白痴 3 (河出文庫)

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制作 : 望月 哲男 
  • 河出書房新社 (2010年9月3日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (435ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309463407

白痴 3 (河出文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 本編で黙示録から度々引用されるのが示唆する通り、逃れられなかった悲劇で幕を閉じる。ムィシキンがイエスの再来だとするならば、彼が再生する可能性もまた残されているという事か。またドストエフスキーの長編作品の魅力は本筋から外れた(ように見える)サブストーリーがどれも強烈な自己主張と輝きを放っている所だろう。一押しはイーヴォルギン将軍。『罪と罰』のマルメラードフ、『悪霊』のステパン先生を彷彿とさせる残念な酒飲み耄碌ジジイ枠(しかも全員死ぬ)なのだが、彼らの様な人間こそドストエフスキー作品の個性であり象徴なのだ。

  • 奇妙奇天烈な人々の狂想曲、一種、スラップスティックコメディなのか? 悲喜劇? という気もしてくる。以前観たソビエト映画「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲」をふと思いだす。

    第4部に至ってもやはり、物語りの向かうところが、見えてこない。だが、さすがに、物語の最終盤、ムイシュキンとナスターシャの婚礼の日が近づいてからは、“きっと何か起こるぞ”という不穏な空気が、そして緊迫感が増してきて、引き込まれる。そして、ウェディングドレス姿のナスターシャ、まさかの逃走(且つ、やっぱりの逃走)。さらには、ペテルブルグのロゴージン邸での、驚きの結末。 これらの、婚礼前夜から彼女の死への展開は、さすがにぐいぐい読ませる、力強い筆力である。

    そして、再び白痴に帰ってしまうムイシュキン。もののあわれ。聖愚者とも例えられるムイシュキンがふたたび白痴となってしまうこと、その形而上的な意味を明確に解釈することは、私には出来ない。ただ、えもいわれぬものがなしさ、せつなさが、今も胸をはなれない。この読後感だけでも、行き先が見えず戸惑いの多かったこの長編を、最後まで読み通した甲斐があったと感じている。

    以下memo。
    ・ムイシュキン公爵の人物像について。
    「生来の世間知らず」、「並外れた純朴さ」…ラドームスキーの評(第4部 9章 337p)
    そうなのだ。「白痴」とされるムイシュキンだが、馬鹿というのではなく、度外れた御人好し、というのが近いと思われた。

    ・ナスターシャ・フィリッポブナの人物像 
    「数奇な人生…」、「悪魔的な傲慢さ、傍若無人…、強欲なエゴイズム」  …同じくラドームスキーの評(同 339p)

  • この3巻の表紙の絵は誰なんだろうと思っていたけど、ロゴージンか。この愛憎劇の当事者であるわりに、なんだか脇役感がぬぐえなかった。でも彼にはとても同情する。ナスターシヤは自分の人生を汚したトーツキーを恨んでいたけど、ロゴージンもナスターシヤに人生めちゃくちゃにされたよね。まぁ最初のアプローチの仕方が最悪だったにしろ、ここまでされる必要ある?アグラーヤが指摘して見せた通り、ナスターシヤは不幸な自分に酔っていたんだと思う。なぜそこまで破滅を愛するのか…。
    それにしてもこの巻にしてようやくアグラーヤの気持ちがはっきりとわかってくるのだけど、19世紀文豪の小説にこんな典型的ツンデレ娘が登場するとは思いもしなかった。「別にあなたのことなんか好きじゃないんだからねっ」みたいな。エパンチン一家甘やかしすぎだろう…この娘絶対そのうち痛い目に合うだろうなと思っていたら、やはりそうだった。
    第1章でアグラーヤがガヴリーラに「駆け引きなんかしなければ…」と言ってきっぱり振ったけど、アグラーヤだって自分の気持ちに素直になり切っていればこんなことにはならずに済んだのでは。まぁ言っても仕方のないことだけど。
    最後ラドームスキーが公爵の心理をずばり指摘したところで「ああ~」と納得。やっぱりこの人は「純粋に正気」だったんだ。イッポリートがなぜネチネチと公爵を嫌うのかわからなかったけど、彼の目には偽善者と見えていたのかな。正気でない人間だと思っていたら嫌味なんか言わないもんね。「本当に狂っているのは誰なのか」と作品全体を通じ終始問いかけられている気がした。

  • 長さを感じさせないぐらい楽しめるストーリーだと思えたのも この読みやすい訳のおかげかもしれません。

  • ムイシュキンとナスターシャが互いに補完して、其々の生い立ちを乗り越える未来。ここまできた読者には、そんなことを夢想させる。でも2つの三角関係が、それも2人の女性の真意が表に出ないまま深く静かに進行し、ラストの悲劇へと繋がる。美しき我らがヒロインがあんな啖呵を切った上に迎える運命。ロゴージンもまたムイシュキンを補完する存在だから、自分は責める気になれない。轟音、叫び声、絨毯に散った高価な破片、驚愕、動転-コレでも表しきれないムイシュキン公爵の状態って?満場の悲鳴って?紛れもなくドストエフスキーの傑作の1つ。

  • 息を呑むほど白眉なラストシーンに奮えました。始めから告知されていた悲劇にも関わらず衝撃の情景でした。いささか冗長に感じた数々のエピソードの重要性を改めて認識しました。特にムィシキンの死刑囚の話、イッポリートの「弁明」、ガブリーラに象徴される凡人論などのテキストは興味深く読めました。これらの思索なくしてあのラストには辿り着けぬのでしょう。それにしてもこの暗さ… 紛れもなくドストエフスキーです。

  • ロシアの小説家・ドストエフスキーの代表作。ナスターシャという一人の高潔な女性を中心に、「白痴(バカ)」と形容される主人公・ムイシュキン侯爵と、情熱的で粗暴な男・ロゴージンという三者の愛憎と破滅しを基にして「愛」について描かれた小説。
    ムイシュキン侯爵は作者によって「無条件に美しい人間」として描かれており、ある種社会的な暴力性の代表として描かれているロゴージンとの対比の中で、純粋な「愛」の高潔さや儚さを訴えかけられているように感じる。
    この小説は、自身の体験やその時々におかれている状況により、読むたびに異なった感動(または疑問)を与えてくれる。

    事務局 K.M

    越谷OPAC : http://kopac.lib.bunkyo.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=1000769541

  • 読み終わって鹿島田作品の「ゼロの王国」とは違うなと感じた。終末に向かい終わりを予告させ進んでいくような作品でしたが、終わりが終わっても終わらない生活というか、日々や、時間が眼の前に広がってる。迂回しながら何かに近づいては遠ざかり、遠ざかっては近づいたりの繰り返しをしているような感じがした。

  • この物語を元に、今の日本を舞台にしてドラマ化しても結構いけるのではないかと思ってしまった。特に三つ巴の対決の場面の緊張と、意外の(あるいは予想通りの)結果はハイライト。

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