ぼくがカンガルーに出会ったころ

  • 38人登録
  • 3.36評価
    • (2)
    • (2)
    • (9)
    • (1)
    • (0)
  • 6レビュー
著者 : 浅倉久志
  • 国書刊行会 (2006年7月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (387ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784336047762

ぼくがカンガルーに出会ったころの感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  •  今という時代は、ヴォネガットがいない世界なんだと改めて思う。 「人間たちのやらかしているバカな行いに、腹が立って、悲しくてならないけれども、それでいて、そんな人間たちが大好きな」おじさんはグロテスクな世界を悲しく、美しく、滑稽に語った。
     単純に悪を糾弾するのではなく、例えば彼は愚かさ、貪欲さ、意地悪、インポテンツ、エゴイスト、好色、嘘つきを、愛すべき人に変えてしまう。これは立川談志がいう「業の肯定」と同じだと思う。 浅倉久志という人は、高校生の子どもに、代理人として伝えてくれた人だった。
     そうだったんだ!と納得したのは映画『ブレードランナー』で、地球に侵入したレプリカントは6人なのに、5人しか「回収」されていなかった謎について。予算の関係で削除されたが、録音された台詞の変更が技術的に巧く行かなかったからだそうだ。凡そ30年抱えていた謎が解けました。

  • 朝倉氏の翻訳は素晴らしいと思っているので、常々読みたいと思っていた。エッセイだと思っていたけれど、書評に近いのかな。表題が「翻訳とSF」というそのものズバリで笑ってしまった。「ぼくの好きなSF作家たち」のまきが面白かった。名前しか知らなかったカート・ヴォネガッドを読んでみようかなと思った。R.A.ラファティは、もちろん名前を知っていたけれど、こんな人、こんな物語だったのかと。たぶん読まないと思うけれど、良い話(本そのものと、作家の人物像)だなと思った。

  • ディックも少しだけ、カート・ヴォガネットは全く読んでいないので、中盤以降は読み進められなかった。でも、思いのこもった良書だなぁ、という雰囲気は伝わった。
    若い頃にペーパーバックを読みまくっていた話はとても興味深く読めたのと、自分が好きなジョージ・アレック・エフィンジャーのところは再読。

  •  SFというよりエッセイ。浅倉久志さんのエッセイだから、楽しみ。あとがき集とか若い頃の話とか。

     やはり話題の中心は、ディックとヴォネガット。私の大好きな作家だ。特に後者は死ぬまでに全巻一気に再読しようと決意している作家だ。

     久しぶりに、ヴォネガット読みたくなったなー。

  • 浅倉久志さんが亡くなった。

    年齢的に覚悟はしなければいけないところだったけれども、やっぱりショックだ。
    代表的な仕事をあげようとして『ぼくがカンガルーに出会ったころ』の翻訳リストを読み直してここに書き写そうかと思ったんだけど、膨大すぎてあきらめた。これは、そのまま世界のSF傑作選のリストになってしまうではないか!

    中学・高校のSFを読み始めのころなんて、訳者が誰かなんてことはあまり気にしないものだけれど、ある時期に「自分が面白いと思うSFはたいがい浅倉さんという人が訳している」と気付くようになる。水鏡子氏も似たようなことを言っていたはずだ。

    この人が訳せば読みやすくて面白くなるんだなという信頼は、この人はつまらないものは訳さないんだなという判断の基準にもなった。名前を知らない作家でも浅倉さんが訳しているのならひどいものではないのだろうと手にとってみたりね。

    他の訳者の手による文章で正直、何を言っているのか分かりづらいものを読むと、「浅倉さんに訳しなおさせろ!」と思ったり、いっそ、SFは全部浅倉さんが訳せばいいのになと考えるようなこともあった。

    クレメントの『重力の使命』をSF初心者の女の子に読ませて大成功したという話も以前書いたが、これだって浅倉さんの訳だから成立したのだというのは、相手も認めているところである。バーレナンたちは浅倉さんの手によって、日本での生命を得たと言っていいんじゃないかな。

    浅倉さんの手を経ることで読みやすい日本語になるために、浅倉さんが訳す作品自体が最初から分かりやすいものと思われることもあるかもしれないけれど、マッケナの傑作「闘士ケイシー」なんか浅倉さん以外の訳だったら、もっと頭でっかちの実験的な前衛小説的な雰囲気になってしまったのではないかと思う。


    当たり前といえば、当たり前のことなんだろうけど、この人は作品のことを原文の段階で深いレベルまで理解しているんだなと思った。ヨコのものをタテにすれば翻訳という作業が成立するわけではないというのを実感したのは、浅倉さんの訳文に触れていたからだろう。

    だから、いつかも書いたと思うけれど、翻訳という仕事は、その作品の(当該言語での)最初にして最高の批評である(べきだ)というのは、浅倉さんの残した作品を読んできた上で思ったことだ。


