草にすわる (光文社文庫)

著者 :
  • 光文社
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  • Amazon.co.jp ・本 (270ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334740719

感想・レビュー・書評

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  • 文庫カバーの著者プロフィールにある紹介文がピッタリの作品。「読む者に緊張を強いる文章で作品世界に引き込みつつ、人間が生きることの大切さを突き詰める」

  • 久々の白石一文、初期に書かれた3作品を収録した1冊。

    純文学のあるジャンルってのは、どうしてこうも人間の弱くて悪い部分を開き直ったように露悪的に描くのか?と、読みながら思っていた。

    表題作の洪治は付き合っている女性を言い訳にして薬物自殺を図るし、「砂の城」の矢田は家族を崩壊させても、その家族が自分の障害みたいなことを平気で思うし、「花束」の本郷だって、仕事優先で惚れた女が手首を切るまで追い込む…

    それが文学なんか?小説としては読ませるけど、そんな露悪的なことでエエのか?後ろめたいことの全くない人生ではないが、こんな情けない連中の話を読んでてオモロいのか俺?

    みたいに読みながら憤っていたんだけど、文庫版のためのあとがきを読んで、得心。

    「この世界とは一体何か」という問いは幻想でしかなく「私とは一体何者であるか」という問いが私たち一人一人に与えられている。
    世界や社会のために私があるのではなく、私のためにこの世界も社会もある。

    作者のいいたいことはここに尽きるのである。表層だけを読んで「自分勝手」ではなく、3作品を読んでこの言葉に出会うと、「明日も頑張ってみよかな」と思えるのである。

  • 【あらすじ】
    「わたしのまちがいだった。わたしの まちがいだった。こうして 草にすわれば それがわかる。」
    洪治は3年間と4ヶ月勤めた不動産会社を辞めた後、バイトをしながら食いつないでいたが、急性胆嚢炎を患い、いまは実家で無為な日々を過ごしている。彼女はいるが、その関係にも倦み始めている。閉塞した日常を壊すものは何もない。ある日、彼女から昔の不幸な出来事を聞かされた洪治は、彼女が貯め込んでいた睡眠薬を飲んでしまう・・・。 前作『僕のなかの壊れていない部分』が、ロングセラーとなっている著者の最新作。表題作に書き下ろしを含む覚醒の物語2編。

    【感想】

  • 遮二無二羽音をたてて飛び回り まともな筋立てなど仄見えもしない 桁違いの狂気に取り憑かれているのだろう 皆目不分明なまま そのリアリティーの甚だしき欠如ぶりは 彼らの場合は失脚がそのまま生命の終焉につながってしまうのだから そうした羨望も大部雲散霧消していくのだった ふくくう腹腔鏡下胆嚢摘出術 溜まり込んだ重油のような鬱屈 ある種の虚脱を伴う複雑な心地よさ 蒙を啓かれる気分 背景にはそれなりの犠牲と覚悟があるのだ 頻々と起こる 緩慢に腐らせていっているような気がする 推積した疲労 営業戦略の抜本的見直しを迫られていた 却って印象に残った 調度類が余りなくさっぱりと片づいていた 前後不覚の態 染み透っていくじだ耳朶に甦えってくる 唇に触れる粒々を只管飲み込む しゅんこう春光 深昏睡 早晩元通りに回復する 斟酌しんしゃく 刺戟しげき 畑地はたちが一望に見通せた 眼前一面の緑野だった 側道の一隅にお目当ての福寿草の群生があった 時日の長さ 捨象しゃしょう 愛児あいじ 感興かんきょう うなが促した てのひら掌 いしょう意匠 自作の中で叙述してしまっている 悔恨を禁じ得ない仕儀となった 忸怩たる思い 一度正当化されたものが介護の範疇に再び帰ることには決してない 恵心えしん 隠微極まりない所作に出たのである 間隙かんげき 史実かつ敬虔けいけんであれ 乾いた感懐かんかい 痛みにも似たその震えに堪えた これほどの慙愧の念を恩寵の名残りと万謝して 傍若無人の専横ぶり あんかん安閑と国家を指導している気でいる 一気呵成に書き上げた 現代人の最大の誤謬ごびゆう 付言すれば 私という心を私がいかに生きるかということにこそ重点が置かれるべきなのである

