平家物語 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09)

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著者 : 古川日出男
制作 :   
  • 河出書房新社 (2016年12月8日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (908ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309728797

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平家物語 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09)の感想・レビュー・書評

  • 「私は、平家が語り物だったという一点に賭けた。」
    訳者の古川日出男さんが、前書きでそう大胆に宣言したとおり、語り手たちの息遣いが耳元に聞こえる気がするほどに、「読んでいる」というより、「聴いている」という感覚がしっくりきた、実に見事な「語り」の物語でした。
    こんなに体感的な読書経験は初めてだったかもしれません。

    平家物語といえば、日本人には少なからずお馴染み、

    「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。」

    という原典の書きだしそのままに、平清盛を筆頭とした平家一門の、儚い隆盛と滅亡の約10年を中心に描いた歴史物語です。

    しかしながら、その本軸の「平家の話」の合間合間に、平家を取り巻いていた法皇や公卿、僧、源氏一門などの武士たち、男たちの陰で憂き目をみた女たち、はたまた誰かの悪行の引き合いに出す唐天竺の説話など、無数の人々のエピソードが無数に差し込まれていることで、一つの物語としては、構成軸がぶれてどことなくメタボ化してしまっている側面があることは否めません。

    古川さんは、そんな原典の「欠点」を敢えて尊重し、一つのエピソードも省いていません。
    無数の琵琶法師たちによって語り継がれる中で、変形し、エピソードが増殖し、人々に愛されながら多くの演劇の題材になったとされる平家物語。
    古川さんは、この愛すべき欠点を、平家物語が持っていた「語り」の活用によって、見事な魅力に変えています。

    もっとも大きくは、清盛の死の前と後でガラリと語り口が変わることで、平家の衰退と、時代がいよいよ変わることを暗示しています。
    そして、要所要所で何度も変わっていく語り口は、滅んだ平家一門や、はたまた平家によって不遇の生を終えた誰かの亡霊に語りかけられているような気になったりして、まるで万華鏡のような多彩さや新鮮な魅力を醸し出しています。

    そして、なによりすごいのは、原文には存在しない古川さん独自の言葉を、要所要所にほんの一言から数行程度差し入れることによって、人生の悲劇性や因果性などを強調するとともに、明確な伏線をつくりだし、原本ではとかくブレがちな「構成力」を、原本の趣を壊さずに巧みに強化していることです。

    それによって、主軸からは外れているような末節のエピソードも、平安の貴族の時代から鎌倉の武士の時代という社会の一大転換期の中で、多くの人生が否応なく捻じ曲がっていったんだなあ、と感慨を覚え、物語に奥行きと立体感を与えることにつながっています。

    平家物語の中で好きな場面、印象的な場面はたくさんありすぎて選べないので控えます。
    しかし、多すぎるくらいに多くの登場人物がいることで、主題とされる無常観を基軸としながらも、欲望や愚かさ、執着心、親子や夫婦の切れない情、別離の悲哀、死を前にした潔さなど、人間のあれこれが、これでもかとたっぷり詰まっている約800年前の稀代の名作を、雰囲気そのままの耳なじみの良い言葉と的確に構成力を強化された形で読むことができると言う点で、一読の価値ある作品となっています。

    そして、相変わらず、編者の池澤夏樹さんの解説が見事です。
    平家物語の骨太だけれども細部が細かすぎるメタボリックな独特な様を、若冲の絵画になぞらえたり、「『平家物語』が優れているのは、一人ずつの肖像であり、それらが絡み合ってことが決まってゆく過程の物語である。」などとおっしゃってみたり、平家物語の本質をここまで端的に表現している点に、感激してしまいました。

  • こういっては何だが、本人の書いた源氏物語を材にとった小説『女たち三百人の裏切りの書』より面白かった。現代語訳とはいっても、本来語り物である『平家物語』を、カギ括弧でくくった会話を使用し、小説のように書き直したそれは、もはや別物だ。加筆した部分に作家自身の小説作法が顕わで、いかにも小説家らしい訳しぶりであることが評価の別れるところかもしれない。が、そのおかげで、この大部の物語を読み通せるのだから、ありがたいと思わないわけにはいかないだろう。

