アルカイダから古文書を守った図書館員

  • 紀伊國屋書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (349ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784314011488

作品紹介・あらすじ

「この過激な武装勢力は、自らが理想とする〝純粋なイスラム社会”と相容れなければ、人であれ物であれ聖戦(ジハード)を仕掛けると宣言している。だとしたら、連中にとってこの大箱の中身ほど危険なものはない。なにしろそこには500年におよぶ人間的な喜びがあふれているのだから。論理学や占星術の書、医学書、音楽への賛歌、恋愛を至上のものとして謳い上げた詩。肉欲や世俗の快楽をも肯定し、神のみならず人間にも美しきものを生む力があることをありありと伝えている。しかも、同じような古文書はトンブクトゥ市内の隠し場所にまだ何万と残されていた。そして今、男はわずかな仲間とともにそれを救い出そうとしている」(「プロローグ」より)

●37万点もの歴史遺産はいかに救われたか――
西アフリカ・マリ共和国中部のトンブクトゥは、古くから金や岩塩、奴隷などの交易で繁栄、イスラム文化が花開き、16世紀には100以上のコーラン学校やモスクが建てられた「古の学術都市」である。各家庭でひそかに保存されてきた往時の手彩色の古文書の多くが図書館に納められて数年後、アルカイダ系組織がマリ北部を制圧した――

「ワシントン・ポスト」など各紙誌でも高く評価された、話題のノンフィクション!

感想・レビュー・書評

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  • イスラムの歴史の深い多様な文化に思いを馳せ、美しい装飾が施された古文書の数々を想像し、イスラム過激派の非道な行いに怒りそして恐怖し、危機が迫る古文書の脱出作戦の行方に手に汗握り、市民たちの勇気に感じ入る。一文で説明するとそんな一冊かなあ。

    古文書の美しさや、内容の深遠さにこの話の中心人物となるハイダラが魅了されて、長く危険な旅も厭わなくなっていく様子が読んでいて面白い。なんと言っても、古文書の描写が美しいのです。それを読んでいると、当初は自身の仕事を渋っていたハイダラが、一種の鬼コレクターのようになっていくのもなんとなく分かるような気がします。そして様々な土地をめぐり、時に困難な交渉も乗り越えて、古文書を集めていく様子も読み応えがあります。

    そうして集められた古文書は、世界的にも価値が認められ、欧米からの援助もあり貴重な古文書を集めた図書館が、マリ共和国のトンブクトゥという街に作られていきます。しかし一方でイスラム過激派の影が徐々に迫ってきていて……

    タイトルや本の内容紹介を見た感じでは、このハイダラの活躍が中心なのかと思っていたのですが、イスラム過激派の勃興や、それに対するマリ共和国などの軍の動きなんかもしっかりと書かれています。読んでいてキツかったのは、この過激派が街を占領し市民たちを支配下に置くところ。

    イスラム国が全盛期を迎えたころ、様々な報道で彼らの残虐さは目にしましたが、この本を読むと改めてそれが事実だということが感じられます。というより、イスラム国前から、そんなことが普通に行われていた、ということ。そしてそれを知らなかったことに、気づかされました。それにしてもどんなふうに宗教を曲解したらそうなるのか、本当に理解出来ない……

    そして、イスラム教の教えに反するとして、市民たちの生活、さらには文化にもアルカイダは魔手を伸ばします。それは古文書も例外とは言えず……

    結局のところこの話は何だったのか、と聞かれたら自分は「人々の勇気と文化や伝統への誇りの話」と答えます。鞭打ちだけでなく、残酷な処刑をもって支配を強める過激派集団に対し、抵抗する市民たち。そして、古文書を守るため危険を顧みず、古文書の脱出作戦を遂行したハイダラをはじめとした人々。

    彼らの姿は真の勇気とは、守り誇るべきものとは何なのか。理不尽な暴力に対しても負けない人々の強さ、そして守るべき文化と伝統の存在を、確かに証明してくれているように思えるのです。

