黄金の少年、エメラルドの少女 (河出文庫 リ 4-1)

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (325ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309464183

感想・レビュー・書評

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  • 自らの少女時代、自らを育てた国を「想っている」物語たち。
    リーの声には何も求めない静かな寂しさの弦が鳴っていて、ふとよぎる、全てを受け容れる優しさ、一瞬一瞬のその視線。物語たちはリーの声に語られるのを静かに待っている。彼女の声が聞こえるまで、静かに。
    表題作と「獄」が好き。どの作品にも中国に深く根付いた家父長制や女性の結婚に対する伝統的な考えや、それから国外へ移住していく多くの中国人の思いがある。代理出産をテーマにした「獄」は、その重い選択ゆえに払う代償をそれでも淡々と描いている。リーがそっと包んだ悲しみから、誰も出られない。

    リーの小説は比喩と、中国の古い言葉をリーの感覚で英語に訳し、そして日本語に変わってくる過程が本当に美しい。表題作も中国語で「金童・玉女」(理想的なカップル)というそうだけど、それが『黄金の少年、エメラルドの少女』に変わってここにやってくるその美しさに、ため息をついてしまうのだった。

  • 残雪を数冊読んで、現代中国文学の女性作家に興味が沸いたのでイーユン・リーを。こちらは短編集。

    1作目、ほぼ中編の「優しさ」がとても良かった。取り壊されそうな廃墟アパートに住む孤独な41才の女性・末言(モーイェン)の回想。美人だが狂っていた母は二十歳のときに五十歳の父と結婚、二人はある約束をしている。子供の頃、近所に住んでいた教師の杉(シャン)教授という女性は末言にさまざまな読書の楽しみを教えてくれるが、言わなくていい余計なことも教える。18才で軍に入隊(※義務らしい)、女性上官の魏(ウェイ)少佐、同僚の少女たちとの出会いと別れ。

    生い立ちが複雑な末言は、なかなか他者と打ち解けようとせず、誰にも甘えられず、孤独を気にしない。しかしそんな彼女を、気にかけ理解しようとしてくれた人たちが大勢いたことを、41才の彼女はわかっている。たくさんの人々が自分にさりげなくかけてくれた「優しさ」に実は自分が生かされてきたことを。とても複雑な余韻が残る。物悲しい絶望的な状況の中に、ほんの少しだけ控え目な温もりが残されているような。

    他の作品も「優しさ」とは何かを考えさせられるものが多かった。刑務所の近くに住む女性が服役中の男に面会にくる女性たちに手を差し伸べる「女店主」、この女店主のしていることは全くのボランティアで大変素晴らしい行動なのだけれど、それを褒められたい、感謝されたいという彼女の承認欲求が強すぎて、無償なのに利己的、慈善なのに偽善という奇妙なアンビバレンツが印象に残る。「優しさ」の杉教授の親切もとても自己満足的で素直に喜べない側面があったけれど、でもやっぱりそんな優しさでも誰かの役には立っている。

    ネット上で父親の不倫を告発した若い娘を執拗に憎み、その父親に同情して会いにゆく赤の他人の初老男「彼みたいな男」も、結局救われたかったのは彼自身だったわけだけど、それでも結果的に少し他人を癒すことにもなっているので彼がしたことは善行なのだろう。

    一人娘を事故で亡くした高齢の女性が代理母に選んだ若い娘と疑似母娘的な関係を築くもそれぞれのエゴで破綻する「獄」、仲良し老女6人組が、夫の浮気で離婚した一人をきっかけに不倫専門の探偵事務所を開き繁盛するも、ある依頼者のあまりの不幸に調査をためらう「火宅」、少女の頃好きだった既婚男性がすでに老人となり妻と死別したのち何とか口説き落とそうとする執念深い中年女の「花園路三号」など、どの作品も、なんというか、利己的な善意(しかし一種の愛情)を持つ登場人物がとても嫌な感じに(つまり上手く)描き出されていたと思う。

    表題作は、大学教授の母親と、ゲイであることを隠している息子、さらに教授の教え子の女性の複雑な三角関係。これだけは一種のハッピーエンド?と言えるかもしれない。「流れゆく時」はとても哀しい話だった。仲良しだった三人の少女が大人になり思いがけない破綻を迎える。あまりにも惨い出来事を受け入れるためには誰かを憎むことでしか悲しみを紛らわせないのだろう。

    最後に余談ながら、人名には繰り返し読み仮名がふってあって親切だったのだけど、地名はほぼスルーなのがちょっと残念でした。たとえば「花園路」日本風に読めば「はなぞのみち」だけど、たぶん違うでしょう。あと「工作单位」などの中国独特の言い方を、そのまま残すならせめて注釈を入れてほしかった。翻訳の難しいところだとは思うけれど、普通に「勤務先」と日本語に訳してしまうのでなければ、ひとこと説明が欲しかったなあ。

    ※収録
    優しさ/彼みたいな男/獄/女店主/火宅/花園路三号/流れゆく時/記念/黄金の少年、エメラルドの少女
    解説:松田青子

  • テーマもいいし文章も素敵だ〜。訳者もいいんだろな。
    タイトルから連想されるようなリリカルな話ではなかった。

  • イーユン・リーさんの本は2冊目。

    1冊目に読んださすらう者たちの登場人物たちと同様に、この短編集の主人公たちもみな、強い信念を持ちながら孤独な生活を送っている。

    みな孤独なのに、物語のテーマは全て異なり、今度はこんな話か!と飽きなかった。

  • 寂しい雰囲気が全体に漂う短編集。必要に駆られて誰かと会話はするけれども、結局は一人なんだと悟っているような、孤独な人達が出てくる。
    代理母の話は中年夫婦が必死すぎて読んでて辛くなる。