  • 白石一文は短編より長編の方が重みがあってすきだなと思ってたけど、短編もよかった。
    初期の3作品。それぞれ毛色が違うけど、主張がストレートに伝わってきてとてもよかった。

    特に表題作「草にすわる」がお気に入り。
    雰囲気は少し白石一文らしくないかな?とも思ったけど
    最近の長編のような回りくどさはなくて、素直でまっすぐな展開にすこしどきどきした。
    文面が固いからかやたらと政治的な思想を盛り込むからかお堅い作家だと思われがちだけど、言ってることはとても純粋なことだと思う。
    挫折した人間が、生死の狭間で生きることを放棄しようとした人間が、人との関わりを経て再生する物語。

    初盤の「いっそ他人の血でも吸わないことには生きられない体質でもあってくれれば、こんな自分ももっとまともな生き方ができるかもしれないのに」
    から
    ラストの「もう自分は一人で歩けなくてもいいのかもしれない、と不意に感じた」
    の流れがわかりやすくてよかった。

    そして大好きな八木重吉の詩が引用されていたのが印象的だった。



    三本目の「花束」はお得意の?社会モノ。金融と政治とジャーナリズムの話。
    政治経済モノの話は得意でないけど、白石一文の書く話は芯がしっかりしていて読みやすい。
    知識が豊富で語り口も明快だから、一度ずぶずぶの社会モノを書いてみてほしい、と実はずっと思っている。エンターテイメント要素満載の大衆小説的な。
    白石一文らしいかは別にしてきっと面白いと思う。



    そしてあとがきがよかった。
    社会での成功と、個としての精神的な成長は別物だ。

    「世界や社会のために私があるのではなく、私のためにこの世界も社会もある。
    この単純な真実を、私たちは果たしてどこまで本気で信じ切れているだろうか?」

    人が皆自分の心を生きようとしない限りは、社会からいかなる非道も残虐も差別もなくなりはしないだろう。

  • 男性は共感するのかな?
    男性目線の、仕事や、女性や、家族、
    そして自分の生き様みたいな…

  • 本の帯にもあるように
    一度倒れた人間が、新しい一歩を踏み出す。
    人はどうしよもなくどん底に落ち込んだ時に
    どうやってそこから立ち上がれるかというのが
    この本のテーマになっています。

    それにふさわしくどの作品も短編集ながらも
    重厚感があり、人生最大の絶望感や悲しみがあり、
    読み進めていくだけでもずっしりと心に重みが届き
    まるで自分が当事者になったかのような錯覚になるほどの重みでページを捲る手が重く感じられました。

    けれど絶望感などの苦しみや悩みが深ければ深い程、
    ごく日常のありふれた生活の中から
    明るい兆しが見れたり、自然の中から生きる喜びを
    噛みしめることが出来たりと意外な所に救いの手があるものだと
    改めて日常が愛おしいものだとも感じさせられました。

    印象深かった作品は「草にすわる」でした。
    付き合っていた彼女のためにと自分の身体を犠牲にしていた
    男性が、実際は自分の苦しみから逃れるためにしている
    ことだと気が付く。
    自分の身体が命のギリギリまでになってから半生を
    見つめ直し、そこから好きな人と歩いていくという人生を選んだという光が見えてほっとした思いになりました。
    一つ一つの積み重ねからここまでこれたという安堵感が
    余韻となりました。
    その中で印象深かった言葉で
    これからは、生きるために働くのではなく、
    働くために生きようと思った。
    働くとはつまりそうゆうことだと、
    これもようやく分かった気がした。

    「花束」は男性新聞記者の生きざまを見せつけられたようで、
    まさに大物ネタを掴む記者をいうのはこうゆうイメージなのだと
    いうのがよく描かれているようでした。
    仕事に対して貪欲で私生活においてもそれを引きずり、
    そこまでしてまでネタを取りたいのかと思いましたが、
    引き際を見てしまうと潔くてこうゆう人生もありかなと
    思いますが自分には無理です。

    「砂の城」はベテラン作家の半生を描いていますが、
    賞や名誉などばかり気にしていて肝腎な私生活の人生が
    乏しいことに友人を返して知るということでした。
    やはり名誉ある作家であっても人らしく
    我が子を思う気持ちは誰とも変わらないものだと思わされました。