    古文書の多くは難を逃れ、マリ共和国を支配していた過激派はフランス軍の攻撃を受け大幅に弱体化しました。しかし一方で、治安状態はいまだ良くないらしく、外務省が提供している海外安全ホームペーシのマリ共和国の危険レベルは、2020年1月現在、地域によって差はあるもののほとんどがレベル4(待避勧告)となっています。

    本の中で、festival in the desertというイベントが紹介されています。マリ共和国で行われていた伝統的な音楽祭なのですが、それもwikipediaを見ていると2013年以降延期され続けているそう。この音楽祭が再び開催され、古文書が元の場所に戻る日は、まだ当分訪れないのかもしれません。

    それでも、この本の中で描かれた人々の勇気と文化と伝統の強さはきっと生き続けるのだろうと思います。そしていつか、このイベントも古文書も、元のあるべき姿に戻る日がきっとくることも、この本のおかげで信じられるのです。

  • おそらく今も終わっていない話なのだろう。それでも、これを日本語で読むことでマリの地と華麗な筆者本に思いをはせる。

  • 大変に面白かった。西アフリカ・マリのトンプクトゥは太古から続く学術都市で、様々な分野の学術書が各家庭で保存されてきたのだが、アルカイダが都市を制圧し古文書が燃やされ始めてしまう。いつだって独裁を目論む者の敵は知性なのだな。古文書の価値を十二分に理解した人々が、時に命までも危険にさらしながら、先祖から受け継いできた膨大で尊い学問を守り抜く姿に感銘を受ける。
    また、テロリストにやられっぱなしではなく、時に強く立ち向かう市井の人たちが素晴らしい。普通の魚屋のおばちゃんが面と向かってアルカイダに反抗したりするのだ。
    知識と学問は偉大な財産だ。

  • マリ・トンブクトゥの古文書収集の歴史と、2012-13年ころのテロリストによるトンブクトゥ占拠の話。北アフリカでこんなテロ状態があったのか。フランス軍の介入で占拠自体は解除されたが未だ危険度は高いらしい。
    砂漠のフェスティバル(音楽フェス)興味ある。

  • マリ共和国各地に残されてきた古文書を収集し、図書館を造って保存に努めてきた人物を中心に、前段ではその長年の取り組みを、後段ではイスラムテロ組織やトゥアレグの民族主義者たちによる攻撃にさらされた古都から古文書を救出する作戦を語る。
    イスラムと聞くと中東・西アジアが真っ先に思い起こされるが、北アフリカに古くからのイスラムの学識の結晶が古文書の形で大量に残されてきたこと自体が全く未知の話だった。
    AQIMについてはニュースでちらと聞くだけで、当時ISの話題に埋もれがちだったが、一時は相当な脅威になっていたことに今更ながら驚く。あわせて、テロ勢力が蔓延る国家の正規軍の弱体ぶりを思い知らされる。

  • ↓貸出状況確認はこちら↓
    https://opac2.lib.nara-wu.ac.jp/webopac/BB00260636

  • 西アフリカのマリ中部に位置するトンブクトゥに集められた、イスラーム関係の古文書。アブデル・カデル・ハイダラという人物が異常なまでの情熱でもって集めた古文書数万点が、アルカイダ系組織の侵出によって危機に晒される中、あの手この手でアルカイダ系組織の勢力圏外のバマコへと運び出される様を描き出す。

    ただ、叙述は単なる古文書救出劇だけではなく、マリおよびその周辺地域におけるアルカイダ系組織、政府軍、トゥアレグ族の角逐を詳しく描き出す。その背景を描くことで、古文書救出の困難さの叙述に相当の深みを与えている。話は相当に面白いというか、読ませる熱量がある。ハイダラの情熱に比して自分の不甲斐なさに情けなくなったりもする。

    ところで、ハイダラのやっている古文書収集は、古文書の現地保存主義という原則を無視しているのだけど、そこをどう考えるのか。古文書の現地保存主義も、絶対ではないのだな、ということを思い知らされた。ただ一方でそれは結果論であるという考え方もできる。本書は、古文書の現地保存主義という考え方を改めて問うことにもなっていると思う。

