虚数 (文学の冒険シリーズ)

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  • Amazon.co.jp ・本 (326ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784336035936

作品紹介・あらすじ

人体を透視することで人類を考察する「死の学問」の研究書『ネクロビア』バクテリアに英語を教えようとして、その予知能力を発見したアマチュア細菌学者が綴る「バクテリア未来学」の研究書『エルンティク』人間の手によらない文学作品「ビット文学」の研究書『ビット文学の歴史』未来を予測するコンピュータを使って執筆されている、「もっとも新しい」百科事典『ヴェストランド・エクステロペディア』の販売用パンフレット。人智を越えたコンピュータGOLEM 14による人類への講義を収めた『GOLEM 14』様々なジャンルにまたがるこれら5冊の「実在しない書物」の序文とギリシャ哲学から最新の宇宙物理学や遺伝子理論まで、人類の知のすべてを横断する『GOLEM 14』の2つの講義録を所収。架空の書評集『完全な真空』に続き、20世紀文学を代表する作家のひとりであるレムが、想像力の臨界を軽々と飛び越えて自在に描く「架空の書物」第2弾!知的仕掛けと諧謔に満ちた奇妙キテレツな作品集。

感想・レビュー・書評

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  • 〈序文〉
     情報洪水という見方はもうアップデートしても良い頃合いだと思う。エコロジーそのものが、外的情報の海洋領域と、内的情報の陸地領域のバランスを決定的に変えてしまったとみるべきだ。

     この段階では直接情報を自分の五感で摂取しなくとも、食物連鎖による生物濃縮のように、他者や環境を通して間接的にどんどん情報を摂取することになっている。もうスマホと閉じても、テレビを消してもしょうがないところまで来ている。

     さて、そのなかで内臓音楽なる自然的な創作物を望んでいる著者のスタイルも今では珍しくない。解毒や治癒としての対処療法。そのための文学、芸術。が、そのものがさらにこの情報環境全体に取り込まれていく状況。

     パブリックから切り離されたプライベートな領域に置ける、個人的に重要な意味を持つ芸術や文学。孤独から生まれた孤独へと帰っていくような、暗室のなかの灯りのようなもの。

     それが序文のための序文、もといメタフィクションであるのかどうかは別として、純粋な虚構性を探しに行こうと旗揚げしたこの序文には、錆びない切れ味が宿っているように感じた。(2023/12/12)

  • 未来に出版されるはずの本への序文集――としての
    短編小説集というメタフィクショナルな一冊。
    「架空の本」の批評ではなく、
    この先“書かれるに違いない作品”について
    「序文」の形式で前以て概要を語ってしまおうという点が、
    ボルヘスと少し異なるが、

     > 長大な作品を物するのは、
     > 数分間で語りつくせる着想を
     > 五百ページにわたって展開するのは、
     > 労のみ多くて功少ない狂気の沙汰である。
     > よりましな方法は、
     > それらの書物がすでに存在すると見せかけて、
     > 要約や注釈を差しだすことだ。

    というボルヘス『八岐の園』~「プロローグ」
    (岩波文庫『伝奇集』p.12)での《宣言》と、
    精神的に相通じる一冊。
    本書全体の序文を書いた
    梅草甚一(!)なる人物――肩書きは日本挨拶学協会会長――も、

     > たとえいい本であったとしても、
     > 量があまりに多くなれば、
     > それは単なる騒音となり、
     > 人は情報の大海に溺れてしまう。【略】
     > 本当なら分厚い本をもっといくらでも書けるのに、
     > そこをあえて自制して、
     > 最小限の形式の書評や序文で
     > 〈書くことへの欲望〉を
     > 処理したのではないだろうか。(p.2-3)

    と述べているとおり、
    SFからミステリから何から
    一通り書き尽くしてしまった碩学の作家が
    その後に着手したのは、
    大きな物語を圧縮する試みという体裁を取った
    「一つ上の次元」の著述だったのだろう。

    内容は、
    特殊な撮影方法による写真集に付された
    序文(という体裁のフィクション),
    アマチュア細菌学者の、
    培養基に入れたバクテリアに刺激を与え、
    モールス符号で文章を綴らせるという実験の記録,
    人の手を介さず、
    コンピュータが小説を綴るようになった時代、
    そうした作品は「ビット文学」と呼ばれた……
    ということで論述される「ビット文学史」。
    1970年代に、
    AIが小説を書き上げるようになった現代の状況を
    透視していた作者レムの「予見」の鋭さに戦慄。
    そして、
    未来の予測に基づいて記述された(!)項目から成る
    百科事典の宣伝パンフレット及び
    付録の本体見本ページという構成(=設定)の
    フィクション。
    ラストは「GOLEM XIV」。
    これは
    General Operatior,Longrange,Ethically Stabilized Multimodelling
    =「長期倫理的安定化マルチモデル汎用オペレータ」略称GOLEM
    と名付けられたコンピュータ・シリーズが
    ホワイトハウス附属機関の最高位に就任したり、
    陸海軍の最高司令官として指揮を執ったり、
    ヒトとは何かを論じた講義を行ったりして、
    バージョンアップの度に自我を肥大させていく様子を
    描いた作品。
    ゴーレム(golem)という語が、
    ユダヤ教の伝承に登場する自力で動く泥人形で、
    胎児の意であることを思い出すと、
    彼が好き放題に振る舞う歪んだ子供のように感じられる。
    しかし、彼を作った人物が
    命令文を少し書き換えれば元の土塊に戻るはずなのだ……
    と思ったものの、どうやら彼はその手を逃れ、
    ヤコブの梯子の彼方の宇宙へ遁走したらしい。