  • 登場人物たちは悲しいほど孤独で、人生の重みをひたすらに背負っていく。その描かれ方は正直なところ、あまりに世界を拒絶して人間の力を信じていないようで、私としては乗り切れない部分もあったのだけれど、その孤独の魅力には抗いがたい部分もあり、そのへんが筆力というのだろう。ちなみに「獄」や「火宅」などは、まさしくここから伸びていきそうな可能性があるところでバッサリ物語が切られており、やや物語のスケール感とページ数が合っていないような気がした。「獄」とかは展開させていけばかなり面白い中編になりそうな雰囲気がしたが。

  • 独特の静けさを感じる。孤独で寂しさのある人生に不思議と癒される。

  • ■別の惑星の出来事であるかのような考えられへん中国の日常が描かれる。
    ―――ただし設定がそんなものだから、せめて文章はわかりやすく書いて欲しかった。どう解釈したらいいかわからないような文章がたまにでてきてとまどってしまった。
    ■そして、”こんな展開になってこれからお話はどう広がっていくんだ?”、などと期待して読んでたら唐突にお話が終わったりする。余韻が残るというのじゃなくって、なんかこれだと書きたかったのは”考えられへん中国の日常”だけなのって。尻切れトンボみたいな終わり方が気になった。

    「優しさ」………舞台は、非人間的な社会主義的価値観だけが支配する中国軍。主人公は、人付き合いが苦手で孤独癖のある末言(mòyán)。彼女のまわりにはネット環境も携帯もテレビさえなくて――。しかし末言をとりまく人間関係は、そして人々の心の内は、とっても豊かなのだ。現在の我々と比べてもずっとと言えるくらいに。
    (考えられへん日常度★☆☆☆☆)

    「彼みたいな男」………実の娘にネット上で実名で吊るしあげられたあげく、おそらく最後は彼女にネコイラズで毒殺されるだろうことを観念して生きているひとりのおっさん。そしてロリコンのため教壇を追われ、今は義理の母の死を見届けながら若者のフリをしてチャットにのめりこむ別のおっさん。そんな、完全にオワったふたりのおっさんが顔を合わせ、臓物をつつきながら杯を傾けあう。
    (――こんな飲み会、金をくれてもオレは絶対に参加しない!)
    (考えられへん日常度★★★★★)

    「獄」………最愛の娘を事故で亡くし、ふたり目を体外受精で授かろうとする資産家の女。そして健康であけっぴろげだが、人身売買で勝手に売り飛ばされ続けてきたという悲惨な過去を持つその代理母。ふたりの女たちの関係が、微妙にスリリングに変化していく。
    (考えられへん日常度★★★★★)

    「女店主」………受刑者に面会しにきたその妻たち、恋人たちは、刑務所の正面に立地するある雑貨屋にふらっと立ち寄る。そして結局そこに居つくことになる。
    (考えられへん日常度★★★★☆)

    「火宅」………浮気男をあばきだすためクソばばあ6人組が探偵ごっこをして有名になる。
    (考えられへん日常度★★☆☆☆)

    「流れゆく時」………三人の仲のよい十三歳の女の子たちが”義姉妹の契り”を交わし、三人だけが写った記念写真を撮る。→→数年後→→その中のひとりは男の子を産み、ほぼ同時期にもうひとりが女の子を産む。残りの一人(主人公)は、子どもたちが将来結婚すればいいのにと提案する。→→数年後→→成長した男の子は成長した女の子をレイプしようとして結局絞め殺す。主人公はふたりの義姉妹に、あの時のあなたの提案がアダとなったのだと責められ、結局三人の関係は完全に崩壊する。→→数年後→→事情を知らない主人公の孫娘が当時の記念写真を見つけだし、勝手に引き伸ばして自分が働くリスボンのチャイニーズレストランに飾る。写真の中では三人の義姉妹が屈託なく笑っている。
    (考えられへん日常度★★★☆☆)

    「記念」………クソじじいはあまりにもしつこくしかもしょうもないセリフを繰り返して、通りすがりの若い女子大生をナンパしようとする。女子学生が逃げ込んだ先の薬屋のクソばばあはあまりにも横柄で、コンドームを買おうとするその若い女子大生に難癖をつけてくる。しかし若い女子大生にとってそんなの全然へっちゃらだ。なぜなら彼女の心の中は、正義を貫いたため当局に拷問され頭がおかしくなってしまった男への想いでいっぱいだったから。
    (考えられへん日常度★★★★★)

    「黄金の少年、エメラルドの少女」………動物学者の母と、結婚に興味がないアメリカ帰りの(ゲイの)息子。そしてその動物学者に叶わぬ想いを抱き続けるかつての教え子。母はふたりの結婚を思いつきお見合いをさせてみる。
    (考えられへん日常度★★☆☆☆)

  • 淡い作風。

  • 2020/5/11購入

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著者プロフィール

1972年北京生まれ。北京大学卒業後渡米、アイオワ大学に学ぶ。2005年『千年の祈り』でフランク・オコナー国際短編賞、PEN/ヘミングウェイ賞などを受賞。プリンストン大学で創作を教えている。

「2022年 『もう行かなくては』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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