  • 本を命がけで守った人たちの知恵と勇気と熱い魂。
    数年前、日本人の犠牲者も出たアルジェリアのテロ事件の経緯も、
    この本を読んだらわかりました。

  • イスラム教というのは本来、寛容で豊かな文化を生み出す土壌の
    ある宗教なのだと思っている。しかし、いわゆるイスラム過激派
    と呼称される集団には寛容な思想などなく、異なる宗教の文化遺産
    や知的財産を目の敵にし、破壊の限りを尽くす。

    バーミヤンの仏像は爆破された。バビロンの遺跡、モスル博物館も
    モスル大学図書館も被害に遭った。

    本書は西アフリカに位置するマリ共和国で、世界遺産都市トンブクトゥ
    を占拠した「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」から、代々受け継が
    れてきた古文書を守った男の話である。

    マリと言えばその昔のマリ帝国の頃。マンサ・ムーサ王が巡礼の際に
    金の延べ棒を配りまくって、一時、金相場が暴落した話が好き。さす
    が史上最高のお金持ちである。

    知的遺産を、文化を守ろうとするのに地域も宗教も関係ないんだよな。
    特に古文書なんて、焚書にされてしまったら同じものを入手できる
    可能性は非常に少ないのだもの。

    古文書をいかに守るかの過程にもハラハラしたが、マリがいかにして
    「古の学術都市」になったか、各家庭や部族が隠し、保存し続けて来た
    古文書を研究の為にどのように集約したかも興味深いし、イスラム過激
    派の容赦ない残忍さも克明に描かれている。

    残念ながら守り切れなかった古文書もある。イスラム過激派はトンブク
    トゥから撤退するのに際し、最後っ屁のように約4000冊の古文書を灰
    にしている。

    それでも37万冊以上の古文書は避難大作戦の途中で損傷や紛失すること
    もなく、アルカイダの魔の手から逃れた。

    そこには古文書に魅せられたひとりの人間の必死の思いがあったし、
    それに応えて資金提供をした各国の財団の協力もあった。

    尚、このマリの古文書の修復には日本の紙が使用されているそうだ。
    遠い、遠い西アフリカと日本にこんな縁があるなんて知らなかった。

    貴重な図書を焚書にするばかりか、聖廟やモスクまで破壊するイスラム
    過激派には本当に腹が立つわ。寛容であってこそ、イスラムじゃないの
    かしらね。

  • 主人公のアブデル・カデル・ハイダラはマリ共和国・トンブクトゥの名家の出身。そして、ハイダラの一族は二ジュール川中流に定住する多数派民族の一つ、ソンガイ族の出である。皆がばらばらに守って来た古文書を集め、世界中の国際機関に働きかけて援助を引き出し、図書館や研究所を設立。
    ヒュームもヘーゲルもカントも文化的不毛の地とみなしたアフリカに眠る、美しくも貴重な古文書。そしてその後もテロリストの脅威に曝され続ける土地で、その運動は広がる。しかし、彼らの願い➖イスラム教が平和で寛容な宗教であることを世に示したい➖はいよいよ困難の度合いを増しつつある。
    AQIMのマリ北部支配に旧宗主国フランスが軍事介入するくだりで、イギリス他の国々の「対アメリカ」配慮みたいなのがあまりないのが印象的。とは言え、現地では、「ミッテランのルワンダ介入」や「サルコジのリビア介入」がチラつくのか、意外に歓迎されないのも国際情勢が一筋縄ではいかない所。

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著者プロフィール

【著者】ジョシュア・ハマー (Joshua Hammer)
ニューヨーク生まれ。プリンストン大学で英文学を専攻。1988年に『ニューズウィーク』に入社し、ビジネスやメディア関係の記事を担当。1991年から2006年までは、5つの大陸で同誌の支局長兼特派員をつとめる。2007年からはドイツのベルリンを拠点に世界各地を取材し、『スミソニアン』誌、『アウトサイド』誌、『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』誌などに定期的に寄稿。本書のほか3作のノンフィクションを発表するとともに、2016年度の全米雑誌賞など、ジャーナリズム関係の賞を多数受賞している。

「2017年 『アルカイダから古文書を守った図書館員』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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