    読み通した人は少ないだろうが、誰でも中学や高校の教科書でその一部は読んだことがあるはず。冒頭部分の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす」を暗記している人も多いだろう。那須与一の「扇の的」や、義仲の死を描く「木曽最期」など、授業で教わったことを今でも覚えている。また、歌舞伎にも『熊谷陣屋』、『平家女護島』など、熊谷次郎直実や俊寛僧都といった『平家物語』に登場する人物にスポットを当てた芝居も多い。

    そうした有名な合戦の様子や武士たちの戦いぶりばかりが目に留まりがちだが、冒頭部分にあるように、『平家物語』は、諸行無常、盛者必衰といった仏教的無常観にどっぷり浸かった物語だ。また、祇王、祇女と仏御前の悲話からはじまり、後白河法王が草深い大原の里に建礼門院を訪ねる「大原御幸」で終わる、そのことからもわかるように、戦いに明け暮れる男たちだけでなく、その陰で夫や子、孫、想い人と別れなければならない女たちの物語でもある。

    もちろん、「平家にあらずんば人にあらず」とまで言わせた栄耀栄華の暮らしから、清盛の死を契機に凋落、源氏の旗揚げにより、西国に落ち延び、壇ノ浦で滅びるまで平家一門の姿を追った部分が主たる筋となる。それを太い幹としつつ、幾つもの挿話が枝分かれし、時には本邦を遠く離れ、中国にまでおよぶ。項羽と劉邦、蘇武に李陵、玄奘三蔵まで登場するにぎやかさだ。おそらく、琵琶法師によって語り継がれてゆくうちに、増殖していったものでもあろうが、その雑多な物語群の入れ子状態にこそ『平家物語』の魅力があるように思われる。

    数多く登場する武士や公達のなかでも特筆すべきは、頭領である平清盛ではなく、嫡子重盛。清盛が尋常ではない悪人として一目置かれながらも、高熱を発しての有り得ない死の有様を見ても分かるように、どこかカリカチュアライズされて描かれているのに対し、重盛の方は、その学識、物腰、人に対する配慮、朝廷を敬う態度、とどれをとっても申し分のない人物として最大級の扱いを受けている。平家の凋落は、重盛が神意によって病を得て、父より先に死ぬことがその遠因となっている。

    しかし、聖人君子のような重盛では物語の主人公はつとまらない。そこで、登場するのが朝日将軍木曽義仲や九郎判官義経といった武人たちだ。現役バリバリの小説家による現代語訳最大の成果は、人物造形の力強さにある。特に義仲は、奔放なエネルギーを持て余す豪傑として出色の出来。「だぜい」を語尾につけるところは、どこかの芸人みたいだが、都流の雅など知らぬと言いたいばかりの無礼千万な振る舞いは、いっそ小気味よく、墨をたっぷり含ませた太筆で一気に描き切ったといった感じ。剛毅であって、稚気溢れる人物像が粟津の松原での最期のあわれをいっそう搔き立てる。

    それに比べると、反っ歯で小男という外見もそうだが、奇手奇策を用いて相手の隙を突く戦法を得意とする義経は、あまり英雄豪傑らしくない。搦め手の大将という位置にありながら、功名手柄を独り占めしたがり、配下の梶原平蔵相手に先陣争いをしてやり込められるなど、梶原の言う通り将たる者の器量ではない。扇の的を射た後、船上で舞い踊る人物を必要もないのに射させるなど残虐なところもある。性狷介固陋にして子飼いの者にしか心許すことがない。後に先陣を許されなかったことを恨みに思う梶原の讒訴により兄との仲を割かれるが、あながち梶原ばかりが悪くはないと思わせる人物として描かれている。

