パウリーナの思い出に (短篇小説の快楽)

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制作 : 野村竜仁  高岡麻衣 
  • 国書刊行会 (2013年5月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784336048417

パウリーナの思い出に (短篇小説の快楽)の感想・レビュー・書評

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  • 初期から中期にわたる短編集からのアンソロジーとあって、SF寄り、サスペンス風、幻想味の強い作品と少しずつ違っていて、楽しく読めた。どうしても既読作品の印象が強いので、表題作や「大空の陰謀」のような、こちらの予想を一段階軽く飛び越えた結末の話が面白かった。表題作は「モレルの発明」に雰囲気が似ているし、「大空の陰謀」は「脱獄計画」を読み終わった後みたいに頭の中がこんがらがるところが、うわっとなる。

  • <セピア色の幻想。現実から半歩逸れた心許なさ。>

    ラテンアメリカ文学である。だがあまり強烈な色彩は感じない。淡い、目を凝らせば凝らすほど輪郭がぼやけていくような、靄を描写したような短編集。
    著者はボルヘスに絶賛されたという作家である。
    どこかで誰かの書評を見て、読んでみることにしたのだと思うのだが、今となってはきっかけが何だったかも定かでない。

    パラレルワールドのような話もあるが、SFのようにかっちりと作り込まれてはいない。だが逆に、それがある意味、リアリティを生んでいる面もあるように思う。

    夢の中で、「これは夢だ。夢だ。目を覚まさなくては。冷静に考えなくては」ともがきつつ、目が醒めない。そんな感じに似ている。
    不思議であったり、怪奇であったりするのだが、「怖い」というよりは「もどかしい」「心許ない」という方がふさわしいように思える世界である。

    個人的には、好みの世界というわけではなかった。十分に読み解けた気もしなかった。断片的に印象的なフレーズもあったはずだが、読み終わってみると確として挙げることもできない。詰まるところ、解釈する作品ではなく、その世界に身を委ねてみることでしか味わえない作品ということかもしれない。
    この本を読みさしで置き、眠りについた夜、自分が別の世界に行ってしまって、戻りたいのに両脇からその世界の人に腕を押さえられている、という夢を見たのは、自分で思っていたより、この作品に囚われていたのだろうか。

    今ひとつ掴みきれない中でも、よかったように思うものは、表題作の「パウリーナの思い出に」、「大空の陰謀」、「墓穴掘り」、「影の下」あたりか。
    だが、この作家の真骨頂は、実は自分にはよくわからなかった、これら以外の作品にあるのではないかと漠然と思ったりしている。


    *的を射ているかどうかはわからないが、ヘレン・マクロイの『暗い鏡の中に』をちょっと思い出した。鏡の奥には別の世界が広がっているのかもしれない。

  • 珠玉の短編集。どれも面白かったけれど、表題作の『パウリーナの思い出に』『大空の陰謀』『愛のからくり』あたりが好きだった。でも『墓穴掘り』も良かった。
    理路整然とした語り口で、いつの間にか幻想の中に入り込んでいる。それは自身の精神が見せる幻なのか、それとも世界の穴に落ちてしまったのか。心地良くその世界に酔いしれられる作品だ。

  • シリーズ名通り「短篇小説の快楽」。愉しみ溺れるコトになりそう。。。

    国書刊行会のR
    「人生とは神々を楽しませるための見世物にすぎない――幻影の土地に生まれた真の幻想作家ビオイ=カサーレス、本邦初の短篇集。愛の幻想、もう一つの生、夢の誘い、そして影と分身をめぐる物語。

    ぼくはずっとパウリーナを愛していた。二人の魂は結びついていた、そのはずだった……代表作となる表題作をはじめ、バッカス祭の夜、愛をめぐって喜劇と悲劇が交錯する「愛のからくり」、無数の時空を渡り歩き無数の自己同一性を生きる男の物語「大空の陰謀」など、ボルヘスをして「完璧な小説」と言わしめた『モレルの発明』のビオイ=カサーレスが愛と世界のからくりを
    解く十の短篇。本邦初のベスト・コレクション。《明晰でしかもとらえがたい曖昧さをたたえた文体、意想外の展開を見せるストーリー、巧緻をきわめたプロット、どれをとっても見事というほかはない》(木村榮一)

