サーカスの犬

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制作 : 永田 千奈 
  • 光文社 (2004年3月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (279ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334961664

サーカスの犬の感想・レビュー・書評

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  • とあるサーカスのテントの裏方で働くはみだし者の男達。彼らは、いつか自分たちのサーカスを立ち上げる事を夢見ていた。そこに1匹のやせこけた犬が迷い込んできて・・・。夢と情熱、そして1匹の犬の活躍によって、男たちはついに自分たちのサーカスを上演する。切ないラストは映画を見終わったような余韻を残してくれる。

  • 「運命なんてない。ただ運があるだけだ。」

  • どうなのかしらこの終わり方。「え!」こいいうのがフランス式のオチなのか。社会の底辺(というか、社会からはみ出ている)男たちが団結してサーカスを作るが、やはり人生楽には行かないもんね。ほのぼのとした物語として読んでいただけに、余計に悲しい読後感。

  • 可愛らしい表紙に惹かれて読んでみました。
    ほのぼのした作品。

  • 動物好きなので、時々動物が登場する話を読みたくなります。
    で、犬の話だと思って図書館で借りてきました。
    シェパというかわいい犬が登場するのですが、むしろ、酒臭く、汗臭く、社会の底辺でサーカスの夢を見る男たちのお話でした。

    グランはリーダーのマルコのもと、仲間たちとサーカスの裏方、バルトラングの仕事をしていた。
    社会からドロップアウトした男たち。
    互いの過去も知らず、それでも日々の暮らしのためささやかな楽しみを見つけながら、汗水たらして働いていた。
    そこに現れた一匹の犬、シェパ。
    彼らのアイドルとなったシェパは特別な才能を持っていた。
    そして――というお話。

    男たちのバカ騒ぎがなんだか微笑ましいけれど、どこか鬱屈した何かをを紛らわしているような切なさも感じる。
    サーカスという特別な空間を作り出していく過程にひきこまれながら、物語自体も徐々に高揚していく感じがいい。
    楽しめて、そしてしみじみ。
    バルトラングの男たちとともに、いい夢を見させてもらったような気持ちになりました。

  • 軽くてかわいいお話☆

  • 表紙の犬に惹かれて購入
    表紙買いで珍しく当たりでした。

  • シェパ(知らない)という名前の小さな犬を巡る、フェリーニの「道」を思い出すような話である。ある日サーカスのテントを守る人々の中にまぎれ込んで来た犬が、実は芸をこなす犬としては天才的な才能を持っていることが解る。その才能にテントの影にずっと身を顰めていた人々は惚れ込み、夢をかけてみる。その人々の悲喜交々が描かれている。

    フェリーニの映画がそうであったように、この物語は白黒でしか語れない佇まいがある。それはつまり、現代という擬似総天然色の色彩に埋め尽くされた世界において、一種時間が切り離されたような世界がそこに存在する、ということでもある。しかしそのモノクロームの世界が色彩を持っていないのかといえば、むしろ、奥行きとでもいったらよいような色の拡がりがあり、語られるものの立体像はより鮮明なのである。そして、陽の下で輝く白が明るければ明るいほど、その影となる灰色は深さを増し、そのコントラストに読むものは目が眩むのだ。

    黒ではなく、白でもない、その中間の灰色の持つ多様性、そこに最も惹かれるものがある。この物語は、言ってみれば全篇その灰色が描かれていると言ってもよい。灰色の微妙な濃淡に目が慣れてくると、淡い部分は白く見え、濃い部分は黒く見える。不思議なのは、この本では奥歯をぎゅっと噛み締めなくては読み進めないような文章に幾つも出会うのだが、それが、暗い色の部分ではなく、明るい色の部分で起こるということだ。その明るい部分にある白さ、単純に言えば純粋さと言えないこともないものに、何か突き動かされそうになるのである。その純粋さが裏切られるであろうという予感を秘めているからこそ、尚更白くそして悲しく輝いてしまうのだ。

    例えば、シェパが芸犬として初めて客の前に登場する場面がある。その描かれ方に作者リュドヴィック・ルーボディの真骨頂があると言ってもよい。シェパは白い小さな犬である。舞台の上では今しも客が息を顰めてその犬の芸を食い入るように見つめている。しかし、その様子を語る物語の主人公グランらは必死に見世物小屋の客席を下で支えている。彼らにはシェパの芸は見えていない。しかし、客席の息づかいが支えている支柱を通して、空気を通して伝わってくる。決して日の当たらない場所にいながら、それでも自分たちの最も白い部分であるシェパを通して受けるわずかな白さが、彼らに届く時、どうしても鼻の奥が愚図つかずにいられなくなるのだ。