    大ベテランの域に達していながら、昔馴染みのくたびれがきはじめた作家を作業的に訳すのではなく、常にその時々の新しい作家に手を出すことをおそれない姿勢もすばらしかった。

    ニュー・ウェーブのバラードから、LDGのヴァーリイ、サイバーパンクのギブスン、いやそれどころか最先端のテッド・チャンまで、なんやかやと理由をあげて「最近のSFはつまらない」とこぼして、同時代のSFから離脱して、懐古的な作品ばかりを愛好するようになってもまったくおかしくない世代であるにもかかわらず、浅倉さんはその時々のSFを射程に収めていた。

    驚くのはチャンの『あなたの人生の物語』収録作品中、浅倉さんの訳による「顔の美醜について-ドキュメンタリー」の語りが、もっとも若々しかったことだ。最初、訳者の名前をチェックしないまま読んでいたときは、若手のイキのいい女性の訳者が出てきたのかと思って、あとで浅倉さんの名前を見てひっくり返った。

    だからといって、浅倉さんは目先の流行を追いかけているわけではなく、本質的には、時代を超えて普遍的な作家であるディックやティプトリー、ラファティ、あるいはヴォネガットやスミスといった作家をレパートリーとしていた。

    ほとんど翻訳超人と言っていいと思う。



    SFの世界に浅倉久志がいてよかった。

    SFの人とミステリーの人という大ざっぱな住み分けがあるのなら、SFの人がミステリーの人に対してポイントを主張できる大きな論拠に「SFには浅倉久志がいるんだぜ、へへん!」というのがあるわけだ。むろん、浅倉さんはミステリーも訳しているけど、やっぱりメインの仕事はね。



    かつてサッコとヴァンゼッティの手紙の訳をあるミニコミに載せるという企画が持ち上がったことがあるが(のちに中止)、浅倉さんがヴォネガットの『ジェイルバード』で一部訳した文章を読んでいた僕としては、これは浅倉さんのテイストでいってほしいなぁと思ったものだった。無理に決まってるが。

    「救いを求める弱い人たちを助け、訴えられた人や犠牲者を助けてあげなさい。その人たちはおまえのよい友だちだからです。その人たちは、きのうお父さんとバートロが戦って死んだように、すべての貧しい労働者に自由の喜びをかちとるため、死ぬまで戦ってくれる同士です。この人生という戦いの中で、おまえはもっとたくさんの愛を見出し、そして愛されるでしょう」
    (ニコラ・サッコの息子への手紙の一説『ジェイルバード』より)


    あるいはラファティのこの文章も浅倉さんでなければ、これほど力強かっただろうか。

    「最初のリストに書きもらしたグループが一つある。それはこの世界のもう一つの秘密結社で、善玉たちから成り立っている。その結社には、ただの〈善玉たち〉という以外、これといった名前はないらしい。いまのところ、この結社は世界のなにも支配していない。しかし、それはかすかな胎動を見せている。いまにそれは動き出すかもしれない。そして、いつかはぶつかりあうかもしれない。そう、〈鰐〉そのものとさえも」
    (ラファティ「秘密の鰐について」)


    さて、浅倉さんの作品と言われると、あまり有名どころではないのだけれど思い浮かぶ短編が一本ある。80年に『世界ユーモアSF傑作選』に収録されたまま、埋もれたままだったのだが、06年の浅倉さん自選アンソロジー『グラックの卵』に再録されて、「あ、やっぱり浅倉さん、これ好きだったんだ!」と喜んだものだ。

    SF史に残すべき傑作佳作というわけではなく、小品としか言いようのないものなのだけれどもね。


    「きみがそう思ってくれるとはうれしいな。いつもみんなは、すてきですよといってくれるけど、あれはただのおせじ」コルコは暗い顔になって、地面を棒でつついた。
    「ガムドロップあげよう」レイモンドはいった。
     コルコはにっこりした。「きみはいい友だちだよ、レイモンド」
    (ウィルスタントン「ガムドロップ・キング」)



    浅倉さんがいなくなると、これからのSFはどうなるのという不安は強いのだけれど、それでもSFは続く。

  • カート・ヴォネガット作品のあとがきが全部読めるのだそうだ。週刊朝日の書評欄で。

全6件中 1 - 6件を表示

浅倉久志の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ロバート・A・ハ...
トマス・M.ディ...
ウィリアム・ギブ...
アルフレッド ベ...
レイ ブラッドベ...
伊藤 計劃
筒井 康隆
ジェイムズ・P・...
チャイナ・ミエヴ...
ハーヴェイ ジェ...
有効な右矢印 無効な右矢印

ぼくがカンガルーに出会ったころを本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

ぼくがカンガルーに出会ったころはこんな本です

ツイートする