    「大切な人へ」は結婚を終えた男性がいとこの女性との
    思い出を振り返るという、他の作品のタイプとは違います。
    女性からしてみればこれから新婚旅行をするのに
    こんな思いをさせられてしまうのは考えものかと思いますが、
    男性の未熟さが垣間見れるようにも思えました。

    「七月の真っ青な空に」は猫を通して二人の男性の
    半生を振り返りながら、心を痛めた二人が不器用ながら
    接することでお互いの心をの距離を縮めていき、
    過去の自分から脱却ししていく様子が描かれています。
    同じような境遇の二人だからこそこのような関係になり、
    それによって今までの苦しい心から解き放されて
    いくのでこの後の二人の姿が見てみたい気がしました。

    どの作品でも人と人との繋がり方から
    絶望から立ち上がることができ、
    いかに人との繋がりが大事かということも
    分かったような気がしました。

    人生にはどんなに悲しいことや酷いこと、
    辛いことなどがあったということが
    つきものであって、
    そこからいかにどのようにして生きていくかが
    人生だということも学べた気がしました。

    どの作品も重厚感がありとても一言では語りつくせない
    深さがあるので実際にこの本を読んでみて
    人生の重みと歩み方などを実感してもらうことが
    良いなと思えた一冊でした。

  • 短編集『草に座る』は、「生きている」という事について。『砂の城』は、人間として本能的に、この世に生を受けるというのは、いったい何の意味があってなのか。『花束』は、自分の人生をどうやって生きていくのか。について書かれている。どれも同じ「生きる」事について書かれているが、其々に違う意味である。エピローグがとても良かった。

  • 『現代人の最大の誤謬は、口先では自由、個人の尊重、自己責任などという言葉をもてあそびつつも、その実人生においては、誰もが単なる臆病さゆえに国家のために生き、組織のために生き、家族のために生きてしまっているということである。

    法や正義も含めて、この社会のルールも仕組みもすべては、私が私として生きるために便宜的にそなわっているものにすぎない。そうしたものは、私たちの人生にとってそれほど本質的でもないし、実際は些細で取るに足らないものなのである。

    そして、さらに付言すれば、たしかに私という存在は肉体という物質によってこの社会という空間内に否応なく閉じ込められてはいるが、しかし、私が私の人生を生きるということは、その肉体をどうこうするということが第一義なのではなく、私という心を私がいかに生きるかということにこそ重点が置かれるべきなのである。

    人が皆、肉体的な恐怖を克服し、真摯に自分の心を生きようとしない限りは、社会からいかなる非道も残虐も差別もなくなりはしないだろう。』

    白石一文、久しぶりに読んだな〜。また何冊か読もうかな。

  • 覚醒と再生…
    誰でも一度や二度くらいは何もかもを投げ出して自由になってみたい衝動に駆られたことがあるだろう。
    社会生活の意味を見失った時、少年期に思いに立ち返って決めた5年間の自由であったが、気付かぬうちに自信を律する心をすっかり溶かしてしまっていた。気付けぬまま相憐れんで寄り添った女性の心に引きずられて、自身の深淵が表出してしまう。自分を信じていない男が誰かを守ってやる事が出来るだろうか?自信を見失った目に投影していたものは、愛しているかどうかも定かではないままに寄り添ってきた鏡の中の自分自身であった。

    九死に一生を得る。
    再生が始まる。

    我思う、故に我あり…働く、悔やむ、愛す…いくら悩み煩い苦しんでも真理なぞ掴める訳でもない。しかし、悶々と悩み苦しむ己自身は紛う事ない真実の存在なのである。
    そんな自信を信じる事こそが真理なのである。
    柔らかで振幅の少ない淡々とした物語であったが、その何気なさにこそ生きる意味が忍ばされている。
    そんな物語でした。面白かったです。

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著者プロフィール

1958年、福岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。文藝春秋に勤務していた2000年、『一瞬の光』を刊行。各紙誌で絶賛され、鮮烈なデビューを飾る。09年『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で山本周五郎賞を、翌10年には『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞。巧みなストーリーテリングと生きる意味を真摯に問いかける思索的な作風で、現代日本文学シーンにおいて唯一無二の存在感を放っている。『不自由な心』『すぐそばの彼方』『私という運命について』など著作多数。

「2023年 『松雪先生は空を飛んだ 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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