夜になるまえに

  • 国書刊行会
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  • Amazon.co.jp ・本 (428ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784336037794

作品紹介・あらすじ

極貧の幼年時代、カストロに熱狂したキューバ革命、作家としてのデビュー、そして投獄。自由を求めて脱獄を重ね、最後は難民にまぎれてアメリカへ亡命した作家が、死の直前に語りおろした破天荒な自伝。

感想・レビュー・書評

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  • キューバの作家アレナスの自伝。同性愛者で反体制的な小説を書いたという理由で政府から弾圧を受け、投獄されたり強制労働をさせられたり。アレナスのタフさと共に、全体主義の恐ろしさを痛感した。アメリカに亡命できたところまで読んだときには、「よくぞ生き延びてくれた!」と手を合わせたくなったほど。あんなにハードな経験をさせられて、それでも書くことを止めないとは... 文学史上に残る作品を、本当に身を挺して残してくれたひとなのだ。

    特に感銘を受けたのは、出所後のその日暮らし。自分を密告してひどい目に合わせた元友人との交流さえ復活させて、とにかく生き延びる執念。人はあっけなく死に、簡単には死ねず、なんというカオスだろう。それなのに、やっと亡命できた後、アレナスはルーツであるキューバから切り離されて、本来の生を生きている実感は持てなかったようだ。根なし草になる寂しさ。まだ薬がなかった時代のエイズ発症。とても悲しい。

    巻末の解説で、日本語に訳されていない数々の作品が紹介されている。本作で何度も言及される、『ふたたび、海』が気になる。原稿を奪われたために三回も書き直したんだそうだ。

  • キューバに花咲く、ギリシア的世界。
    神話的でさえあるけれど(カストロ共産主義体制下の閉ざされた世界がよけいにそうさせているのだろう)、これは神々の響宴ではなく、生身の人間の経験の記録。

  • キューバ生まれでアメリカに亡命した作家、アレナスの自伝的小説。キューバの田舎での少年時代、貧しさに追いやられ都市に移り住んだ青年時代、バティスタ政権からカストロ政権への移り変わりと独裁による迫害を経験し、そして最後はアメリカに渡り客死する。その人生の一部一部を日記のように綴った作品。
     貧困や抑圧の連続、友人たちの裏切りなど悲惨な境遇の描写も湿っぽくなりすぎず、ユーモアのある語り口で訥々と語られていきます。
     印象的だったのは、アレナスの人生通して性交というものがただの快楽を得る行為以上の大きな役割を担い、とてもそれを肯定的に捉えているってことですね。ある意味、色々な性交スタイルの移り変わりの物語として読めるほど。
     少年時代の自然と人が一体化している、というか人が自然の一部として過ごしていた田舎での自然を相手にしての性交。そこでは当たり前のように雑談の話題にのぼるようなものでこそないけれど、若者たちは罪悪感なくその自然、動物やあるいは植物との性交を楽しみ、大いなるものとの一体感を得ることができていました。もちろん自然の一部である人間とも。性別など、その行為にとってはささいな問題。しかし都市に出てくると、同性愛への偏見にさらされ、自分を偽ることを余儀なくされてしまいます。それは多分に男尊女卑的な空気から出ているもので、男役をする分にはそうハードルは高くなかったようです。大っぴらにできないながらも多くの人と性体験をするアレナス。やがて革命政権を樹立したカストロが、社会の様々なことを共産主義的に規制していくなかの政策の一部として、同性愛は犯罪になってしまいます。そこからは悲惨のひとこと。しかしこれが原因で逮捕され強制労働を強いられる人が後を絶たないなかでも、やはりいくら犯罪にしたところで、人のありようが変えられるわけでもなく、取り締まりを掻い潜って同性愛の性交は行われ続けます。公安によってアレナスの作品が反革命的だとされ、家への監視の目が厳しくなれば、浜辺、公園や森、その他さまざまな場所で〝友人たち”と性交する。あまりにいろいろな人たちと体を交えているのでなんか色狂いみたいに見えてしまいそうですがそうではなくて、その相手への尊敬と愛が感じられて、ひとつの崇高なコミュニケーションであるように感じられます。その後、愛人でなくなってもいい友人になるケースも多いですし。亡命してからもその関係は続いたりもしています。いよいよアメリカに亡命してのちもアレナスは居心地の悪さと孤独を感じ続けます。西側資本主義社会は、イデオロギーの代わりに金がすべてを支配し、金によって抑圧される社会だったからです。町や景観との一体感や誰のものでもない自然などはやはり失われたままで、幼少期から取り戻すことはできなかったわけです。そこでは見えざる力(金による独裁)によって効率化、カテゴライズが行われていて、同性愛者は同性愛者と、異性愛者は異性愛者とのみ関係をもつことが当たり前になっている状況ができあがっていました。キューバでの少年時代はどうも妻帯者が別の男性と性交したりするのも当たり前に行われていたようで、そういう男性と知り合えないっていうのがアレナスは不満だったみたいでちょっと興味深かったです。でもよく考えると、江戸時代以前の日本も割とそうでしたよね。同性同士の関係が”異常”で忌避すべきものなんて感覚は薄かったのではないかと。異性愛と同性愛と、きっぱり分けて考えて愛する相手を限定してしまうのもつまらないことなのかもしれません。
     アレナスがニューヨークに来てからの、景観との一体感を得られず苦悩する気持ち、ちょっとだけ共感できます。ニューヨークを評して「一服するために坐る椅子や吸い込む空気にドルを払わずにすむような場所のない、冷酷な巨大な工場なのだ(p401)」と言っていますが、改めて言われると確かにそうですよねー。東京でも、疲れたからっていきなり道路わきに座り込むわけにもいかないですし。やっぱ喫茶店で休憩するのが一般的です。都市では、誰のものでもないけれど誰でも自由にしていいもの、ってのが極端に少ないですからね。
     ともかく、熱帯の貧しい田舎の現実、独裁政権下の悲惨な現実、亡命者の厳しい現実などが、納得できない状況に迎合することのない強い作家アレナスによってほどよい生々しさで描かれるている、面白い本でした。

