- Amazon.co.jp ・本 (226ページ)
- / ISBN・EAN: 9784334929053
感想・レビュー・書評
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「午後から雨になるみたいですね」
こんな世間話の文底には、「雨なのか、嫌だなぁ」「降らなきゃ良いのに」「傘用意するのがめんどくさい」といったネガティブな感情がある。
雨は降るとめんどくさい。
だが、雨が降らない日が続くとそれはそれで困る。
その雨をモチーフにした短編集。
「雨のなまえ」
妊娠中の妻がいるのに浮気をしている主人公悠太郎。
同級生で資産家の娘・ちさとにとっては待望の妊娠。
母子家庭の悠太郎は、母親の男が変わるたびに引越しをする不安定な少年時代を過ごした。
悠太郎が一生分の給料を出しても買えない様な高級マンションを、娘の妊娠と同時に買い与える義父母。
「記録的短時間大雨情報」
痴呆が始まったと思われる義母との同居がはじまる。夫はまったくの無関心。一人息子の教育費のためにパートに出た先で出会ってしまった大学生。
自分の名前ではなく「作哉くんのお母さん」となってしまう日常。
その中で澱のようにたまっていく抑え切れない感情。
「雷放電」
「一人の人間に割り当てられた幸せの量があるとして、自分はもうそれを使い果たしてしてしまったのではないかと思う」
「こんなに美しい女が自分の妻になるなんて夢みたいだ。おれは毎日、何度でもそう思う」
「ゆきひら」
中学校教師の臼井には、中学時代の同級生ユキとの悔やんでも悔やみきれない過去があった。妻の戸紀子にはそれは話していない。それは戸紀子のなかの秘密を確かめるのが怖かったから。そして教師の仕事にのめりこむことで、そこから逃げていたのだ。
「あたたかい雨の降水過程」
「おまえの言葉は刃物みたいに人を傷つける」別居している夫から言われた繭子。シングルマザーとして必死に働き子育てに奮闘するが、思うように行かない毎日が続く。
「仕事と子育てだけしていたかった。そうしたくて、夫と離れた」のに。
心の奥底に眠っている自分でも気づかない感情に気づかされる5つの短編。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
窪美澄さんの本は、「ふがいない僕は空を見た」が出たときから読んでいるのだけど、”生”と”性”がテーマになった作品が多い。
今回の「雨のなまえ」ももちろんそうで、5人の主人公を描いた物語だ。
読後感は決してすっきりするものではないけれど(私の感想では)、この物語に出てくる主人公がいまよりも少し幸せになれたらいいのになと思えたから、きっといい作品なんだと思う。
いいことばかりありゃしない。
まさにそんな人間の生きざまをリアルに描いた1冊。 -
窪さんの作品におけるタイトルや装幀が空に関する事は非常に窪作品の根幹に関るものだと思う。
世界を構成する大地と空と海。
窪という単語から思い浮かぶのははやはり大地であり、在り来たりな事を言えば海は母性の象徴で母でもある窪さんの視線はそこに含まれるとして、だからと言っても息子さんの母なだけで僕ら読者の母ではないのだけども、あとは空だ。
神様とは空の抽象化に過ぎない。太古から人は自然に恩恵を受けながら畏怖してきた、故に崇めてきた。
紙と木で作られた日本家屋は火山の噴火や地震によって何百年に一度すべてが崩壊し、それでも生きていく日本人の日本的な観点だしそれが諸行無常という価値観を日本にもたらしていた。
五つの短編の中には東北東日本大震災にまつわるものが数編含まれている。それは確かに突如起きていろんなものをひっくり返して一部の人が見せたくなったものを露にしてしまった。
その事が起きた現実を窪さんはきちんと物語の中に落としこんで書いている。そこから目を背けないと言われているようだ。その現実の世界で生きている僕らはもう大震災が起きなかった時間軸にはいないのだから。
日々の中でゆっくりと積もる心にある暗いどろどろとしているような気持ちは突然何かの言動で現れたり行動に出るというだけではなくその積み重ねの爆発であることが多い、そのきっかけはほんの小さな出来事だったり何かだったりする。そして、他者のそれに僕ら当人は気付けない。ウインドブレーカーの彼女の言動のような仄暗い想いみたいなものとか。
性への衝動と生と死の狭間でずっと連続運動のようにして続く生活の中で諦めていくもの、数編の終わりにはもう絶望しかないような寸前で物語は終わる。読者にある種委ねる。それは僕ら読者の心の中の湖に大きな石が投げられて波紋が続く。
それは小説だとできるはずだと窪さんはわかっているから書いていると思う。答えを求めるだけではなく受け手に委ねてのその中でいろんな感情を巻き起こすもの。
雨の日に読めば小説の世界と閉じられた世界が繋がり、サウンドトラックは名前の知らない雨の音だ。 -
たとえ暴力ではなくても人は人に傷つけられる。
身近な人間からの残酷な言動、無関心。
いつ終わるのかもわからない、這い上がることもできない。
そこで、もがき、壊れてゆく人がリアルに描かれている。
人の心の弱さは、時として狂気を導き、そこからあっという間にもろく崩れ落ちてしまいかねない、そんな危うさを感じた。 -
なんか好き。買ってもう一度読む。
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幸せ感はないのに惹かれる。どれを読んでも自分のことみたい…
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窪さんの小説とは波長が合いすぎる。特に最後の「あたたかい雨の降水過程」は読み終わり堪らず号泣。「雨のなまえ」という表題も内容にさりげなく寄り添っている感じで押し付けがましさがなく、そのセンスの良さに惚れ惚れする。
それに加えて、「 雷放電」の驚愕なラストや「ゆきひら」の理想的な教師を目指し信念を貫くばかりに起こった悲劇など、人間の歪んだ裏側を相変わらず見事に書き上げている。読み返すとまた違った見解が得られそうで、ついつい再読してしまう。