「家庭教育」の隘路―子育てに強迫される母親たち

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著者 : 本田由紀
  • 勁草書房 (2008年2月25日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784326653331

「家庭教育」の隘路―子育てに強迫される母親たちの感想・レビュー・書評

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  •  学術書スタイルなので、あまり読みやすいとは言えない。でもまぁ学術書スタイルということは、仮説・実証・結論がわかりやすく分かれているということでもあるので、「はじめに」と「第一章」、それから「終章」と「おわりに」だけ読むというスタイルでもいい。もちろん図書館でいい。「教育」というものに興味がある人には読んで欲しいと思うのだ。大事なことが書いてある、と思うのだ。
     この人の仕事は好きだ。ていねいで、ブレなくて、自分がある。「ハイパー・メリトクラシー」というのが、この人のキーワード。本人の発言(http://www.rieti.go.jp/jp/events/04110901/honda.html)からこの言葉を説明させると、
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    「メリトクラシー社会」では学校教育を経て達成されるような能力が人々の社会的地位達成において重視されてきました。これに対して「ハイパー・メリトクラシー社会」で重要視されるのが「ポスト近代型能力」で、問題解決能力や意欲、対人コミュニケーション能力といった捉えどころのない能力が重要化しています。これは努力を通じて達成されるものでもなく、きちんと証明されるものですらありません。むしろ生まれ持った資質や家庭環境などによって形成される能力が有効だといわれ、実際に「ハイパー・メリトクラシー社会」ではそのような能力に優れた人が高い社会的地位を得ます。
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     というかんじ。学歴とかより「人間力」とかそーいうのが大事、という考え方が世間に認知されてるよね、ってことだ。ガリベンくんじゃなくて、コミュニケーション能力がある人がいい目を見る……というのは一昔前までは「あらまほしき」状況だと思われてた、んじゃないかな。でも、実際そういう社会になってみると、カネを稼げない(ニートであるとか、彼女がいないとか)=人格的に劣っている、みたいなことになっちゃった。これはキツイ。
     で、学力じゃなくて「人間力」ってことになったら、当然、学校じゃなくて「家庭教育が大事」って話になるよね。お母さん、たいへんだよ。ってところから、本田は出発する。そんなにお母さんにプレッシャーかけて、どうすんの? 結局、子どもがどうなるかは「家庭次第」ってことにしちゃっていいの? だって、豊かな家庭、貧しい家庭、忙しい家庭、ゆとりがある家庭、高学歴な家庭、低学歴な家庭……いろいろあるじゃん。子どもは別として、お母さん自身の人生だってあるじゃん。お母さんが子どもにかけられるリソースって、一定じゃないじゃん。お母さん、いまでさえがんばってるのに、これ以上「子どもは家庭次第!」って追い詰めちゃっていいの?
     と、そういう問題意識のもとに、「家庭教育」が、将来にわたってどういうふうに子どもに影響するのか、を調べたのが本書。親の学歴は、子育ての方針や、子育てにかけるリソースに、どういうふうに影響するのか。「のびのび」育てられた子どもと、「きっちり」育てられた子どもは、将来どんなふうに育つ傾向にあるのか。そういうところを、インタビューをもとにした調査でしつこく食い下がっている。
     山田昌弘とかが、かんたんに「親が高学歴な子どもは優位だよね」って一言で済ませちゃうところを、本田はしつこくしつこく「その1+1はホントに2になるのか」って考えてる。こういう融通の利かない学者さんは好きだ。じっさい、「きっちり」方針の親のもとで育つと、子どもは学力・学歴というところでは優位に育つ。しかし「のびのび」方針で育つ子どものほうが、ニート・フリーターにはなりにくい傾向にあるという。山田のヤマカンとはまた微妙に違う結果となっているわけだ。こういうところに、「学問」の価値があると思うんだよね。
     タイトルにある「隘路」というのは、文字通り言えば「狭い道」のこと。八方ふさがりとまでは言わないけれど、だんだん「子育て」って狭く厳しくつらい道になってんじゃないの、という筆者の実感がこめられているんだと思う。広田照幸が「学校教育」へ過剰な期待を寄せることに警鐘を鳴らしているならば、本田のこの仕事は「家庭教育」へ際限なく押し寄せる自己責任論への防波堤たらんとしているのだと思う。

  • 母親の「家庭教育」は既に可能な限りの力を注いでいるにもかかわらず、そこには格差と葛藤が渦巻く。更に今後「家庭教育」に、より重点を置こうとする政策により、その格差と葛藤が増大する事が避けられない。「家庭教育」による格差・葛藤をより小さく押える為には、家庭から外に出た、公共の教育機関の充実が最も必要である。どうなる事か・・。

  •  「自殺」「いじめ」「非行」「学級崩壊」「不登校」・・・・
    子ども達の問題行動が話題になる度に、「家庭教育」の重要性が指摘される。これはこれで正しい。子育てには、学校でできることと学校ではできないことがあるからだ。最近では、「早寝、早起き、朝ご飯」というキャッチフレーズとともに、規則正しい家庭生活の重要性が強調されるようになり、それができない家庭は社会的な批判に晒されるようになった。
     子育ての主体は家庭である。だから、このこと自体は正しいのだが、このような社会からのメッセージは、どのような形で誰に届いているのだろうか。
     本書はそれを問うている。
     真に規則正しい家庭生活を意識すべき家庭には届かず、それなりに精一杯頑張っている母親達がそれを過剰に受け止めて「子育てに脅迫され」るようになっている現実。少子化が問題になっているのに、保育園等の託児施設が足りず地域によっては数多くの待機児童があるなど子育てが大変になっている現実。
     この国は本気で少子化に対処しようとしているのだろうか。
     政治家だけの責任ではない。「自分さえ良ければいい」という身勝手な思考で、あれほど「高校全入」「15の春を泣かせるな」「偏差値教育反対」を叫んだ世論は、今全く別のことを言っている。
     子育てについても同じだ。今必要なことは、「早寝、早起き、朝ご飯」と家庭教育の必要性を強調し、それができない母親を追い詰めることではないはずだ。たとえ、定職のないシングルマザーでも家庭教育に専念できる環境を整えることが政治の責任なのだ。しかし、このようなことを言っても選挙民は、それよりも道路をつくる側に一票を投じるだろう。
     ああ、この国の未来はどうなることだろうか。