    意外に思うのは、重盛をはじめとする当時の政治家たちが自分の国をどう見ていたかという点である。幼帝の践祚や還俗しての重祚など、何かというと中国の先例を引いて、その正当性を確かめようとするところに、中華文明圏の一員としての自覚を見ることができる。自分の国は粟粒ほどのちっぽけな島であるという言葉さえ見られる。また、自分の置かれた状況を図るのに、『史記』にある蘇武や李陵の例を引くなど、中国文化をモデルにして生きていたことをうかがわせる。自分の国の小さいことや歴史の浅さをよく知り、中華文明を生きていく上での規範としていた訳だ。

    多くの作者によって語られた物語群の統合としてある『平家物語』。そのなかに、何人かは知らないが、世界を俯瞰できる眼の持ち主がいたのだろう。今でこそ『平家物語』は軍記物の古典である。しかし、当時これだけのものを書こうと思えば、中国古典に習うしかない。そして、そのなかに仏教的無常観を招じ入れ、独特の語り物文学をつくり上げた。訳者は、そこに諸国放浪の琵琶法師はもとより、皇族、公家や武士、多くの女人たちの声を聴きとり、ポリフォニックな語りの文体を採用した。かなりの長さだが、単調になることなく最後まで面白く読み通すことができたのは、その工夫によること大である。古川本で『平家物語』を読んだ、という人が増えることはまちがいない。

  • 完訳というのは素晴らしい。900頁近くある大作だけれど、読みやすく一気に読んだ。
    それにしても、断片的な知識というのは勘違いが多いということをあらためて思い知られた。こうして物語を通読してみると、切れ切れのエピソード同志の因果関係が理解できて、頭の中がすっきりする。

  • 声が幾つもの鳴り響いている。『平家物語』は単一の語り部ではなく複数語り部が物語を継ぎ足した、だから声は幾つもある。
    異なるvoiceの集合体だ。だからこれはミックスされた物語としてある、古川さんの作品を読んだ人ならわかるだろうが、古川日出男という作家は幾つもの声を、voiceが鳴る小説を書いてきた。そして、DJのように繋ぎミックスしている。だからこそ、『平家物語』が古川日出男訳で新しく形になることは極めて正しいと読みながら思う。
    幾つもの声が鳴り響いている。諸行無常、あらゆる存在は形をとどめないのだと告げる響き。

  • ついに読み終わりました。
    読みやすかったし読み応えあった。
    複数の語り部がいる複雑さを見事に表し、琵琶のリズムを巧みに躍らした文章だった。
    悲哀に満ち満ちた、敗者、弱者に寄り添う物語。
    何百年も時を隔てたその物語の登場人物に感情移入出来ることが素晴らしく、時を超えた読書だった。

  • 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
    中学生の時だったか、高校生の時だったか、授業で暗記させられ、しかしそこしかほとんど記憶になかった日本の古典。
    今回、古川日出男の新訳ということで、はじめて通読した。
    長い。そして、まえがきで訳者自身が述べているように、後からとってつけたのだろうな、と感じるようなエピソードや回り道の挿話が多々ある。
    しかしその回り道が案外面白かったりする。
    今回読んでいて面白かったのはキャラクター造詣だ。どこまでが訳者の脚色でどこまでが原本によるのかわからないけれど、入道清盛の悪辣さ(でもどこかとぼけた面もある)、そんな父親の非道ぶりのフォローに東奔西走する誠意の人・重盛の苦労人っぷり、いいやつなんだろうけれど馬鹿だとしか思えない木曽義仲の田舎っぽさ、他、もっと細かなキャラクター一人一人も突っ込みどころがあり、面白い。
    清盛が案外あっけなく死ぬことにも驚き、源頼朝の本作の中での存在感の薄さにも意外性を感じ、でも源義経に感情移入するかといったら案外この判官も平家物語の中では人の気持ちを思いやらない猛進型人間で、じゃあ誰が一番いいかと言うと、うーん、今井四郎?
    でもこういうキャラクターたちが好き勝手暴れまわるのを往時の人たちは楽しんでいたのかなと思うと興味深い。その同じキャラクターをはるか後代の自分が「いや、コイツはないな~」とか「いいヤツだ」とか感じているということも、考えてみればすごい。
    琵琶法師による「語り」を意識した訳文が、そのリズムが読みやすく、分厚い古典が身近に感じられたのが嬉しい。

