失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選 (光文社古典新訳文庫)

  • 光文社
3.83
  • (17)
  • (24)
  • (19)
  • (3)
  • (1)
本棚登録 : 297
感想 : 44
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334752538

作品紹介・あらすじ

いつもの列車は知らぬ間にスピードを上げ…日常が突如変貌する「トンネル」、自動車のエンストのため鄙びた宿に泊まった男の意外な運命を描く「故障」、粛清の恐怖が支配する会議で閣僚たちが決死の心理戦を繰り広げる「失脚」など、本邦初訳を含む4編を収録。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • デュレンマット生誕100周年「女性に男性のような思考は必要ない」① - SWI swissinfo.ch
    https://bit.ly/3paKrZ9

    シーラッハはデュレンマットの夢を見るか? | ドイツ大使館 − Young Germany Japan
    https://bit.ly/3q7ED1X

    増本浩子さん・連続講演「デュレンマットの普遍-スイスから世界を見る」第1回レポート - 光文社古典新訳文庫
    https://www.kotensinyaku.jp/column/2012/09/005276/

    失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選 - 光文社古典新訳文庫
    https://www.kotensinyaku.jp/books/book151/

  • 20世紀スイスの劇作家デュレンマット(1921-1990)による短編小説集。劇作家による小説らしく、いずれも読んでいると演劇を観ているような気分になる。

    ① 現代は、世界には不変的/普遍的な意味秩序が貫徹しているという前提が不可能となった時代である。
    ② つまり、世界から「もっともらしさ」が消失してしまった時代である。
    ③ そこにあるのは、各サークルがそれぞれの真善美を喚きあう胡散臭い喧騒だけである。
    ④ そして、「世界に真理はない」という言明自体が喧騒の一部としてしか成立し得ない。
    ⑤ よって現代は、世界に関して有意味な表現が可能なのかが常に問題となる時代である。

    彼の不条理で奇妙な作風の背後には、こうした現代という時代への痛切な問題意識があったように思う。現代において「まだ可能な物語」とはいかなるものなのか、と。

    □ 「トンネル」

    ① どうも何かが食い違っている気がする。
    ② つまり、世界は既に破綻をきたしているのかもしれない。
    ③ しかし、誰も世界の根源的なメカニズムを見通せない。
    ④ だから、何もなす術がない。
    ⑤ よって、誰もが世界の破綻を直視せず日常をそのまま継続しようとする。

    ひとは日常という分厚い肉の内奥に押し込められて、世界の実相にまるで近づけなくなってしまったよう。

    □ 「失脚」

    ① そこでは誰もが恐怖に支配されている。
    ② しかし、誰もその恐怖の内実を捉えられていない。
    ③ よってなおさら、恐怖は空虚な中心を取り巻きながら自己増殖していく。

    確固たる世界の認識とそれに基づく安定的な自他関係の構築が不可能な、一種の極限状態。

    □ 「故障――まだ可能な物語」

    「われわれを脅かしているのはもはや神でも正義でもなく、交響曲第五番のような運命でもなくて、交通事故や設計ミスによるダムの決壊、注意散漫な実験助手が引き起こした原爆工場の爆発、調整を誤った人工孵化器なのだ。われわれの道はこのような故障の世界へと通じている」(p119)。

    □ 「巫女の死」

    「われわれふたりの前に立ちはだかっているのは、途方もない現実、それを引き起こす人間と同じくらい不可解な現実なのだ。神々が――そういうものが仮に存在するとして――このお互いにもつれ合ったとてつもない事実、しかも恐ろしく破廉恥な偶然によって引き起こされた事実の巨大な塊の外にあって、その全体像を、表面的であるにせよ、何らかの形で把握しているのに対して、われわれ死すべき運命にある人間は、この救いようもない混乱のまっただなかにあって、途方に暮れてただ手探りしているだけなのだ」(p274)。

