- Amazon.co.jp ・本 (704ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309728759
感想・レビュー・書評
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『源氏物語』は、こちらの角田光代訳⇒谷崎潤一郎訳⇒ウェイリーが英訳したものを再度和訳した版、で順々に読んでいます。
角田光代版感想 上
https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/430972874X
谷崎潤一郎版感想 一巻
https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4122018250
ウェイリー版 一巻
https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4865281630
なお、私は高校の時に王朝文学好きの友達に勧められて田辺聖子『私本源氏物語』を読みました。ここの語り手は光源氏のシモを処理するお付きの従者で、近衛大将だった光源氏のことを「ウチの大将」って呼んでいます。そこから友人たちの間でも光源氏のことを「ウチの大将」と呼んでいるんですよ。そこで、この先レビューでも光君のことは「ウチの大将」と書かせていただきますm(__)m
そしてウチの大将の義兄でもある「頭中将」は「中ちゃん」と書かせていただきます。(私は読んでいないのですが「いいね!光源氏くん」での呼び名らしい)
※この巻ではすでにウチの大将は「大臣」、中ちゃんは「左大臣」に昇格しているのですが、「大将/中将」で通します!
こちらの中編は『玉鬘』から『幻』まで。
巻ごとの粗筋を辿っていきます。
『玉鬘』
ウチの大将は怨霊に取り殺された夕顔さんと中ちゃんとの間に娘である玉鬘ちゃんを引き取った。
玉桂ちゃんの実父は中ちゃんなんだが、なんの仲介もないので名乗り出られない。ウチの大将は「世間並みに結婚して一人前になってから対面しよう」という。身分や社会地位の考え方がちょっと見えた。
『初音』
この時点でウチの大将は「大臣」で、中ちゃんは「内大臣(うちのおとど)」。
年明のご挨拶の様子から、上級貴族のしきたりが見える。ウチの大将も女性たちも「年をとった」ことが感じられる。白髪が増えたな、とか。
六条の屋敷(ウチの大将のお祖母様の屋敷あと)に住んでいるのはウチの大将が大切にしている女性。紫ちゃん、花散里さんと玉鬘ちゃん、秋好中宮(六条さんの遺した姫)里帰り用の部屋、そして明石さん。
二条の屋敷にはそれほどじゃないけど面倒を見ている女性。末摘花さんと出家した空蝉さん。ウチの大将は出家後の空蝉さんの面倒もみていたのか!こういうところがウチの大将のいいところ。
『胡蝶』
玉鬘ちゃんは20歳くらいでたいへんな美人さん。求婚者がたくさん。ウチの大将は「自分の娘です」と言いながらも「実は中ちゃんの娘」と公表して自分のものにしたいなあという気持ちが抑えられなくなっている。「父親代わりなんだからいいじゃん」と御簾の中に入ってくるし共寝するし。ウチの大将も36歳、相変わらず「美しい/気品がある」と褒め称えられるが、内面は恥も外聞なくなってきている。
ウチの大将もなにかと「自分は歳をとったから」と謙遜するし、玉鬘ちゃんにも力づくでモノにすることもないし、もしそうしたとしても「中ちゃんから婿扱いされるのも世間体が悪いよなあ」なんて考えて今ひとつ煮えきらない。
『蛍』
玉鬘ちゃんの求婚者のなかでも特に熱心なのは、ウチの大将の異母弟である兵部卿宮(蛍宮)と、鬚黒大将。ウチの大将は玉鬘ちゃんに言い寄りながら「婿にするなら弟の兵部卿宮かな、でもまずは内侍(女官)として宮廷に挙げようかな」などと、どうすれば自分が一番に都合が良いかを考えている。
『常夏』
夏の暑い日々にやってきた賑やか娘の話。
ウチの大将が美女の隠し子を引き取ったと聞いた中ちゃんも、自分の隠し子を探したら見つかったのが「近江の君」という元気娘。やる気ありすぎて父や異母兄姉たちをドン引きさせている、んだがまったく気が付かず「私を宮中でお勤めさせて!」などやる気満々。夕霧くんに恋文出してあっさり袖にされて恥かいたりもする。
『篝火』
夕霧くんが友人たちと演奏したり歌を詠んで楽しんでいるところにウチの大将も交じる。
『野分』
秋の嵐の情景。
夕霧くんが紫の上の姿をたまたま見ちゃって「うちの父ちゃん、あんな美女隠してるんだ!」などと思う。
夕霧くんは、お祖母様(中ちゃんと葵さんの母宮)のお見舞いも欠かさない。
『行幸』
ウチの大将は、中ちゃんに「玉鬘ちゃんは実はキミの娘なんだ☆」と告げる。
さて玉鬘ちゃんの身の振り方をどうするか?