  • 読み終わった達成感がすごい。
    飽き性で、書き下し文で読むの辛い…とか思ってたので、口語訳・しかも琵琶法師の語り口調で書かれていたのは、語調に引っ張られるようにぐいぐい読めて楽しかった。
    それにしても、平家のことよく知らなかったけれど、平清盛ってあんなに破天荒な人だったんだァ…と今更衝撃。

  • 900頁の大作をやっと読み切った。
    平家物語が源平合戦で亡くなった武将達の鎮魂の物語というのがよく分かった。
    前半で清盛の傍若無人を描き、後半で子孫達の哀れな末路を描く。因果応報である。
    この平家物語を起点とする幾多のスピンオフ作品があり、興味があり、色々と読んでみたいと思った。

  • 入道相国の栄華から老いたる建礼門院の死に至る九百頁を読み畢んぬ。熊谷次郎直実・敦盛の武士の情けも、木曽義仲・今井四郎兼平の主従の誓ひも、範頼・義経の兄弟の契りも、儚き露となりぬ。自惚れ高き入道相国、梶原平三景時の讒言に振り回されし兵衛佐(鎌倉殿)、いづれも一族の将の器にあらず。命の重みいづくにか是あらむ。武士の棟梁に名将は現れず、院宣を用ひ項羽の如くただ弑する而已。貴人は重盛公お一人なるが、不肖の息子・資盛は幼少より稀なる痴れ者にて、これを見るに、重盛公は鳶が鷹を産む例へに如かざるを知る。

  • 余りにも有名な物語。でもその内容は断片的かつ曖昧にしか知らない。知っている所もひどく曖昧。琵琶の撥にあてられて読み進められそうで、やっぱり難しくて。文体がいつのまにか変化しているのにも気付かないほどの時間をかけて読了。清盛の悪行は分かったけれどここまで書かれると「ほんと?」と逆に思ってしまう。祇王、巴、静、徳子、千手、横笛。女はいつも悲しい。この頃はまだ思いのつよさで命が絶てた時代。人外のものも生きた時代。おごれるものは久しからず、それた源氏とて同じ。雅も織り交ぜ西に落ちる平家のその様々な悲しい物語。

  • とても素晴らしい完成度だった。勉強を意識せず、物語として楽しめる。内容わかっていても泣ける。絶妙な間がすごい。
    原文は載っていないため見比べることが出来ないのは少し残念だったが、作品の長さを考えればまあ仕方ない。

  • 年末から延々と読み続けた・・・。
    900ページ。
    途中で投げ出したくなるんじゃないかなと思っていたけど杞憂でした。
    おもしろかったー!
    現代語訳といいながら、小説として成立しているし、「読ませる」演出があって、読みやすかった。
    たしかに人名が似ているから、「は?あれ?」ってなることもあるけど、巻末についている系図を見れば解決するし、断片的にしか知らなかった平家物語を通しで読むと、有名な冒頭の祇園精舎の鐘の音・・という一節が胸に響く。

    受験生じゃなくても、ぜひ一読を。

  • 2017.1.14市立図書館
    図書館の予約待ちが意外と(話題になっているわりに)はやく回ってきたけど、ちょっとじっくり腰を据えて読める状況ではなく、この厚み、手元においてゆっくりゆっくり読み続けていくものかも知れぬと読了は諦め、冒頭や解説などをぱらぱらとつまみ読み。現代語訳の語り口はするするとひきよせられるものだし、やはり買うしかないか。

    巻末に系譜などがあってたすかるのだけど、(この作品に限らず大河文学の場合)できれば折り込み付録か切り取れる仕様になっていると参照しやすくていいのになぁ、と思う。

  • 古代日本で最も武張った年代記。栄華から滅びにいたる道筋の哀感を、語り物につながる文体で伝える。

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