風評被害とそれにまつわる消費者行動について、社会心理学や社会学的な視点からとらえた本である。
① 風評被害を生むメカニズム
風評被害を引き起こす社会構造の特徴は三つある。まず言うまでもなく「情報過多社会」であること、さらに安全を所与のものとして考える「安全社会」であること、最後に流通の発達により多くの商品が代替可能となった「高度流通社会」であることである。「情報過多社会」に関して筆者は中越沖地震と04年の台風23号(中越沖地震より行方不明者が多いが圧倒的に露出が少ない)の被害とマスメディアへの露出量を例に挙げながら、「報道量」が質よりも募金などの視聴者の行動に与えるインパクトが大きいことを示している。震災の呼称が熟慮され政府が公式に発表したものを用いるのもこのためである。阪神淡路大震災は淡路島への世間の注目が相対的に弱くなってしまうことを避けるためにこのような呼称へと変化した。また「安全社会」に関して、日本人は少しでもリスクのあるものを避ける傾向が強い。しかしかつて風評被害をもたらした水銀と違い放射能は測定が容易である。そのため今回震災後影響が出ている農産物に関して科学的安全を担保することは難しいことでもない。だが個人の安全の基準がそれと乖離しているのは一つには科学リテラシーの問題で、これは普段からフードファディズムを排除することで達成されると筆者は述べている。
ただこうした構造は抜本的な解決というものは無く、風評被害をある程度所与のものとして考え保険や共済、基金などのセーフティネットを構築しておくことが肝要であるとも言っている。
② 第三者効果と流通業者
第三者効果とは「他人は自分よりもメディアに影響されやすい」と予測する傾向をさす。筆者は所沢のダイオキシン報道を例に挙げ、流通業者にこの第三者効果が顕著であることを指摘している。ダイオキシン報道は当初日テレのいくつかの番組で取り上げられたのみであったが、流通業者や市場関係者には大きく関心を払われていて過剰に反応したため価格は暴落した。実際当初のたかだか視聴率10数パーセントの日テレの数番組による消費者全体への影響力はそこまででもなかったと考えられるが、第三者効果の下にある業者が過敏に反応することでさらにこれがニュースに取り上げられ負のループを招いたとしている。この点には「流通業者の過剰反応を抑えるための教育・啓蒙活動」が必要であると説いているが、これは初期的な段階においてのみ有効な施策で、今回の震災はすでに風評被害が顕在化しているためこの施策が有効とは言えないだろう。ただこの「取引やサービスに関係するプレイヤーが多いほど、あるいは組織が介在するほど第三者効果が強く働く」という構図は多くに当てはまる。
③ 災害ユートピア
流通業者間では過敏な卸し控えの傾向が強いと述べたが、その一方でイトーヨーカドーや東急ストアあるいはJAの直販などでむしろ被災地を支援しようと積極的に被災地物産の販売を行った業者もある。彼らにはどのような仕組みが働いているのだろうか。筆者はこの仕組みは「災害ユートピア」であるとしている。災害ユートピアは利他的な行動や感情のほとばしりによって大衆てきな救援活動が開始され、それが被災後の数日から数か月続く現象である。首都圏でも帰宅困難、余震、計画停電が経験され心理的に「被災地」だったこともこの災害ユートピアの傾向を強めたとみられている。こんな本(http://book.asahi.com/review/TKY201102080172.html)もあって興味をそそられた。書評は柄谷行人。