暴走する脳科学 (光文社新書 377)

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  • 光文社
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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334034801

感想・レビュー・書評

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  • 人間らしさとは何か。近年流行し始めた生成AIを見ていると、自然言語であたかも誰か人が質問に回答してくれる様に勘違いするレベルまで来ているのに驚き以上に恐怖も感じる。いつか人間は要らなくなってしまうのではないか、仕事は全て無くなるのではないか、人という存在の価値や意味がよくわからなくなってくる。とは言え、スマホ片手にchatGPTと話しているおり、さらに前もってAIと話している認識があるから、どんなに人に近くてもやはり無機質的な機械と遊んでいる感覚は残る。もしそうとは知らずに生成AIと会話していたら、果たして私程度の思い込みの激しい人間なら、まず気づかない気がする。
    脳科学は近年メディアにも取り上げられる機会も多く、バライエティ番組でも脳科学者がコメンテーターとして出演するのを頻繁に見かける様になった。脳とは不思議な器官で未だはっきり解明されていないと思うが、その解明や分析は研究者にとって一生をかけて挑む難題であるのは間違いない。冒頭に書いた様に、人間らしさとは何かという問いにも未だ明確な回答やはっきりした定義は出来ない。
    人が何か行動を起こしたり、目の前のモノを掴む様な動作を起こす場合も、脳が確実に命令を与えている(反射的な動作もあるだろうが)。だから事故や病気で手足を失ってしまった人の脳に電極をつけてロボットを意識的に動かすといった試みは古くから行われ成果も出している。脳は複雑な器官で一つの部位のみで動作が発生するのではなく、脳を構成する各器官との連動によって動作を成立させている。不幸にも脳の一部が欠損した場合も、周辺の器官がその役割を代替しにかかるという事も判っている。科学的、医学的にも最新技術を駆使すれば脳の機能のどこが反応したり連動するかはわかってきているが、前述した様な欠損を補う仕組み(可塑性)についても徐々に一層クリアになってはいくだろう。
    ただ人の行動がどの様にして起こるかについて、その原因や目的をはっきりと「これです」と定義して型にはめることは難しい。何故なら人の意思や行動の背景には様々な因子があって、社会、環境、人そのものの生物としての動機、その瞬間の周囲の状況などあらゆる要因が複雑に絡み合った末の行為であるから、コンピュータ技術が過去の膨大なデータからパターンを導き出したとしても、相当程度に平均化された「人らしい」結果(行動や言葉)をもたらしても、それ以上のスピードで世の中は変わっている、というか動いている。そう考えると、今や生成AIがある社会が現在地点になっており、それを前提とした新しい社会に作り変えていくのも、人の脳が環境適応すべく作り上げていく新しい結果になる。コンピュータの世界が処理能力をいくら上げてもそれを踏まえた脳の存在があり続ける限りAIが脳に追いつく事は無いと思う。
    話は逸れたが、本書はそうした脳科学の進歩の過程を紹介しながらも、その危険性とリスクを低減する方法について書かれている。使えるべきところは大いに活用すべきだが、それが本来人の持つ人らしさの破壊に繋がったり、分かりやすく言えば権利の侵害をもたらすリスクは大きく、何らかの防護策(例えば法整備など)の設置が急務であることを教えてくれる。
    本書構成は前半に哲学的な記述や、科学の話が多く出てくるので、新書としてさっと読むにはやや難解かと思いきや、筆者の付け加える例えや具体例が非常に分かりやすく、前半である程度の脳科学の前提知識が身についてくる。中盤はいよいよ人の心とはそもそも何かについて様々な論争を挙げて迫っていくが、その明確な回答は読者自身に考えさせる様な親切な(読み手の目的意識にもよるか?)書き方になっている。そして後半の結論部分は自分が急造の脳科学者や哲学者になったかの様な持論を持ちつつ、白熱した議論に参加している様な感覚に陥り、最後のページを閉じた後にはやや興奮気味の自分がいる事に気づく。わからないからこそ知りたい、わからないからこそ面白い。

  • 言葉や感情を成り立たせているのは社会か、それとも個人か、というあたりは脳科学とはあまり関係ないような気がしてならない。

    あらゆる問題の根源を自身の内面に求める心理主義化に陥ってるという指摘は妥当だが、世の中はその後「脳科学化」に陥ってるともいえなくもない。

    章が進むにつれて脳科学とは離れていくのだけど、自由意志とリベットの実験についての考察は読む価値はあると思う。

  • 第2章より。
    <1>〜19世紀中
    ・ヒポクラテス…心は脳にある
    ・アリストテレス…心は心臓に
    ・魂は全身の感覚器に散在…ロッツェ、ルイス(19C)
    <2>〜19世紀末
    1 相互作用説:心身をそれぞれ独立した実体としたうえで因果関係あり、と考える…デカルト:「心の座は脳である」
    2 平行論:心身間に対応関係はあるが因果関係はない…マールブランシュ、ライプニッツ
    3 唯物論:ホッブズ(17C)、ドルバック、ラ・メトリ(18C)、フォイエルバッハ、マルクス(19C)
    4 唯心論:バークリ、ヘーゲル、ベルクソン
    <3>1940年代…「行動」に注目して心身二元論を克服する試み
    ・メルロ=ポンティ「行動の構造」
    ・ギルバート・ライル「心の概念」
    <4>20世紀後半〜
    ・認知科学、脳科学…古典的計算主義/コネクショニズム
    ・90年代中ごろ以降→「拡張した心(extended mind)」…心は、脳も含めた身体の内部器官のみならず、その全身の振る舞い、そして人間が作り出した造作物において実現している

