ベルクソンの哲学―生成する実在の肯定

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著者 : 檜垣立哉
  • 勁草書房 (2000年4月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (285ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784326153466

ベルクソンの哲学―生成する実在の肯定の感想・レビュー・書評

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  • ドゥルーズの研究者として知られる著者によるベルクソン論。本書は、ベルクソン哲学の忠実な解説書ではない。ドゥルーズによるベルクソン哲学の継承のラインを著者みずからたどりなおすような仕方でベルクソンを読み解く試みである。全体的には興味深い議論が展開されているが、最後の章では、上述の意図が先走りしすぎていて、議論が最後まで詰められていないように感じた。

    ベルクソンは「実在」を、たえず移り変わってゆく「流れ」として描き出している。そこでは、みずからは変化することなしに、実在の移り行きを観察することのできる、固定的な視点のようなものは存在しない。意識の立場に立脚する哲学のばあい、世界を知覚する主観は、周囲の対象を光で照らし出す光源のようなものとして理解される。だがベルクソンにとっては、変化する実在を観察する定点のようなものは存在しない。実在を記述するベルクソンの視点は、溢れかえる光の中でいくつかのラインを屈折させたり消滅させたりする光学装置に喩えられる。

    実在の「流れ」中には何一つ固定的な対象は存在しない。あらゆる対象は、実在のさまざまな力線が織り成す錯綜と均衡の中で浮かび上がってくるものである。そこでは、新たな対象を差異化し構成する力線を切り分けることが、現実的経験の条件を記述する哲学の「方法」だということになる。

    ところで、そうした実在の〈全体〉(le Tout)は、たえず新たなものを生み出し、自己自身から溢れ出てゆくような「生成」として描かれることになる。実在の〈全体〉は、経験の対象として私たちに与えられるものではない。むしろ私たちは、たえず新たなものを生み出す実在の中に参与しつつ、さまざまな経験をおこなっている。実在の〈全体〉は、経験の場面に「与えられる」ものではなく、そこに「居合わせている」ものである。

    著者は最後の章で、実在の内部から実在〈全体〉を描き出す哲学の「方法」がどのようなものであるか考察している。結論的には、ベルクソンの「情態性」についての議論に経験の場面に「居合わせる」あり方が見いだされることになる。著者のめざす方向はよく理解できるものの、個人的にはもう少していねいな説明がほしかった。

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ベルクソンの哲学―生成する実在の肯定はこんな本です

ベルクソンの哲学―生成する実在の肯定の作品紹介

絶えず変化し、新たな質を生み続ける実在、それをありのままに記述しようとする哲学。主著に即し、方法・内容を解読する。

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