  • 息が詰まるような読書体験だった。死ぬまでずっと絶えず抑圧を強いられてきたアレナスの苦しみを真に実感するには私は人間としてかなり甘い。何よりもその制圧からの反動として迸り出る生へのエネルギーに圧倒された。常に背後に死神の気配を感じながら強く生きることの緊張が、溢れるリビドーとなり、自由への渇望となり、魂の叫びとなって奔流する。彼は自分の魂(書くこと)を守るため亡命を果たすが、最後まで想いはキューバの地にあった。あれほど追い求めた自由が死によって齎されるとはあまりに無常だが、それは最後まで戦い抜いた魂の証だ。

  • 映画が大好きでもっとレイナルドについて知りたくなって本に手を出しました
    エロティックな冒険の描写が多分に出てきますがそれはもう性のカルチャーショックというか…(笑)
    貧しい家に生まれたレイナルドだが、自然の魔性を愛し、海を愛し、カストロは憎くとも祖国を愛し、たくさんの友人に裏切られながらも本当の友人を愛し、最期は自殺という選択を迫られたその壮絶なる一生涯が描かれています
    キューバとカストロのイメージが一転
    社会主義国、独裁者の国の実情というものもまざまざと感じとれました
    そうした抑圧のなか、レイナルドにとっては書くことは生きることそのもの
    性に奔放で自由の精神、自然に対するとても美しい感性を持ち生き抜いたレイナルドに再度共感し感動しました
    また読み直したい本です

  • 「僕は2歳だった、裸で立っていた。前屈みになって地面に舌を這わせた。僕が覚えている最初の味は土の味」
    1行目から引き込まれる。

    著者はキューバ出身。6歳で同性愛を自覚し生涯で1000人もの男と寝た。カストロのキューバ革命に同調し軍に入るがやがて絶望する。作家を目指し少しずつ認められるが、危険思想と同性愛で収容所に入れられる。出所後は国中スパイだらけで誰にも心を許せない。アメリカに亡命しエイズが発覚。あと3年生きて自伝を書いて自殺を決意した。
    人生の夜が来る前に書かれたのがこの本。どんなに過酷な目にあっても根底にはユーモアと自由への渇望がある。

    著者が死ぬ前に友人に送った文章の最後の言葉。
    「キューバは自由になる。僕はもう自由だ」

  • キューバ人亡命作家、レイナルド・アレナスの自伝。
    カストロ政権下のキューバの、おもに闇の部分を知ることができた。かなり衝撃的。
    あの時代のキューバでは、カストロにたてつく者は徹底的に排除されたんだね。今は違うと思うけど、あまりにひどくてびっくり。

