約束の地 下 (光文社文庫 ひ 17-3)

著者 :
  • 光文社
3.91
  • (11)
  • (19)
  • (13)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 107
感想 : 18
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (415ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334763343

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 一つのカテゴリに収まりきれない壮大な物語だった、著者は初読みであるが、これを機に読んでいこうと思う。

    物語の舞台は南アルプス近辺、山梨県と長野県の県境あたり、架空の八ヶ岳市。主人公は環境省技官で、近年新設された野生鳥獣保全管理センター、通称WLPの八ヶ岳支所に所長として赴任してくる。

    WLPの活動は端的には「自然との共生」と理解した、曲者揃いの所員達と新任所長が、様々な問題にぶつかりながらも自然と人間とが共生できる「約束の地」を暗中模索していくのが本筋であろう。

    本筋から派生する形で、主人公の娘のイジメ問題、環境破壊による新種の寄生虫発生による鳥獣への二次的被害、11年前の殺人事件と、ものすごい詰め込みようなのだが、どれもが濃密に絡み合い、最終局面へと結集していく。文庫2冊900ページ弱の長編だが、飽くせず読み終えることができた。著者の緻密な取材の賜物であろう、フィクションであり、エンターテイメントでありながらも本書が示す問題は全て現実のもので、その解決への道筋が「約束の地」と題された本書の意味に相違ないと感じた。

    以下書きたいことがたくさんあるがネタバレとなります、ご注意を!










    まず主人公父であるが、序盤は「島耕作」や「金太郎」などのサラリーマンドラマを思わせる。慣れない職場、無秩序な部下達、役人であるがゆえの上下との軋轢など、主人公は悩みながらも必死に職務を全うしようと努力する。さらに彼等父娘は事故で妻、母を亡くしており、序盤から「死」という命題まで読者は突きつけられる。そんな中でもそれぞれの出会いがあり、徐々に父には変化が訪れるが、娘は母の死による物理的かつ精神的孤独をますます抱えてくこととなる、父を介在して同級生の男子と触れ合うこととなり、この出会いに読者は安堵する。

    序盤では登場人物それぞれにページを割いてキャラを際立たせることに成功していると思う。WLPのメンバー達、クマを追い払うベアドッグハンドラーの若者二人と、駆除を担当する古参猟師の二人、紅一点の動物学者、そしてインストラクターの陽気なアメリカ人。中でも孤高を保ち決して相容れようとしない古参猟師に惹かれた。そして犬たち・・・自分は決して犬好きではないのだが、小説に登場する犬には惹かれる。彼等は常に魅力的キャラの頼りになる相棒であることが多い、今作でもベアドッグ(クマを追い払う技能に特化訓練された犬)のダンとハナ、そして古参猟師の相棒、紀州犬の吹雪が登場する。彼等は常に主人の目となる手足となって山野を駆け巡る、彼等の描写はそのまま物語の疾走感とリンクする。

    そのようにして始まった物語にまた新たなキャラが登場する、それは野生もしくは自然そのものと言える。まずは「稲妻」と呼ばれる巨大ツキノワグマであり、さらに稲妻をも圧倒する力を有する「三本足」と名づけられた巨大イノシシである。彼等による人的被害が発生し騒然とする、いわゆる自然の猛威に晒される舞台を背景とした物語においてクマの登場は真打とも呼べる脅威であり、さんざん主人公を苦しめるのは定番なのだが、イノシシにクマを凌ぐ恐怖があるとは信じられなかった。丁寧な筆致により納得はしたのだが・・・あとで「巨大イノシシ」で検索してみたら何件かヒットした、画像を見て納得した。これが突進してきたら怖い、ていうか死ぬわ。

    とにかく稲妻や三本足が登場するシーンは、逼迫した緊張感が上手く伝わってきてドキドキする、語りがクマやイノシシの人称に変化するのも、人間対野生動物の構図が、双方から描かれ本質的問題を浮き彫りにするに効果があったと思う。そのままクマそしてイノシシを追う物語に以降するかと思いきや、またも事件が発生する。WLPメンバーの突然の死である。

    いまだ中盤ながらこうまで様々な事件を発生させておいて、どう最後を締めくくるのか想像できなかった、中途半端な消化不良決着の予感もしたのだが、とにかく途中でやめられない迫力は中盤から伝わっていたのである。ここでメンバーの死により起こった問題がある、ベアドッグハンドラーであった彼の死により、ダンの処遇に苦慮することになるのだ、結局主人公が新たなダンのパートナーとなるべく悪戦苦闘することとなる。そして鳥獣被害の対処について極右派を極左派の板ばさみになりながらも己の進む道は明確に意識するようになっていく。クマ駆除を妨害する狂信的動物愛護団体とのやりとりは、そのまま著者が最も述べたいのだろう「自然との共生」論なのだと思う。

