日本の伝統 (知恵の森文庫)

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著者 : 岡本太郎
  • 光文社 (2005年5月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (292ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334783563

日本の伝統 (知恵の森文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 今も残っている古典はそれ自体で無条件で価値あるものだ。

    だが、真に価値あるものにするには、その過去のものである古典を今に活かすことで、初めて古典は古典であることの存在理由を全うでき、今の時代に生きる人間は今を生きることができる。

  • 『今日の芸術』から読んだほうが理解度が上がると思いますが、別に読んでなくても問題ないです。こちらもベースになるのが芸術の”いやったらしさ”のすばらしさについて。タロウの言う”いやったらしさ”とは?!?!きっと巨匠本人ですら適切な日本語がない故にややこしことになっているんでしょうが、ともかく適切な言語や適切なデフェニションがないのでどうしようもないですが、個人的に無理クリに理解するところは、魂が激震するような憧憬嫉妬、ともかく「いやったらしい」んですねぇ、どうしようもないです。本書では縄文土器、光琳、中世の庭について語られます。同じものについて考察するのにもこのアングルの違いってほんまにおもろいですねぇ。賛同するところもあり、全く異なる意見もあり、タロウ氏が今、このころの感性を維持したまま2017年現在のデジタル芸術を見たらどう語るか、という想像をしてしまう。

  • 岡本太郎のえらいところは日本の美術の伝統について決して「知的」に語らないこと。自分の感性を信じ、素直に感じたことを原点として美の考察を展開する。裸の王様のお話の「子供」の役目を十分に果たしている。常識とされてきたものの見方を外れているからと言っても、全然奇をてらったりひねこびたりしない。

    ことさらに日本の伝統美を賞賛しようとする昨今、岡本太郎的なあくまで自分の目でものを見ようとする姿勢が今一度思い起こされなければならないのだろう。

  • 2014.12.8 読了

  • 【読書】岡本太郎というとぶっ飛んでるイメージがあるが、実は綿密に日本美術を分析し解釈している /

  • [ 内容 ]
    「法隆寺は焼けてけっこう」「古典はその時代のモダンアート」「モーレツに素人たれ」―伝統とは創造であり、生きるための原動力であると主張する著者が、縄文土器・尾形光琳・庭園を題材に、日本の美の根源を探り出す。
    『今日の芸術』の伝統論を具体的に展開した名著、初版本の構成に則って文庫化。
    著者撮影写真、多数収録。

    [ 目次 ]
    1 伝統とは創造である(人力車夫と評論家たち;法隆寺は焼けてけっこう ほか)
    2 縄文土器―民族の生命力(いやったらしい美しさ;狩猟期の生活様式が生む美学 ほか)
    3 光琳―非情の伝統(真空に咲きほこる芸術;新興町人の精神と貴族性の対決 ほか)
    4 中世の庭―矛盾の技術(なぜ庭園を取りあげるか;銀沙灘の謎 ほか)
    5 伝統論の新しい展開―無限の過去と局限された現在

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 芸術は生きものであると感じました。

    伝統があるから価値があるわけではない。
    受け継がれたものから何かを感じとった人が、これを未来に伝えたいと思い、そのような感動と思い入れが綿々と続いたものが伝統となるのだと感じました。

  • 伝統は創るもの。過去を守ることではない。かならず、今と呼応する必要がある。現在継承されている伝統の多くは、封建的な社会で育ったようです。それを「日本的だ」と言って賛美するのは、やっぱり違います。今の生活とかけ離れてしまっては、伝統とはいえない。

  • 縄文、光琳、庭園がテーマに岡本節が炸裂する。力を出したいときは岡本太郎を読むと決めている。

    縄文土器。それは確かに初めて小学生の時に見て異様さを感じとり、そこから何か触れてはいけないような感想を覚えた。一方、つるんとした弥生土器のほうが「ふつう」で、歴史としては何かしっくりきたものである。岡本が感じ取った縄文土器の強烈な美意識、原始社会のあり方をなぞっていくことで、その違和感が自然と解消していく。縄文時代は呪術的な社会ではあったが、現代人が神秘性を過剰に解釈しすぎることに対して警鐘を鳴らす。その精神的な思い込みを取り払うことで、縄文土器のギョッとする美しさが見えてくるようになる。

    『その神秘は、しかし、かならずしもわれわれが今日想像できるような、いわゆる"神秘性"ではない。神秘観といっても原始社会では目に見える世界と見えない世界は断絶なしに、ジカに平気でつながっているのです。』(p.93)

    光琳の紅白梅流水図。これも、岡本流の言い回しを使うならば「ぎょっとする、迫ってくるようなイヤらしさ」みたいなものを私も常々感じていて、ほかの絵画に比べると「イヤだなぁ」となんとなく思っていたことがあって小恥ずかしい。その光琳がどのような背景でこの絵を描くことになったのか。伝統的な絵画手法に対する、光琳の抵抗の源は何だったのか?