    社会主義について、もっと知らねば!と思った。
    それと彼の激しいゲイライフにも衝撃をうけた!奔放すぎる。
    あと印象的だったのは、土を食べていたとか、動物や植物とセックスしたという幼少時代の記述。自然と性が直結している田舎の生活が興味深い。


    ―単に政治的姿勢のせいでボルヘスはノーベル文学賞を阻止されたのだ。ボルヘスは今世紀の最も重要なラテンアメリカの作家の一人である。たぶんいちばん重要な作家である。だが、ノーベル賞はフォークナーの模倣、カストロの個人的な友人、生まれながらの日和見主義者であるガブリエル・ガルシア=マルケスに与えられた。その作品はいくつか美点がないわけではないが、安物の人民主義が浸透しており、忘却の内に死んだり軽視されたりしてきた偉大な作家たちの高みには達していない(P.390)

    Antes Que Anochezca

  • これはスゴい本!
    内容としては著者の自伝。
    キューバ国内においては圧政と弾圧と、亡命後は周囲の偏見と孤独と、文学を書くことで戦い続けた著者の人生。
    特にキューバ国内での半生に大半が費やされており、カストロ体制の残酷さを徹底的に告発している。人々の自由を奪い、友人たちを密告者に変えてしまい、国民のほとんどを貧困のどん底にたたき落とした社会主義革命下のキューバの重苦しさがありありと伝わってくる。

    にもかかわらず、この作品は全編に著者のユーモアが溢れており、読んでいて陰鬱な気分にはまったくならないところが凄い。
    著者自身、ユーモアこそ困難を乗り切り生き続けるために必要だと述べている。

    余談だが、作中に続々と中南米の有名な作家が登場するのもなかなか楽しい。
    ガルシア=マルケスとカルペンティエルのことをちょっと嫌いになるかもしれない。

  • 命を賭けないと書きたいものが書けない。アイデンティティを否定され、国家に追いかけ回されて、文学仲間に裏切られて、投獄される。
    それでも書くのを辞められなかった。それでも本当を書きたかった。
    死を目前にしても尚、強い信念を失わないことの壮絶さが前書きから伝わってくる。

  • 映画も観たいのになかなか機会がないのと、ある図書館から蔵書が消えたのをきっかけに、別の図書館で借りて読むことに。

    生々しい性描写に緊張しながら読みました。本当にほとんどキューバの男性は!?と思わせられながら。
    そして、カストロ体制から受ける扱い、刑務所のありさまや、亡命に至るまでの様子は、別の緊張感がありました。

    とにかくエネルギッシュ!性的にも生きることにも暑苦しい。もっと線の細いタイプかと思っていたら、猛烈に肉食系…
    でも、亡命後は病気のせいもあったのか、書かれている内容も少なく、トーンも低め。

    キューバを愛しながら、キューバに戻れなかったレイナルド・アレナス。
    今までよくわかっていなかったキューバの近代史を突きつけられました。
    そして、物事は一側面だけでは測れない…という思いもより強くなりました。

    ラテンアメリカの魔女的感覚が好きですが、それに対する考えもうかがえました。

    ふう、重い内容でしたが、おもしろかった。
    悲劇的な部分とユーモアあふれる部分が入り乱れ…
    ラテンの人たちは、パワフルです。

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著者プロフィール

レイナルド・アレナス
1943年、キューバの寒村に生まれる。作家・詩人。1965年、『夜明け前のセレスティーノ』が作家芸術家連盟のコンクールで入賞しデビュー。翌年の『めくるめく世界』も同様に入賞したものの出版許可はおりなかった。だが、秘密裏に持ち出された原稿の仏訳が1968年に仏メディシス賞を受賞し、海外での評価が急速に高まる。ただ、政府に無断で出版したことから、その後いっそうカストロ政権下での立場が悪化。そうした国内での政治的抑圧や性的不寛容から逃れるため、1980年、キューバを脱出しアメリカに亡命する。主な作品には『夜明け前のセレスティーノ』から続く5部作《ペンタゴニア》(『真っ白いスカンクどもの館』『ふたたび、海』『夏の色』『襲撃』)『ドアマン』『ハバナへの旅』、詩集『製糖工場』『意思表明をしながら生きる』、自伝『夜になるまえに』などがある。1990年、ニューヨークにて自死。

「2023年 『夜明け前のセレスティーノ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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