    アドルフォ・ビオイ=カサーレス Adolfo Bioy Casares(1914~99) アルゼンチンの作家。ホルヘ・ルイス・ボルヘスの共同執筆者として『ドン・イシドロ・パロディ六つの難事件』などの作品や選集を多数刊行、1940年発表の『モレルの発明』で真の幻想小説家として確固たる評価を得る。」

  • J.Gバラードのような世界の終わりを描いた短編があるかと思えばモレルの発明を思わせるようなSF風味の短編もある。

  • 「パウリーナの思い出に」★★★
    「二人の側から」★★★
    「愛のからくり」★★★
    「墓穴掘り」
    「大空の陰謀」
    「影の下」
    「偶像」
    「大熾天使」
    「真実の顔」
    「雪の偽証」

  • 幻想の短編集。
    けど、同郷のコルタサルやボルヘスとの幻想とは趣はずいぶん違う。
    現実から異世界への曖昧な境界を踏み出した後でも現実へと戻る道を示してくれるとことか、個人的な感情に寄り添い続けるとことか、読者を不安に放り出さない優しさがあって素敵。

  • あああ

  • 裏表テクスト
    ビオイ=カサーレスの「パウリーナの思い出に」(短編集)。ビオイ=カサーレスの3つの短編集から計8作品。昨夜読んだ標題作は「モレルの発明」と同時期らしい。ので、テーマも執拗に同じ。どちらが祖型でどちらが副産物なのか…まあ、どちらにしてもよくできた作品だなあ(笑)という感じ。パウリーナの姿を主人公の側からも恋敵の側からも読むことができる、という構成。その恋敵が書いた作品に出てくる装置は後に(前に?)「モレルの発明」や「脱獄計画」で全面展開される…
    余談ですが、昨夜ちら読みしてしまったレムのSF小説の定義?にビオイ=カサーレスの作品群は該当するのであろうか?ちら読みなので勘ですが、「パウリーナ」は否、「モレル」は正、でしょうか。
    (2013 08/26)

    突然な終わり方とドイツ文学
    「パウリーナの思い出に」は「二人の側から」。郷愁を誘い出すような淡々とした書き出しから、別の世界に飛ぶという男女の幻想世界が始まる。男が先に、女がそれを追う。それを見ていて手伝ってもいた少女は…あら、意外にも現実主義だったのね。というお話。でもなんか旅立った男女の結末がわからず変な浮遊感が残る作品。
    で、次の作品(中編といってもいいか…)を少し読み進めるが、なんかこの作品、ビオイ=カサーレスのドイツ文学へのリスペクトから書かれているのかな。言及されているカフカしかり、雪山のサナトリウム的な魔の山しかり…違ったらゴメン…

    ミイラ取りがミイラになる、作家が作中人物になる
    ビオイ=カサーレス短編集から昨日から読んでいた「愛のからくり」を読み終わりました。作品の鍵はバッカス神の幻想行列と音楽であったわけだけど…
    語り手はp71では「自分は記録作家なのだ、役者にはなれない」と言う。ところがp85になるとバッカス神の音楽のせいで皆が自分の役回りを(強調して)演じている、どこかに記録作家がいて記録しているみたいに、と語るが、記録作家は自分じゃなかったのかな?でも語り手も音楽聴いているんだよね。
    というわけで、標題のような原稿用紙でメビウスの輪でも作ったような構図になっているが、ビオイ=カサーレスは語り手に巧いことを言わせている。
    船旅の仲間を忘れてしまうのと同様ーすでに遠い過去の存在となっていた。
    (p91)
    この感覚わかる…でも作者(この場合はビオイ=カサーレス)にとっての作中人物もそういうものかなあ。
    とにかく役者逹は日常に戻ったわけだ…一人を除いて。

    あと、思ったことをちょっとだけ付け加えると、自分的にはバッカス神云々という仕掛けはいらなかったのでは? それ抜きで船旅仲間感覚や役者感覚は突き詰められたと思うし、その方が凄みが増しそう…例えばこの作品のモチーフをブッツァーティに与えたら、シンプルに凄みを追求する方向に書いていたと思う。
    でも、そうではないやはり愛について何か語らないといけないのがビオイ=カサーレスなんだろうね。その辺がタイトルに滲み出ているのかな。
    なんとなくコルタサルの作品と比べてみたいような気も。
    (2013 08/27)