①兵部卿宮を婿にする。②鬚黒大将を婿にする。③冷泉帝に尚侍(内侍司の長官)として宮中に入れる。
『藤袴』
ウチの大将は、玉鬘ちゃんを③にすることにした。
『真木柱』
あれれ?一つ話を飛ばしていないか???
玉鬘ちゃんは鬚黒大将の妻になっている。どうやら尚侍に出仕する直前に髭黒に実力行使されてしまったようだ。
ウチの大将も仕方なく婿として認める。
『梅枝(うめがえ)』
夕霧くんは宰相の中将に昇格。
明石姫ちゃんが入内することになったので、ウチの大将は入念に準備を進める。特にお香の調合は、ウチの大将縁の女性たちがここぞと提出してくる。
私は普段貴族の女性たちって何しているんだろう?と思っていたんだが、このような「教養」を習っていたんですね。
『藤裏葉(ふじのうらば)』
明石姫ちゃんが東宮に入内することになった。離れ離れになっていた明石さんとも目通りが叶い、宮中への付き添いも勤めることになった。紫ちゃんと明石さんもこの時に初対面となる。お互い相手のことを素晴らしい女性だなあと思い合う。…これ、見かけは穏やかな対面だけど、二人共気合い入れて身支度準備していたでしょ。ある意味女の戦いだよね。
夕霧くんと雲居雁ちゃんは一緒に育ち、ずっと想いあっていたのだが、中ちゃんに怒られて引き離されていた。しかし世間では雲居雁ちゃんは夕霧くんのものと見なされていたので、中ちゃんも今更別の所へはやれないし、夕霧くんはどんどん立派になるし「改めて申し込んでくれたら喜んで婿に迎えるんだけどなあ…」と困っていた。さすがにいつまでも意地を張っていてもしょうがないと、夕霧くんをお屋敷に招く。
これだけで「結婚認めるからさっさと娘の部屋に行け!」ということだとみんな分かっている。貴族階級って(^_^;)
幼なじみとの恋愛を貫いたような夕霧くんだが、当時の風習として手を付けている侍女たちはいるし、『少女(おとめ)』で五節を舞った藤尚侍(惟光の娘)とはそれ以来秘密の関係を続けている。夕霧くんは「お硬い/真面目」といわれるが、その彼がここまでちゃんと女性に手を出しているというなら、色恋というのは個人の感情を超えた、やらなければならない政治や風習や文化の一種なんだろうと思うことにした。
『若菜 上』
ウチの大将は「院」と呼ばれる立場になり、夕霧くんは権中納言(後に右大将)、中ちゃんは太政大臣(おおきおとど)、その嫡男の柏木くんは頭中将、鬚黒は左大将になった。
夕霧くんと雲居雁ちゃん夫婦は、祖母(葵さんの母上)の遺した三条の御殿にお引越し。
ウチの大将の異母兄朱雀院は出家することにする。心残りは13歳くらいの三の宮の姫。しっかりした後ろ盾としてウチの大将に妻にしてもらいたいと思っている。
これに関しては朱雀院お側の方々がウチの大将の性質を見抜いているというか。「確かに紫の上が事実上の正室だが、光君は身分の高い妻を迎えたいという気持ちが高い」。まんまと乗せられたウチの大将(39歳くらい)。
しかしいざ妻にするとそのくせ「幼いなあ、張り合いがないなあ」とか言っている…。
さらに朱雀院と離れざるを得なくなった朧月夜さんのところを強引に訪ねて、ちゃっかりと焼け木杭に火をつけた!!
