「自分」から自由になる沈黙入門

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著者 : 小池龍之介
  • 幻冬舎 (2008年3月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (181ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344014787

「自分」から自由になる沈黙入門の感想・レビュー・書評

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  • 読みやすかった。
    作者の経歴は置いといて面白かった。


    ヨガと共通していることが多くて意外だった。
    だけどもうヨガもやめちゃったから、こういう
    お話は久しぶりで新鮮でした。

    ロックオンとかね、イメージつかみやすかったです。

    現代風でドライで。飄々としているような
    感じだけど、少し違うよな…と思う点もあったり。
    ここまで詳しく書いていいのかな?と思った。


    そして最近自分を客観的に見れていないことに
    気がついた。昔はドライだったんだけどな。
    私は…ジブン薄く出来ないな~。たぶん。
    ほしい本だらけで、「読欲、読欲、読欲」って…。


    そして絶望先生掲載誌を拾って読んだのかよwと
    小池さんおかしかったです。
    数冊図書館にあるので借りて見ます。

  • まさか『さよなら絶望先生』の話題が出てくるとは思わなかったが、幅広く何でも読んでる人なんだなと思ってそういうところにも興味がわく。
    人に対する「期待感」をどう薄めていくか、という話が一番参考になったかもしれない。

  •  「自分」から自由になる、というフレーズに惹かれて手に取った。些細なことでイライラして、余裕がない。口から出るのは愚痴ばかり。そして、自己嫌悪の繰り返し。そんな「自分」から自由になる方法を教えてくれる。この本で語られる「沈黙」は、自己顕示欲の濃度を薄くしましょうよ、という意味である。
     自分のことを「自分大好き人間」だなんて思いたくないけれど。思い通りにならなくてイライラする、自分の主張を人に押しつけてスッキリする、どうしようもないことを悩んでクヨクヨする。
    どれも根底には「オンリーワンな私の価値を理解して欲しい」欲求があると気づかされる。
    それが伝わったからといって、誰が嬉しい気持ちになるわけでもない内容なら、
    そんな考えは葬ってしまえばいいだけの話であります。(本文より)
    貪欲(ヨクボー)、瞋恚(イヤイヤ)(怒り)、愚痴(マヨイ)、いらないもの、余計なものをたくさん背負ってしまっているから人は苦労する。捨てたいと思いながら捨てられないものもある。 そういうものに、必死にしがみついていることさえある。ある意味それが人間らしさであるとも言えるし、日常の中でそれを超越するのは困難かもしれない。ただ、そんな「自分」に苦しくなったとき、こうして心静かに「自分」を解放することができたら、もっと肩の力を抜いて生きられる気がする。

  • 第一章では日常の中に潜む心の病を仏教的に解説。
    怒り、不快感、自慢など分かりやすい言葉で心の成分のうち不善心所を解説。
    第二章では欲望をどのようにして消していくかの解説。
    第三章では貪愼痴(欲望・イヤイヤ・迷い)を減らす修行として、瞑想を紹介。状況に応じた瞑想が具体的で面白い。
    たとえば「眠れぬ夜の身隨念」「大切な場面を前にして緊張してしまうときの身隨念」「良き案が思いつかぬとき」

    全体的に上座部仏教の紹介になっている。

  • 2010Aug @京市国際
    後半読みやすく啓示に富む 再読ならここらから
    ---
    おとなしい僧侶的な生き方・・・・・・どうか?
    『お嬢さまことば速習講座』 加藤ゑみ子 023
    ---
    021, 050, 054, 063-6, 086, 088, 109, 139, 143-4

  • 【どっちでもいい、どうでもいい、の解毒】
    ”ドッチデモイイ、ドウデモイイ、(中略)と洗い流し、何事をも受け入れられるようになった姿勢は、しなやかで優美”
    ーー小池龍之介『「自分」から自由になる沈黙入門』幻冬舎, 2008年 P.127 L.10-15より引用
    *
    「どっちでもいい」「どうでもいい」
    一見、やる気がない、投げやりなこの言葉。
    しかし、見方を変えれば、「どっちでもいい」からこそ、深刻な場面でもジョークを言ったりして場をなごませることができる。
    「どうでもいい」は、「どうなっても最終的には受け入れるよ」という、潔さや軽やかさ、ひいては相手に対する優しさにもつながる。
    *
    「こうしなければ」「これが正しい」
    固執するほどの正しさなんて、実はないのかもしれない。
    どっちでもいい、どうでもいい、といった軽やかさが、柔軟さや相手への思いやりにつながることがあるかもしれないなぁ、とはっと気付かされた1冊でした。

  • つまらん!読まなかった

  • いまここに。

    表現方法が昔風でよみづらく少し理解に苦しんだ。というじぶん。

    なかなか自分の感覚に集中、マインドフルネスにと同じだけどとてもためになった。

  • ヨクボー、イライラ、マヨイの三つの毒を取り除き、ジブンジブンと言いたくなる自分濃度を薄めることで、フシアワセから解放されるための心の練習の方法。著者は東大卒の僧侶。古語めいたおどけた語り口とほのぼのとしたイラストで、構えずに読める。成程と思うことばかり。例えば、酷い仕打ちをしてきた相手を心から許す方法、不快な感情から解放されるための方法など、こういう考え方をすればよいのかと目から鱗。すごい。「毒」が侵食してくる都度、読み返して実践すれば、よい解毒剤になりそう。

  • 我の強さが、時には面白いことを引き起こす場合だってある。それに我の強さがなければ、この世は無味乾燥。
    でも人と人との関係上では、我を取り除いた付き合いができれば肩の重みもストレスもなくなるんだろう。
    瞑想することは大切だと思った。

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