    自己同一性と移民の国
    「パウリーナの思い出に」は昨日「墓穴掘り」と「大空の陰謀」の冒頭。今まで読んできた作品含め通底するのは自己同一性というものの危うさ。「墓穴掘り」について言えば、最愛の娘を亡くした男にとってフリアは別の女ではなくその娘そのもの。であるわけはないけれど、その男の立場になってみるとそう信じてしまうのもわかる。そういう理解の効能?がこういう作品を読むことにはある。ちなみにこの作品はビオイ=カサーレスにしては珍しく(なのか)幻想味は少ないサスペンスタッチの作品。
    「大空の陰謀」もなんとなく中心人物の自己同一性が問題になりそうなのだけど、ここ読んで感じたのは、移民がかなり多数を占めるアルゼンチンという国。アルメニアとかウェールズとかそういうところのアイデンティティーを引きずりながら、また目の前の他人がそういうものを引きずっているのを半ば前提としてコミュニケートしているアルゼンチンという国。そこを見ていくと何故アルゼンチンに幻想作家が多いのかがわかるのかもしれない。先ほどの自己同一性の問題も…
    そいえば、ドイツ文学へのリスペクトとか言ってた「愛のからくり」も、最後はドイツ系移民が出てきたなあ。
    (2013 08/29)

    自分の鏡像を調べる男
    昨夜から今日の「パウリーナの思い出に」は「大空の陰謀」と「影の下」。標題は内側の語り手の医師?の蔵書に貼ってある票のデザインから。この語り手の姪からは「結局、自分のことしか考えていない」とかなんとか思われているんだけど、ビオイ=カサーレスの作品の登場人物自体がそういうところないかい? 全部作者の分身というか万華鏡に映った映像というか。
    さて、作品の鍵はまさしく万華鏡的無数の世界論。こういう世界観ってずーっとあるし、ちょっと読んでて「エペぺ」思い出したところもあるけど、最後に外側の語り手が示す解釈をよく見ると、結局現実の(作品中の「ぼくらの」)世界内で登場人物の飛躍は完結していてパラレルワールド同士で交差しているだけ。開かれているのか、閉じているのかわからない…
    で今朝から読み始めた「影の下」はどこかの熱帯の島の話。これまた熱帯の光が万華鏡化を引き出しそうであるけれど、その世界は閉じそうでもある。しかもこれもなんか「エペぺ」じみている…
    (2013 08/30)

    すぐそばにあるパラレルワールド(鳥を見つけよう)。
    ということで、今朝はちょっとブランクありの「影の下」。語り手がふと降りた熱帯の町でロンドンでの旧友を見つける、その旧友が語る話の中で彼が恋人の不実を見つける、その両者ともなんか事実とも幻とも思えるような印象。その両者になんらかの鳥(服のロゴや人名含む)。今読んでいる途中の対岸の恋人がいるホテルが燃えて死者がいるかいないかも情報が錯綜している。
    別のパラレルワールドに入るのは特別なことではなく実に日常的なことである、というのはビオイ=カサーレスにもコルタサルにも共通する。解説にはコルタサルのそれは崩壊していくけど、ビオイ=カサーレスのそれは共存している…とか書いてあったような。
    意外と毎日いろんなパラレルワールドに出入りしているのかもしれない、気づかないだけで…
    「影の下」はまだまだ続きます。
    (2013 09/02)

    パラレルワールドが交差する時
    「影の下」昨夜読み切り。なんだかコンラッド(冒頭に直接言及有り)とプルースト(「スワンの恋」との連想、白鳥名前含む)がミーツアフリカしたようなこの作品。ラストは大どんでん返し…ということはないものの、じわじわといろんな考えが波のように伝わってくる、そんな終わり方。例えば語り手の友人の「英国人」の幻想のタネの一つとして語り手の来訪が取り上げられているわけだけど、語り手の方もこんなところで会うはずのない「英国人」を幻想としても見ている。お互い幻想のパラレルワールドだったら、それが交差すれば…
    語り手が「英国人」が見せてくれると言った恋人の写真を見ずに帰った、というのもなんとなくわかるような気がする。交差したパラレルワールドの静かな均衡を破ることはしたくなかったのだろう、好ましい夢を見つつ目覚めそうな時に目を開けないようにする時のように…
    (2013 09/03)

    階段下り上り
    「パウリーナの思い出に」は今日から「偶像」。古物商、コレクター、フランスブルターニュの村の古城…と幻想譚の王道まっしぐらな掘り進み方、と思いきや、またブエノスアイレスに戻ってきた。犬の偶像や使用人の娘などまるで夢の残像みたいに残しつつ。この話の構造の上り下り感が読者に目眩をもたらす仕掛けの一つなんでしょうね。
    そして、鍵を握っているらしき古城の盲目の主人は顔を出さない…
    (2013 09/04)