    その対照として、度々他の著書でも行っているように、岡本は江戸の「粋」文化を否定する。たしかに、粋の文化というのは、作法で縛り、小さい世界に美意識を高めていく、物事を小さく納めてしまう文化である。その点は外に力を発散させたい岡本のようなタイプにはたまらなくイヤに感じるだろう。岡本の美意識のたいていのことは共感できる。しかし、そこは全否定してよいのか?私には分からない。理想を言えば、ウチに閉じ込める粋文化と、爆発的な文化と、両方に通じることができれば、最高に面白い気がするのだから。

    最後に、庭について、岡本は考察する。仏像や絵画と違って、庭園が造られた当時の姿のままをとどめているとは限らない。石庭や借景は、現代の風景の中では死んでしまっているのではないか。銀閣寺(慈照寺)や竜安寺、苔寺、大徳寺など有名な庭を分析していく。観念の世界で作られた庭について鋭い考察が並べられていく。

    パリにいた当時、外国人から日本の庭の素晴らしさを説かれた岡本は、苦悩する。外国人がそれを見て、良いと思うのは分かる。しかし日本人としては、この鬱屈して行き詰まった日本文化はもうダメだ。そんな苦悩が、庭への考察からはありありと蘇ってくるようだった。

    昭和30年頃に書かれたその岡本の苦悩をめくっていくうちに、ふと、戦後の日本で造園文化は瀕死になっているのではないか?という念がわき上がってきた。公にされている庭で、見たいなと思えるような庭は、もっとも新しくて明治期の資産家が作った西洋を取り入れたものではないか。それ以降に新しい庭のあり方が作られているのだろうか?

    いま、都心のビルの谷間や屋上に行くと、小さな緑園ができていることが多い。庭が個人の家から解放されて、街作りの一環、公のものとして設計されるようになったのは、日本の庭の近代化が一歩進んでいるのだろう。ところがそうした緑園は、日当たりが悪くてビル風が吹きすさみ、開園に合わせて植えられた植物は根を張ることもなくひ弱なまま枯れていき、枯れることを前提に植え替えられる、というようなものばかりで、とても「庭」とはいえないものばかりではないだろうか。植え替えが激しいといえば、英国の花壇は、常に季節の花が咲き誇るように頻繁に植え替えをしている。しかし、それはまさにこぼれんばかりの勢い溢れるまさに盛りの花々をぎっしり植えかえていくのであって、決して、手入れもせず死にゆく花々を植えているのではないのだ。

    大手デベロッパの、最新の建物作りには共感できることが多いが、ふと脇に植えられている植物を見ると無残に枯れていたりして、とても庭と呼べる代物ではなく、許し難い。もし岡本が生きていてこれらの「庭」を見たら、どう言うのだろうか?そんな思いが最後に残ったのであった。

  • ひさしく鑑定家と批評家が混同されています。今日の批評家のほとんどが、批評でなく鑑定をしている。それが芸術的に関わりがあるようにおのれ自身で錯覚し、一般に押し付けているのです。

    縄文土器は弥生土器と比べると、非常にはげしく、するどい特徴を持つ。

    縄文土器は、実用的な目的だけで作られている訳ではない。たんに美学的意識によって作り上げられたのではない事も確かです。それは強烈に宗教的、呪術的意味を帯びており、しかがって言い換えれば四次元を指し示しているのです。

    庭は原始社会では、集団税対の広場でした。庭では活動的な共同生活がいとなまれていたのです。

    日本の庭園では、空間の扱い方は絵画的遠近法であって、彫刻的な空間性を持ってはいない

    月は真如の月という通り、悟りの象徴です。水に映る月は人間の煩悩と考えられます。あるかと思って手ですくおうとしても実際にはないから出来ない。

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日本の伝統 (知恵の森文庫)の作品紹介

「法隆寺は焼けてけっこう」「古典はその時代のモダンアート」「モーレツに素人たれ」-伝統とは創造であり、生きるための原動力であると主張する著者が、縄文土器・尾形光琳・庭園を題材に、日本の美の根源を探り出す。『今日の芸術』の伝統論を具体的に展開した名著、初版本の構成に則って文庫化。著者撮影写真、多数収録。

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