  • いや、多分いま読んどいて良かったのだけど・・・
    すげー気分が落ち込んでいく本でした。うん。
    そりゃあそうよね。そうなのよね。うんうんよくわかる・・・けど。。。。

    「女性として」の困難なんて一口に言っても多様すぎて、
    男性と比べて"自分が"どうかてことを自分の女性性に還元して一般化するのはほんと無理。
    ただ唯一、確信をもって男性と比した時に難しいだろうと思っているのは、
    「ロールモデルを前の世代に求める」ということのレベル。

    勿論男性にとってだって時代の変動は激しいし、どの時代にも様々な男性像があるしで「ロールモデル」なんてカタカナ言葉な抽象を描くことは大変に困難でしょう。
    けども。

  • 統計データと学歴・階層別の母親が子供の教育にどのような方針をもっているかについてのインタビューから分析しており、特に、母親の学歴別の教育方針の違いが読んでいて面白いです。ただ、この手の本を読んでいつも感じるのですが、大学教授自身が、子供の教育や学歴格差をテーマにした本を執筆していることが、学校外教育費に多額のお金をかけないと子供の将来に希望がないかのような風潮をつくりだしている印象を強く持ちます。逆の視点から、つまり、学校外教育費を出す余裕がない家庭出身で、高学歴履歴を歩んだ人がどのように学び方を身につけたかをテーマにした本が出てくれればいいのですが。

  • 自分が子育て中でもあり、周り(特に近所)を見て、腑に落ちない点があったため、積極的に購入して読んだ本。
    丁寧にアンケートをし、既知と思われることも実証していく点に好感が持てた。なるべく、アプリオリを廃していたけれども、それでもどうしても構造上の解決策がない以上どうにもならない(保育園の不足、日本的男性社会などなど)というある種絶望にも近い気にさせられる。著者自身の苦労も透けて見えて、たんなる専業母VSワーキングマザーにしていない点に好感。ただしこれを読むのはおそらくワーキングマザーが中心だろうなとも感じた。

  • 一世代前に比べると、親が子供の教育にずいぶん深く関わるようになってきている。宿題を見てやったり、塾に通わせたり。その一方で、まったく無頓着な家庭も多く存在し、二極化が起きている。その一因が政府による「家庭教育」推進にあり、「まじめ」な母親は罪悪感にとらわれつつ、もっともっととがんばってしまうし、一方で「家庭教育」自体を放棄する家庭では、「家庭教育」で補われるべき部分がまったく補われないという自体が起こる。「教育」をこれ以上家庭に押しつけるな、「教育」がうまくいかなかったとき、それを母親たちのせいにするな、というのが本書の主題。著者、自ら子持ちの教育学者。善意の人・聡明な人ではあるのだろうけど、この本に関しては、初めに結論ありきな印象。日々の生活の「実感」を統計の形で裏付けてみた、という感じ。でも、読んでいて何だか、「実感」が先で、「データ」をそこにくっつけた感じがした。本書の結論がよい・悪いはおいておいて(いや、大事な主張と思うからこそ)、個人的には統計的に証明するには説得力が今ひとつと感じられた。単に自分が統計嫌いだからなのかなぁ・・・。個々の母親のインタビューを割に詳細に載せていて、その部分が自分としては一番おもしろかった。

  • 『のびのび』子育てと『きっちり』子育てのバランスをとることに

    苦心し、葛藤するママたちが、その苦労と葛藤から

    どうやって開放されるのかを、社会に向けて提案した本です。

    レビュー詳細は子育てブログにアップしてます。
    http://yutorinokosodate.269g.net/article/13045642.html

  • 子育ての方針と、その影響について。教育方針のインタビューのみならず、その結果、子供がどういうキャリアを積んだかについて検証しているのが面白いところ。著者は自らを「ダメな母親」と言い、教育を家庭(母親)に押し付けるのではなく、学校できちんと教育してもらえる社会が望ましいという、肩に力が入ってないスタンス。本当はもっとたくさんの要因があるようにも思うのだが、著者の切り口としては母親の学歴による差異を強調している。母親の学歴が高いと塾通いに熱心で、多様な経験をさせ、可能性を伸ばす、いわゆる「きっちり」した子育てになる。これは学校の成績の良好さと相関があり、学校教育終了後の就職・高所得にもつながるという。格差の問題も、原因はここにあるという。逆に低学歴の母親は、「のびのび」教育をおこなう。対人関係を良好にたもち、思いやりをもった「普通の」教育を指向する。これはこれで子供のストレスが少なく、燃え尽きにくい性質になる。「きっちり」と「のびのび」、それぞれに長所・短所があり、バランスをとる必要がある、という結論にはなっているが、「きっちり」に傾きがちな印象が強い内容。

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