    「世界を理性に従わせようとした私、想像力でもって世界に打ち勝とうとしたお前とこの湿った洞窟の中で対峙した私と同じように、これから先もずっと、世界を秩序とみなす者が、世界を怪物とみなす者と対峙することになるだろう。一方の者は世界を批判可能なものとみなし、他方の者は世界をそのまま受け入れるだろう。一方の者は、ノミを使えばひとつの石に形を与えることができるように、世界を変革可能なものとみなし、他方の者は、常に新しい顔を見せる怪物のように、世界がその不透明さとともに変わっていくこと、また人間理性のごく薄い層が人間本能のもつ非常に強い構造的な力に対して影響を与えることができる程度には世界を批判できるだろうということを指摘するだろう。一方はペシミストとののしり、他方は夢想家と嘲るだろう。一方は、歴史は一定の法則のもとに進行すると主張し、他方は、そのような法則は人間の頭の中にだけ存在すると言うだろう」(p276)。

  • スイスの有名な作家で、スイスのみならずドイツ語圏ではデュレンマットの戯曲は定番として上演されているのだそう。
    1921年生まれ、1990年没。

    イメージ豊かで、登場人物が濃く、確かに演劇的。
    ソ連首脳部の葛藤を思わせる政治風刺的な「失脚」などは、登場人物の名前が頭文字だけなので、俳優がやって見せてくれたほうがわかりやすいかも。

    「故障」は車の故障で、たまたま立ち寄った家で、村に住む老人達の楽しみに付き合うことになった男。
    その楽しみとは、模擬裁判。
    彼らはとっくに引退しているが、元は裁判官など法曹関係だったのだ。
    罪を白状するように迫られ、冗談半分に営業マンである自分の身に起きたことを説明していくと‥
    極上の食事をしながら議論し、酒を飲んでやけに盛り上がり、互いにほめあい、感動して肩を抱き合ううちに‥?!

    「巫女の死」
    オイディプス王の悲劇をさまざまな角度から見る話。
    テーバイの王子がいずれ父親を殺し母親と寝るだろうという予言によって父王ライオスに捨てられ、コリントスで成長する。
    運命なのか?後に予言は成就されてしまうのだが‥

    巫女パニュキスは、アポロンに仕えるデルポイの神殿の女司祭長。
    長年、口からでまかせに思いつく限り妙なことを言ってきたという衝撃の出だし。
    しかも、パニュキスによる問題の神託とは、テイレシアスの意図によるものだった‥!
    テイレシアスは盲目の預言者で政治家でもあり、法外な額の金を受け取った上で、依頼者に都合のいい予言を行っていたのだ。
    もうろうとした老女パニュキスの視点というのも珍しい。
    さらに、二転三転‥王妃イオカステの告白や、スピンクスの視点まで?
    あるいはそれも、運命の環の中だったのか‥?

    山岸さんの古代ギリシアを題材にしたコミックスなど思い起こしながら、読みました。

  • スイス文学の至宝、不条理喜劇文学のデュレンマットの中編集が文庫になっていた!どれも面白いのだがお気に入りはミステリ仕立ての『故障』。デュレンマットは言う。かつて大災害は神の怒りか運命が引き起こすと何となく信じられていた。しかしアウシュビッツや原爆投下以降、それは故障、つまり人間のちょっとした手違いで起きる原爆工場の爆発のようなことが人類滅亡を招くと人々は知った、と。車の故障のため田舎町で老人の家に泊まった男。夜になると家主の友人たちが集まってきて裁判ゲームをやろうと言い出す。家主は元裁判官で友人は元検事、元弁護士…昔を懐かしむのだ。男が被告人となってゲームは始まる。極上のワインを飲んで酔った男は自分がサラリーマンとして成功してきたことをご機嫌に話し出す。検事は男の元上司が急死した話を聞き出し男の成功自慢と上司殺しの話を巧みに繋げて弁じる。男は自分が巧妙に邪魔者を消し成功を手に入れていくその話に舞い上がり、その通りだ!を連発。遂には死刑判決が下る。多くの話はこの死刑が本当に執行されるというサイコホラーなのだが、ここは少し違う。彼は高揚した気分のまま部屋で自殺してしまうのである。本当に執行しようとしていた家主たちは翌朝遺体を見つけて勝手に死んだことを憤り、話は終わる。人間の故障。現役時代への郷愁が過剰なリアリズムを生み、小市民が自分の人生を劇的ストーリーに捉え直してもらって異常な喜びを感じる。いずれも承認欲求。自分の人生が本物に見えてきた!と男は感激して皆んなに感謝し、そして英雄らしく死にたいと考える。故障した社会は現代社会を投影している。登場人物は一見皆異常者だが自分にも思い当たることだらけだ

