセルちゃんを裏返した姿なんだ。〈オレンジ色や薔薇色やブルーの光〉を発し、〈吐き気のするような甘ったるい臭いを発散させ〉る街を〈金色のライオン〉を求めて徘徊したり、〈ラム酒〉を飲んで酩酊しながら
ギラギラ照りつける〈太陽〉に〈じりじり〉焼かれ、熱くなった砂浜に横たわってガラスみたいにキラキラ光る海を眺めて暮らすのが心地いいんだ。
「ピース・オブ・ケーキ…」もそうだったけどストーリーとかそういうのよりも色とか音とか匂いとか手触りとかの描写なんかが好きでノオトに鉛筆で書く代わりにアイホンに書き出してたら読むのにすごく時間がかかった。読み終わってからまた冒頭をちょっと読んだけどやっぱり最高! -
ストーリーはなく人物もどこの誰なのだか分からない。自分自身の断片を書き連ねた長い長い詩のようだ。その描写はひたすら美しく貴く。言葉の旋律にのって、ひいては押し寄せてくる不安な波。この時期の金井美恵子は鋭くて危うくて気怠くて美しくて特別すぎる。
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果てのない海に溺れる感じ
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あらすじらしいあらすじはないし、支離滅裂っちゃあ支離滅裂なんだけど、なんかもう文体がはまるので読んでしまう。ただし救いはなかったです。そもそも「岸辺のない海」というものが、漕ぎ出した船のたどり着く陸も波の打ち寄せる岸もないという、絶望的な海なわけで。生まれ変わった後の自分へ宛てた手紙、というけして同時に存在することのできない二人の自分の出会いという夢想もまた不毛。
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書記し綴るということ。物語説話の形骸化を拒否するということ。書くことへの疑い。届くことのない、終わりのない手紙。
処女作にはその作家のすべてが表れるといいます…… -
絶望と孤独の中にいる、「ぼく」=「彼」=「おれ」。書き続け、語り続ける、「きみ」の為に。無数で唯一の女であり、自分自身でもある「きみ」。その夥しい言葉の洪水は、岸辺のない海で構成された、海だけで出来た星、ただ永遠に続く海だけに囲まれた巨大な球体に出帆した航海にも似ている。言語と筋のある、当たり前と思われている小説形態に挑戦した小説。
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装飾過多の文章が自分には合いませんでした。