紫ちゃんは「自分は身分も後ろ盾もなく、いままで光君のご好意だけでこんなに良くしていただいたのだから、別の正室が来るのは当たり前。でもいざそうなってみるとちょっときついし恥ずかしいなあ」という気持ちを持つ。
『源氏物語』に出てくる女性って「嫌だなと思うがどうしようもない」「恥ずかしくて返事もできない」「自分なんかがと卑下する」事が多いのですが、紫の上は割とはっきりをスネたり、自分を卑下することはなかったり、それなら他の人たちとも仲良くしようとしたり、教養を重ねたり。この時代の上流貴族女性のなかではなかなかはっきりした性格なんじゃないだろうか。
明石さんの父である入道は、自分の孫娘が帝に入内して東宮を生んだことを知り「自分の願いは全て叶った。こうとなったら山奥で修行のみに励む。もはや私が生きているか死んでいるかを気にしないで欲しい。もし死んだと知っても喪に付す必要はない」と伝えて山奥に篭もった。
この明石入道は、頑固な変わり者で我が信念を貫き通すところが登場人物として興味深い。
冷泉帝に入内した明石女御は「桐壺御方」となったのですが、レビューではややこしいので「明石女御」で通します。その明石女御が懐妊して里帰り。この時12歳!(女三の宮より若い!!)出産大丈夫か!?私は本気で心配しましたよ、この時代の女性ってよくその若さで妊娠出産できたな…。
ウチの大将をみる紫ちゃんは「自分は身分も後ろ盾もなく、いままで光君のご好意だけでこんなに良くしていただいたのだから、別の正室が来るのは当たり前。でもいざそうなってみるとちょっときついし恥ずかしいなあ」という気持ちを持つ。
そんな紫ちゃん(この時37歳。藤壺さんの享年と同じ年)が病に倒れる。「出家させて欲しい」と願うのだけれど「ぼくが一人になったら寂しいじゃん」と了解しないウチの大将。
柏木くん(督の君/かんのきみ)は、女三の宮ちゃんの姿を垣間見してしまって、恋心を募らせる。
『若菜 下』
どうやら冷泉帝は退位して、朱雀帝の皇子が今上の帝になっている。
柏木くんは、ついに女三の宮さんの寝室に入り込み関係する。気持ちが幼い三の宮さんは泣いたり困ったりするだけで何もできない。二人の関係はウチの大将にバレる。
夕霧くんはクモイちゃんとの間に子供も増えて、長年の妻として馴染みすぎちゃって面白みがなくなっている。惟光の娘の藤内侍との間にも複数の子供がいる。
紫ちゃんの病は落ち着いたり悪化したり。ウチの大将が祈祷を頼んだら六条さんの物の怪が現れた!
ええ!六条さんの物の怪って、葵さんと夕顔さんを取り殺し、紫ちゃんを苦しめてるの?ここまでくるとむしろ天晴だわ
『柏木』
女三の宮は若君を出産(薫)する。
柏木くんは病で亡くなる。中ちゃんの嘆き。
親友の夕霧くんは、柏木くんの遺言で、北の方である女二の宮(三の宮さんの姉。落ち葉の宮)のことを頼まれる。
『横笛』
夕霧くんは、落葉の宮の元を尋ねて「妻になってほしいなあ」と仄めかす。柏木くんの形見として横笛をもらった夜、柏木くんが夢で「その笛は自分の血を引くものに引き継いでもらいたいんだよ」と告げる。夕霧くんは三の宮さんと柏木くんのことをちょっと疑っていたのだけど、さすがに面と向かっては聞けないままウチの大将に横笛を渡す。
『鈴虫』
秋好中宮は、母の六条さんが物の怪になっていることを知り、供養のために出家したいと希望するが、ウチの大将が許可しない。
『夕霧』
夕霧くんはわりと強引に落ち葉の宮と結婚する。ちゃんと結婚したからこの時代としては良いの??クモイちゃんとは相変わらず仲良し夫婦なんだけど「夫である自分が他に女通いをしないような堅物では妻であるあなたにも不名誉だろう。たくさんいる女性の中で大事にされることこそが女性の誉れでしょう」なんて言っている。この時代ってそうなんだなあと思って、納得はしないが理解して読み進める。クモイちゃんは、夕霧くんが落ち葉宮さんからの文を読んでいるのを後ろから取り上げたりしてけっこうかわいい。
クモイちゃんは拗ねて実家の中ちゃんのお屋敷に帰る。義父の中ちゃんもちょっと怒ってる。夕霧くんは弁明とお迎えに行く。
このあと夕霧くんの子供たちもそれなりに繁栄していくことが書かれる。クモイちゃんともまあ仲良くやっていくんだろう。
私は昔は「二人の妻の間を半々通うなんて偏狭的。クモイちゃんが可愛そう」とか思っていたんだが、仲の良く気心のしれた夫婦でも月のうちの半分くるよ、と分かっていたら残りの半分は自分もゆっくりできるかもしれないとか考えるようになった。
『御法(みのり)』
ついに紫ちゃんが亡くなる。
『幻』
紫ちゃんを悼むウチの大将。
夕霧くんが結構頼りになっている。夕霧くんは、女性関係とかちょっと執念深そうなところはちょっとどうなのよと思ったが、息子として、働く人として、友達としては頼りになるな。
『雲隠』
巻の名前だけで内容がない。