    春先からスタートした物語は夏、秋と季節を変え、終盤では舞台を雪山を移す。稲妻は倒れたが、三本足はなおもしぶとく生きながらえ人を襲う、そして突然死んだWLPメンバーの死の真相も全容が見え隠れしてくる。そんな中ガンに倒れた古参猟師の生き様には身体が震えた。長きに渡り猟の中で山を自然を感じてきた彼には、三本足の所業は山そのものの怒りに感じられたのだ、長年に渡り山を自然を慮ることなく破壊し続けてきた人間に怒りの鉄槌を下す山の神、だからこそ山を誰よりも愛する猟師は三本足を屠ることを己の最期の仕事と決め冬山に入る、彼に付き従うは相棒の紀州犬吹雪・・・旧き人々の滅びを古参猟師と三本足との行く末に重ね合わせて見せることが著者の狙いなのか?旧態全としたものが新しい芽吹きをジャマする、世代交代はどのような事象にも必要なはずである。彼と相棒の最期は哀切に満ちながらも、その死に顔には新しい時代を予感してか清々しさを行間に読み取ることができた、最後の最後にそれがしっかり記述された時、思い描いたのは彼等の安らかな姿であった。

    後半では古参猟師パートこそが自分的にハイライトだったが、最後に残った大きな謎、殺人事件における真相の鍵を猟師が握っていたことは驚いた。ミステリ的構成の妙についても、著者の実力は充分であった。だが、ここはあまり好きになれない、犯人が愚か過ぎて哀れになる。

    かくて詰め込みすぎでは?と感じた処々も落ち着たと思ったところで、最後に残った数ページにおいて、対決が描かれる。主人公対三本足である。三本足はすでに瀕死である、主人公は亡き古参猟師の意思を継ぎ仕留めに冬山に入ったのだ。彼の傍らには頼もしい相棒ダンがいる、勝負は一瞬で決まる。ここに自然に寄り添う世代交代が完了し、主人公は完全な「山の男」へと脱皮している。思えばキャリア官僚だった主人公が「山の男」へと変身を遂げる物語だったのかもしれない、そして彼の娘も山の娘となり、妻、母を亡くして以来の父娘の絆が固く結ばれたのだ。読了し終えて頭に浮かぶイメージは川原の父と娘、ダンが無邪気に遊びまわる絵柄だった。

    自然に寄り添う人々の様々な断面を露呈し、視点を変え、問題を抉り出しつつも、確かな筆致で自然を描き、森のざわめき、風の色、空気の匂いを感じさせてくれる本書である。とりとめもなく書きなぐったが思うことは多く尽きない。まさにレビューの長さに比例して多いのだ、もっと自然に触れ合いたいな・・・

  • 下巻は怒濤の展開で物語が収束していくのが気持ちいい傑作ですね。それにしても、頑固親父にダメ息子、典型的なパターンだけど、実際に良そうで、結局人間が一番ダメな動物で、怖ろしい動物だといういつもの結論になっちゃいますね

  • 論点多すぎ!つめこみ過ぎ!
    社会派小説、自然系、ミステリー、どの要素も持っているけど、とにかく的を絞って掘り下げて欲しかったな。
    まあ、その複合的な複雑さが、環境問題や社会問題の本質そのものなのかもしれないけど。

  • 資料ID:92115405
    請求記号:080||K||下
    配置場所:文庫本コーナー

  • ハンティングはおろか登山にも縁のないこの身ですが、猟の緊張感や冬山に吹く風の身を切る様な冷たさをリアルに感じつつ、ページを繰る手が止まりません。
    面白さもさることながら、生と死という普遍のテーマを深く深く考えさせる太い筋が一本通っています。

  • 樹皮が剥がされた木々、電気柵に挟まれながらの登山道など…、私みたいな初級者の山好きにも本書で描かれている鳥獣による森林被害を目にする機会は少なくない。長い共存の歴史でかろうじて住み分けがされてきた(それすら人間本位の住み分けだけれど)ものが壊れつつあり、死、怒りを超えた動物たちの絶望が伝わってくる。『ベアドック・ハンドラー』、そして『ピッキオ』の活動が知れただけでも感謝。

  • 面白かったけど、ちょっと長い。
    日本では、VS野生動物といえば熊が定番。これも熊ものかと思って読み始めたら、熊も出るけど実際の相手は大イノシシ。これに、猟銃規制やら、環境問題やら、教育問題やら、家族問題やら、いろいろ絡んで、それぞれ上手く書いていて興味は途切れないけれど、やはり本筋のVSイノシシの部分が薄まった感あり。
    やはり、大イノシシとの対決をもう少し盛り上げて頂いた方がエンターテイメントとしては良かったと思う。

  • 売らない。また読むから。

全18件中 11 - 18件を表示

著者プロフィール

1960年山口県生まれ。明治学院大学卒業。雑誌記者を経て、87年に小説家デビュー。2008年『約束の地』で、第27回日本冒険小説協会大賞、第12回大藪春彦賞をダブル受賞。2013年刊行には『ミッドナイト・ラン!』で第2回エキナカ大賞を受賞。山岳救助犬の活躍を描く「南アルプス山岳救助隊K-9」シリーズの他、『狼は瞑らない』『光の山脈』『酔いどれ犬』『還らざる聖地』、エッセイ『北岳山小屋物語』『田舎暮らし毒本』などの著作がある。有害鳥獣対策犬ハンドラー資格取得。山梨県自然監視員。

「2022年 『南アルプス山岳救助隊K-9 それぞれの山』 で使われていた紹介文から引用しています。」

樋口明雄の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ピエール ルメー...
高野 和明
三浦 しをん
宮部みゆき
64
横山 秀夫
冲方 丁
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×