城の戦国史 どう攻めたか いかに守ったか (KAWADE夢文庫)

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著者 : 鷹橋忍
  • 河出書房新社 (2015年4月17日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (220ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309499192

城の戦国史 どう攻めたか いかに守ったか (KAWADE夢文庫)の感想・レビュー・書評

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  •  本書は1章から5章までの構成で、1章は兵器としての城の仕組み。2章は築城の方法と堅城の条件。3章は城の攻防とその戦術。4章は歴史が動いた壮絶な攻防戦。5章は名城・珍城に眠る驚きの話。と続きます。私を含めお城巡りを趣味にしている方には、改めて知識のまとめとして、あるいはこれからお城巡りをされたい方には、入門書として読みやすく是非おすすめします。
     でも4章、5章は頁数の関係からか、もっと知りたい内容がありますが、それはまたお城を巡りながら勉強しようと思いました。
     ちなみに現在三木市に在住しており、三木合戦(天正6年4月~天正8年1月)については、攻城側の秀吉の見方ではなく籠城方の別所長治の見方からすると、全く様相が変わって、それほど単純な籠城戦ではありません。以下に蛇足ながら。
     1.三木合戦の緒戦は、秀吉の陣に別所軍が夜襲をかけ、秀吉軍は敗れて姫路の書写山へ後退。
     2.緒戦に大敗した秀吉は平井山に本陣を置き、支城を攻略しながら兵糧攻めを行うこととした。
     3.三木城への兵糧の運び入れルートは高砂城、魚住城、明石城と3つあった。高砂城への攻撃は、一回目は毛利の援軍もあり、秀吉は惨敗。二回目の攻撃で高砂城は落城。その後秀吉はこれらのルートをつぶしていった。
     4.天正6年10月、荒木村重が織田信長に反旗をひるがえす。この後、荒木氏の居城、花隈城ルート(毛利→兵庫の港→花隈城→丹生山→淡河城→三木城)により兵糧が三木城に運びこまれる。
     5.天正7年2月、別所軍が平井山本陣の秀吉を襲うが、失敗。
     6.天正7年5月、秀吉軍が丹生山の砦を焼打ち。
     7.同月、秀吉軍が淡河城を攻めるが大敗。その後淡河氏は三木城に籠城。
     8.天正7年6月、竹中半兵衛が陣中で病死。
     9.天正7年9月、別所軍が兵糧を運ぶ毛利軍(雑賀党)と共に、秀吉軍の平田砦を夜襲し、谷大膳が討死。(谷大膳の墓は市の史跡として今に残る)しかし続いて秀吉軍が大村坂で逆襲し、別所軍が大敗。この後、兵糧の運び込が出来なくなる。
    10.天正7年12月 荒木村重の有岡城落城。
    11.天正8年1月、宮の上の要害、新城、鷹ノ尾城落ちる。同月、別所長治が降伏、一族が自害、開城。
    結論. 日本一長い籠城戦(1年10か月)であるが、極地戦では結構秀吉軍に勝利している。最後の3か月が苦しく、実際に飢餓に見舞われたとのこと。戦略的にも毛利の援軍も望めない状況では降伏は当然の結果であった。
     

  • 動かない巨大兵器「城」。敵の侵攻を防ぐ、様々な工夫や仕掛けとは?また、城を攻める側の戦略・戦術とは?日本の歴史に残る壮絶な攻城戦も取り上げ、イラストや写真でドラマティックに紹介、解説する!

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