内容を書かないことにより、ウチの大将の死を伝える。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
訳者で小説家の角田光代さんは、「この中巻(玉鬘)のあたりから、紫式部は「人」を描きはじめた、という印象を強く持つ。位相が変わった、と思う理由のひとつである。感情の描きかたの複雑さとリアリティ、その比喩の巧みさに私は何度も息をのんだ」とあとがきで述べています。
押しも押されぬ有名作家として数々の作品を産み出し続けている角田さんがなんども驚愕せずにいられなかったほど、この一千年も前に書かれた物語は、壮大で、奥が深く、そして、驚異的な緻密さを誇っているんだなあ、と感嘆せずにはいられませんでした。
角田訳における中巻は、光君が35歳で栄華を極めて以後の第22帖「玉鬘」から、50歳余りで彼が亡くなる第41帖「雲隠」までが収められています。
上巻のあとがきでは、訳すにあたってなによりも「読みやすさ」を優先したとおっしゃっていた角田さん。歴史に名を残す文豪たちによる訳が既に数多くにあるのに「なぜ今私に話が来たのか?を考えた」結果として。
その初志を貫いた角田さんの丁寧な仕事により、上巻に引き続きこの中巻も「異世界を舞台にした現代小説」であるかのようにとてもフラットに読むことができます。
そのため、上巻において、数ヶ月どころか10年、20年、はたまた50年も先の展開に向けて無数に張り巡らされていた巧妙な伏線が、ゆっくりと、しかし、確実かつ完璧に回収され、単に収束するというレベルにとどまらずに、むしろ、人生における無常と悲哀、そして終焉という一つの大きな流れとなっていく見事な構造を、言葉への無理解や複雑さに阻害されることなく、じっくりと味わうことができます。
それから、源氏物語が持つ「群像劇としての側面」を、明快にとらえ、しっかりした形にして示したのも、角田さんの努力のもう一つの結実だと思いました。
源氏物語は決して主人公の「光君」だけの物語ではありません。
原文からして、俯瞰の視点で、彼以外の多くの登場人物たちの心のうちの哀しみや悩みも大なり小なり丁寧に描写されています。
作中の彼らは他者の心は知らなくても、作者と読み手だけが知りえるそれらの事実によって、より一層の奥行きと感傷が加わった、アイロニックなドラマ性を持つ物語なのです。
この群像劇的な側面と厚みは、過去に源氏物語を訳した文豪でも、捉え方と表現に失敗している方もいる、とても難しいところ。
ここをきっちり抑えた角田さんの途中の苦しみや迷い、努力、使ったエネルギーはたいへんなものだっただろうと思わずにはいられませんでした。
彼女が訳しながら「紫式部自身が、悩み苦しんでいる人間の姿こそ人間の本質と(書きながら)思ったのではないか。」と思いを馳せたことが、まさに活きたのかと思います。
次回の下巻は光君亡き後の、宇治十帖がメインになった世界。
「さて、光君もついにいなくなってしまった。その後の世界を、紫式部はどんな風に描くのだろう。またあらたな位相へと向かうのか。もうしばらく、おつきあい願えたらうれしいです。」
そうあとがきを締めくくった角田さん。
勝手な妄想ながら、訳の仕事の話を受ける前は何の思い入れもなかったと大胆告白していた源氏物語にすっかり惹きつけられているのかと思われます。
そんな彼女が次はどんな訳をしてくれるのか、宇治十帖が少し苦手な私でも、今からとても楽しみです。
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上巻はすました感じがしたが、中巻は感情が渦巻いていて読んでいてどんどん進めていけた。
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【源氏物語 中】
上巻では、途中に須磨退去なんかありつつも、生まれてこのかた上り調子だった源氏の君。中巻でも勢いそのままに、位人身を極めて絶好調。
その一方で、忍び寄る老化の影。過去のように自由に遊び回ることもできないし、なんだか昔の思い出は駆け巡るし、女性との関係も上手に育てられなくなる。
次世代が成長する中で、周囲の人も少しずつ亡くなっていって、遂には長く寄り添った紫の上も..そして..。
源氏物語を全く知らないところから入って、ここまでで41/54帖。1000年前の物語を現代でも読めることにも、物語の分量にもその精巧な構成にも、何より楽しく読める(この点は角田光代の貢献が大きいのかもしれないけど)ことにも驚いてる。
源氏ほどの栄枯盛衰は当然ないけど、自分にもそれなりには人としての興隆と没落があるはずで。勝手に重ねてみることで、生きることの喜びだけではなく、悲しみやら悩みをしみじみ味わうのも良いなと思ったり。満員電車で風情感じてるのもそれはそれで素敵な読書時間だななんかと考えてる。