    終わりと始まりの呼応。
    「偶像」を昨夜読み終えました。夢なのか現実なのか入り交じったらしいといえばらしい作品。夢から覚める時の表現で釣られる魚に例えたところがありましたが、これはプルーストを意識したのかな。覚めるというのを受身に変化させた…
    「パウリーナの思い出に」とかこの作品とかはだいたい「モレルの発明」とほぼ同時期の作品。なので(?)かっちりとした精緻な構成が特徴。この作品も読み終わって気になっても一度始めのページを見直すとまた変な感情がぶり返す、というそういう仕掛け。
    今思ったけど、この作品は「書く」ということについての、作家についての、オマージュなのかな。先のプルーストとかコーヒーがぶ飲みで書き続けたバルザックとか…
    (2013 09/05)

    世界の終わりについて
    金曜から土曜にかけて「パウリーナの思い出に」の「大熾天使」読みました。硫黄の濃密な大気、魚の大量死など世界の終わり的な事件が次々起こっているのに、主人公以外は(事件のことは意識しているけど)なんか日常的に生活しているという不思議な、いや2年前のこと思えばそんなに不思議でもないか、な作品。今自分たちがひっくるめて「現実世界」と呼んでいるものも、ビオイ=カサーレスにしてみれば何層にも重なりあう幾つもの世界の集合体なのかもしれない。そしてそれは横擦れや断層を多く伴う。

    人間の存在って…
    「パウリーナの思い出に」ビオイ=カサーレス短編集を先程読み終えました。最後の2作品は動物の顔に亡くなった人物や歴史上の人物の顔が二重映しに見えてしまう、この作品集の中では短めの「真実の顔」と、それから「雪の偽証」。
    私という存在はその記憶にすぎない。
    (p306)
    作品だけでなく彼の人生そのものが、そうした記憶の寄せ集めに他ならない。
    (p312)
    これらの文の書かれた文脈はいろいろ違うけれど、人間存在の同一性への作者の疑いは一貫してあると思う。肉体というものが自由に飛び回りたい魂に「圧制」を強いる「影」である、とするプラトン的思想からこれらの疑い、そして作品は生まれてきたのだと解説にはある。
    だけども、これら2作品それから「大空の陰謀」などには政治的批判の視点もあるらしく…まだまだこの作家については明らかになっていない研究の余地があるのではないか。
    読み終えたら急激に眠気が襲ってきて、まとまりのつかない…というか無理やりまとめに持っていった…というか…
    (2013 09/08)

  • アルゼンチン作家による10編からなる短編集。
    それぞれ味わい深い作品で、読後感も全く違うものばかりだった。
    中でも、せつなさ全開の「パウリーナの思い出に」、心理サスペンステイストの「墓穴掘り」、これもまた切ない愛の物語の「影の下」、SF風な「大熾天使」が心に残った。

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パウリーナの思い出に (短篇小説の快楽)の作品紹介

人生とは神々を楽しませるための見世物にすぎない――幻影の土地に生まれた真の幻想作家ビオイ=カサーレス、本邦初の短篇集。愛の幻想、もう一つの生、夢の誘い、そして影と分身をめぐる物語。<br><br>ぼくはずっとパウリーナを愛していた。二人の魂は結びついていた、そのはずだった……代表作となる表題作をはじめ、バッカス祭の夜、愛をめぐって喜劇と悲劇が交錯する「愛のからくり」、無数の時空を渡り歩き無数の自己同一性を生きる男の物語「大空の陰謀」など、ボルヘスをして「完璧な小説」と言わしめた『モレルの発明』のビオイ=カサーレスが愛と世界のからくりを<br>解く十の短篇。本邦初のベスト・コレクション。《明晰でしかもとらえがたい曖昧さをたたえた文体、意想外の展開を見せるストーリー、巧緻をきわめたプロット、どれをとっても見事というほかはない》(木村榮一)<br><br>アドルフォ・ビオイ=カサーレス Adolfo Bioy Casares(1914~99) アルゼンチンの作家。ホルヘ・ルイス・ボルヘスの共同執筆者として『ドン・イシドロ・パロディ六つの難事件』などの作品や選集を多数刊行、1940年発表の『モレルの発明』で真の幻想小説家として確固たる評価を得る。

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