  • 「トンネル」……いつも乗り慣れた列車だが、気づくともうずいぶんトンネルに入ったまま。不審に思って車掌を探すと…。ありふれた日常が知らぬ間に変貌を遂げる。皮肉と寓意に満ちながらかつ底知れぬリアリティに戦慄させられる物語。

    「失脚」……粛清の恐怖に支配された某国の会議室。A~Pと匿名化された閣僚たちは互いの一挙手一投足に疑心暗鬼になり、誰と誰が結託しているのか探ろうとしている。だが命がけの心理戦は思わぬ方向に向かい…デュレンマットの恐るべき構成力と筆力に舌を巻く傑作。※本邦初訳

    「故障」……自動車のエンストのために鄙びた村に一泊することになった営業マン。地元の老人たちと食事し、彼らの楽しみである「模擬裁判」に参加するが、思わぬ追及を受けて、彼の人生は一変する…。「現代は故障の時代」と指摘するデュレンマットが、彼なりに用意した結末に驚き!

    「巫女の死」……実の父である王を討ち、実の母と結婚するというオイディプスの悲劇。しかし当時政治の行く先を決めていたのは、「預言」を王侯に売る預言者たちであった。死を目前にした一人の老巫女が、驚愕の告白を始める…。揺らぐことのない権威的な神話の世界に別の視点を取り入れることで、真実の一義性を果敢に突き崩す挑戦的な一作。※本邦初訳

  • 「トンネル」、「失脚」、「故障」、「巫女の死」の4篇収録の短篇集。各所で評判が良いようなので手にとってみたのだがこれが大当たり。特異な舞台設定やそれに翻弄される人間心理の描写が素晴らしく、収録作のどれもが面白い。バラエティに富んだ作風ではあるけれど共通するキーワードは”諦念”かな。

  • 「トンネル」が1番印象的。列車がトンネルの中を走り続け、暗闇を抜けることができない。そこには、いつも乗りなれたはずの列車が、変貌する危機感がある。
    デュレンマットの作品では「判事と死刑執行人」もおすすめ

  • 原作者を初めて知った。幅広い分野で活躍されているらしい(訳者による)。推理小説が読んでみたい。

  • 前半の数編は、訳者の解説を読んでやっと真意のようなものがわかった。
    『巫女の死』ギリシャ神話初心者に優しく家系図や注釈がついていたが、登場キャラが多いため何度か戻りながら、またネットで元の神話を多少調べながら進めた。喜劇か…。
    世界のとらえ方とその表現に納得のため息。

  • 最もおもしろかったのは「故障」。「小説らしい小説」と言えるのではないか。

全44件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

スイスの劇作家、小説家。1921年、ベルン州エメンタール地方のコノルフィンゲンにプロテスタント牧師の息子として生まれる。ベルン大学とチューリヒ大学で哲学などを専攻。21歳で処女作『クリスマス』を執筆。1945年24歳のときに短篇「老人」が初めて活字となる。翌1946年、最初の戯曲『聖書に曰く』(鳥影社『デュレンマット戯曲集 第1巻』収録)を完成。1940年代末から60年代にかけて発表した喜劇によって劇作家として世界的な名声を博したほか、推理小説『裁判官と死刑執行人』(同タイトルで同学社刊。また早川書房『嫌疑』にも収録)がベストセラーに。1988年、演劇から離れ散文の創作に専念することを発表。晩年は自叙伝『素材』の執筆に打ち込む。1990年、ヌシャテルの自宅で死去。代表作に『老貴婦人の訪問』、『物理学者たち』(以上2作は鳥影社『デュレンマット戯曲集 第2巻』収録)など。

「2017年 『ギリシア人男性、ギリシア人女性を求む』 で使われていた紹介文から引用しています。」

フリードリヒ・デュレンマットの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×