    この物語が白黒で描かれていることは読み始めてすぐに気づくことでもある。ということは、その白は投影機の燈が落ちれば暗くなる運命であることにも敏感にならざるを得ない、ということでもある。シェパの運命は恐らく、最後の頁をめくらなくても読者には了解される。そして、出し物の成功を祝うシーンで奥歯をぎゅっと噛み締めながら、この頁をめくると何が待っているかに気づいてしまう。その予感は的中する。シェパは最も純粋な形のまま、この世から去ってしまう。その時、なぜか悲しみは心の中で広がらない。広がるものは、シェパの尻尾を振る小さな姿ばかりなのだ。その時、自分はなぜか奇妙なことに嬉しくさえある。

    その後に語られるシェパを巡る人々の消息は、映画的エピローグとして成立してはいるけれど、語られる必要は敢えてない物語でもある。もちろん、この本の主人公たちはシェパではなくて、その犬に自分たちの夢をかけた人々の方であろう。感情の起伏に富んだ愛すべき人々だ。しかし、そこに一人、いや一匹、ものも言わず、そして疑うこともない生き物が存在していること、そのことが、実際にはこの物語の全てであると言ってもよい。人々の方は、大勢出ては来るけれど、結局はどの人物も同じ色の存在であり、個性の違いを作者が必死に描くほどには、読むものにその違いは伝わらない。ほんのひととき、シェパが登場する前に語られる物語の中でだけ感じられる人々の間の濃淡のコントラストは、シェパとの対比の中で容易に消えてしまい、個性を失う運命にある。であるからこそ、その後の消息は語られるべきだったのか、という気持ちが残る。もちろん、エピローグとしてその在り方は文句がない。翻訳者もこの物語を短く「だが、『サーカスの犬』はシェパの物語ではない。シェパと、彼を取り囲む人間たちの物語なのだ」とまとめている通り、そのエピローグがその構図をはっきりさせる役割を果たしている。しかし、そうだろうか、と思わざるを得ないものが残る。同じく翻訳者が「今の世の中、人間が好きだと胸をはって言える人間がどれだけいるだろう。だが、この本を読んだ直後ならつい、言ってしまいそうだ」と吐露したのは、その構図から生まれるものではないと思う。あくまで、シェパの白さがまぶしいから、目をくらまされた心がそう思ってしまうのだと自分は思う。

    サーカスを開く決心をしたテント小屋の裏方の親方が、奥さんを説得し切れないのを見て、主人公グランが説得を試みる場面が、どうやら自分の中に引っ掛かっているようだ。「一度、影に落ちたら、もう二度と這い上がれないんだ。どこへいっても影がついてまわる。でも、影の中にいるからこそ、光に憧れる。」その言葉を吐いたあと、グランは、その中間にあるものとして「スタンド・バー」という位置を示してみせる。そこが、影の辿りつける最も明るい部分であると言うのだ。しかし、中間に辿りついてみれば、そこにも依然として光と影はあり、灰色の中で濃淡に心を奪われる人々が存在しているだけのことなのだ。そのことは語られないけれども、サーカスの興行が成功しても、それで全ての黒が白に近い灰色になるわけではないことは、読者も理解する。そして、シェパの白がじわじわと灰色になることも覚悟しなければならない。そうであるからこそ、シェパの突然の死は、とても安らかな気持ちを持って受け止められたのかもしれないな、と思う。だからこそ、やはりこの物語はシェパの物語であるのだと、一人納得するのだった。

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サーカスの犬の作品紹介

俺たちバルトラングは、サーカスの裏方だ。テントの設営と解体が俺たちの仕事。華やかな舞台の陰で、興行が無事にすむように汗水たらして働いている。ある日、テントにやせこけた灰色の犬が迷い込んできた。シェパと名づけたその犬は、俺たちのアイドルになった。だが、それだけではなかった…。実はシェパは、ショーのために生まれたような天才犬だったのだ。シェパをスターにして、俺たちのサーカスを作ろう!バルトラングの男たちの夢が始まった。年間最優秀作品とフランスの文学界が絶賛!!カルフール・サヴォワール新人賞、2003年シネレクト賞受賞。

サーカスの犬はこんな本です

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