  • 知的生命体というものが神の計画によるものではなく、遺伝子の伝言ゲームによってもたらされた取るに足らないものであるということを強く思い知らされた。我々人間は知性を持っているという点で他の生物よりも優れていると思っているかもしれないが、そもそも知性とは植物などが持っている光合成のような優れた能力を失ってしまったことに対する代償にすぎないのです。

  • 架空の書物についての序文と講義が収められた作品集。「完全な真空」と対になっているようにも感じるけど、もっと突き抜けた印象も受けた。難解ではあるけど、今作もフィクションと現実の境目が曖昧になっているような感覚には惹かれる。

  • 〈実在しない書物〉の序文集と、人智を越えたコンピュータGOLEM 14による講義録を収めた作品集。
    前半の序文集も愉しいけど、後半のGOLEM 14の講義録が素晴らしすぎる。そこに込められた情報量や、「進化」や「知性」に対するドーキンス風の覚めた視線、想像力に圧倒される。そういえば前半に収録された架空の書物も進化、知性を主題にしたものが多かった気も……。

    冒頭に「日本語版への序文」を置くという”お約束”も素敵。誰だよ、”日本挨拶学会会長”梅草甚一ってw

  • 互いに認識しあうことも理解しあうこともない知性同士のコンタクト、っていうのはレムが何度も何度もしつこく書いてきたテーマな訳です。<BR>
    脳や言語、その他肉体的なもろもろの構造に制約された私たちヒトが持てる知性には独我論的ではない、種としての限界がどうしても生じるがために、ヒトの構造とは共通点がない構造から生じた知性との相互理解なんて無理だよね。という。<BR>
    <BR>
    そういう彼の考えは、まず「侵略か共存しかしないSFの異星人なんて笑っちゃうぜ!」という形で表れて「砂漠の惑星」「天の声」「ソラリス」等の作品の中核になり、<BR>
    人間に興味を持たない、というか他種の知的生命体として認識すらせずに、ただそこにいて自分達の知性を駆使して何らかの活動を営んでいるようなものたちを生み出してきたのだけれども(惑星ソラリスはちょっと例外的な行動を取るけれど)。<BR>
    その核となっている思想を、SF的な背景を極限まで削ぎ落として煮込みに煮込んだのが、この本。<BR>
    ある意味レムSFの集大成。<BR>
    <BR>
    この本の構造を大まかに言うと、四冊の架空の本のための序文を集めた前半部分と、人間の知能を超えたコンピューターの人間への講義録を収めた「GOLEM XIV」、という二部構成になっています。<BR>
    一応、前半部分は後半のテーマとなる部分をゆるーく取り扱うことで、準備運動としての機能も果たしているじゃないかと思いますけど、「GOLEM XIV」のあまりのぶちぎれっぷりに、それほどこういうジャンルに興味がない人だと前半だけ読んでお手上げーということも結構あるんじゃないかと。<BR>
    <BR>
    「意識」等、人工知能関係の核となるものの定義すらあやふやだし、そもそも人間的なものから離れた知性を具体的どころか漠然と想像することすら難しい今だと、やっぱり「GOLEM XVI」も所詮SF、夢物語に過ぎないのかもしれない。<BR>
    それでもそういうフィクションの場を作り出したレムの想像力、テーマの掘り下げ方の尋常じゃなさっていうのは常人からかけ離れていると思うのです。<BR>

  • 自分には難解。今後も読まないだろう。

  • ベストSF90年代年9位

    mmsn01-

    【要約】


    【ノート】

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著者プロフィール

スタニスワフ・レム
1921 年、旧ポーランド領ルヴフ(現在ウクライナ領リヴィウ)に生まれる。クラクフのヤギェロン大学で医学を学び、在学中から雑誌に詩や小説を発表し始める。地球外生命体とのコンタクトを描いた三大長篇『エデン』『ソラリス』『インヴィンシブル』のほか、『金星応答なし』『泰平ヨンの航星日記』『宇宙創世記ロボットの旅』など、多くのSF 作品を発表し、SF 作家として高い評価を得る。同時に、サイバネティックスをテーマとした『対話』や、人類の科学技術の未来を論じた『技術大全』、自然科学の理論を適用した経験論的文学論『偶然の哲学』といった理論的大著を発表し、70 年代以降は『完全な真空』『虚数』『挑発』といったメタフィクショナルな作品や文学評論のほか、『泰平ヨンの未来学会議』『大失敗』などを発表。小説から離れた最晩年も、独自の視点から科学・文明を分析する批評で健筆をふるい、中欧の小都市からめったに外に出ることなく人類と宇宙の未来を考察し続ける「クラクフの賢人」として知られた。2006 年死去。

「2023年 『火星からの来訪者』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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