  • 2010/06/26

  • (『心の脳科学』と一緒に感想を書いていますので、『心の脳科学』のレビューを参照下さい)

  • 言葉というのは、最大の発明であるが厄介でもあって、心に宿る事象を我々はいまだ完璧に言葉で共有できていないし、ズバリと言い表していないのかもしれない…。脳の研究を進め、仮に人の能力をEnhanceしていく上では、感情と言葉の一致は避けて通れないようですね。そこを見落とした時に、ロボトミーのような誤った行為が再び生まれるかもしれない。現在もロボトミーと共通するのは「社会」の枠組みで人間の心を考えていることであり、やっぱ悪いことに使われそうですね。おほほ。

  •  本書は、哲学・倫理学を専攻する1963年生まれの立教大の研究者が2008年に刊行した本。本書の内容はどちらかというと、脳科学と社会とのかかわりを対象に検討を加える、というものです。
     巷の脳科学や心理主義への注意は自然ながらささやかなものだと思いました。また、著者の著者の求めるリテラシーについての主張には関心させられました。

     ただ、本書には少々のキズも含まれています。例えば、根拠無しの断言がなされているところも何箇所か見受けられます。私は哲学にも神経科学にも素人なので記述の真偽はさっぱりわかりませんが、読者が議論を追う上で不親切なのは確か。
     あともう一点は、言葉や論点を恣意的にずらしてしまっているこたで、不親切というより本として問題でしょう。おそらく一般人を想定した説明が膨大になるのを避けたとか、細かい議論が枝葉のために省略したとか、そういった理由があるのかもしれませんが。
     以上の点は、たいていの新書にはよくあるキズですが、著者はこれまでに素晴らしい著書を生産しているので、あえて単なる「勇み足」とは処理せずにここに書きました。
     門外漢にとっては著者の議論や表現が一部荒いという感想でした。もちろん、本書の解説はわかりやすく、提起する問題や著者の意見は興味深いものです。

  • 脳科学の産業応用の本を読むと同時に、脳科学のの倫理的考察を行うこの著書を読めたのは、実にタイミングが良かった。最新の脳科学の動向を、哲学の視点からじっくり整理している点も素晴らしいが、将来現実になる脳科学応用に向けた倫理のあり方、引いては、著者が考える人間観まで感じられる点に感銘した。

  • 題名につられ読みはじめたが、安易なものではなく、なかなか本格的なもの。新書らしい一冊と言えよう。

    脳研究が社会に及ぼす影響への考察など、示唆にとむ。

    残念なのは、文章がすんなり頭の中にはいってこない。自分に哲学の素養や科学的基礎知識が欠落してるためだと思うが。
    かなり読者を選ぶかもしれない。

  • 著者は立教大学教育学部教授の哲学者。メルロ・ポンティなどの本を書いている方のようです。2008年初版。本書の副題は”哲学・倫理学からの批判的検討”とのことで、哲学者から見た最近の脳科学に対する見解、といったところでしょうか。最近の脳科学に関する動向がうまくサマライズされているので、脳科学入門として読むのも良いのではないかと思います。

    哲学者から見た脳科学の批判的検討としては例えば、”脳と拡張した心”の章で述べられているような、脳が心といってよいのか、といった内容が述べられています。著者は他に”心は体の外にある”といった著作があるように、アフォーダンスといった拡張した心論をよく述べている方。要するに人間や脳を解剖してもこころが見えてくるわけではなく、それを取り巻く環境まで含めないとこころは捉えられるものではない、ということかと思います。

    特に印象に残ったのは第五章、”脳研究は自由意志を否定するか”。”自由意志”の問題は脳研究や哲学、心理学のテーマの定番で、特に脳研究では自由意識に関するリベットの実験がお決まりですが、これに対して心の哲学者ダニエル・デメットの”意思的な決断が起こる瞬間が存在するというのは一種の神話であり、医師は時間の幅をもって分布しているのであり、その瞬間を測定できるたぐいのものではない”といった批判的見解を紹介しています。

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著者プロフィール

立教大学文学部教授。NPO法人 アーダコーダ副理事。
専門は、心の哲学・現象学・倫理学・応用倫理学。社会が内包する問題に哲学的見地から切り込む。
著書に『メルロ=ポンティの意味論』(2000年)、『道徳を問いなおす』(2011年)、『境界の現象学』(2014年)こども哲学についての著者に、『「こども哲学」で対話力と思考力を育てる』河出書房新社、『じぶんで考えじぶんで話せるこどもを育てる哲学レッスン』 河出書房新社、『問う方法・考える方法 「探究型の学習」のために』ちくまプリマー新書、『対話ではじめるこどもの哲学 道徳ってなに?』全4巻 童心社、共著『子どもの哲学 考えることをはじめた君へ』 毎日新聞出版など多数。

「2023年 『こどもたちが考え、話し合うための絵本ガイドブック』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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