- Amazon.co.jp ・本 (329ページ)
- / ISBN・EAN: 9784344020498
作品紹介・あらすじ
みんな、それぞれで生きている。それでいい。圧倒的な肯定を綴る、西加奈子の柔らかで強靱な最新長編。
感想・レビュー・書評
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○ 肉子ちゃんってどんな人ですか?という問いに、
・身長151センチ、体重67.4キロという自身を『憩い(151)、空しい(674)、やで!』と語呂合せする
・語尾に『!』とか、『っ!』がつく。『あっ、キクりん、おかえりっ!』と起きたてなのに、やっぱり『っ!』がつく
・元々大阪出身でもないのに、山手線のことを『大阪でいうところの環状線や!』と、どこに住んでも『大阪でいうところの』とはじめる
・『影があって、素敵やん!』と言った人が後々逮捕され、『あの人かっこいい!』と言う人は掲示板に貼られた指名手配の男
・ほっぺたがぷんぷんで真っ赤、福々しい顔は、一番大きなマトリョーシカみたい
、と説明する娘。そんな肉子ちゃんは『悪い男を見つける磁石』とも例えられ、『つまり、糞野郎だった』と悪い男に次々と騙され、あちこちの街を放浪します。そして、『私は、とても可愛いと言われる』という11歳の女の子・喜久子との二人暮らしを続けます。『男の人にだらしない女の人の話となると三人称や一人称ではエグくなるので、子供の視点から書こうと思いました』という西加奈子さん。そう、この作品は、そんな肉子ちゃんの娘・喜久子が主人公となる物語です。
『肉子ちゃんは、私の母親だ。本当の名前は菊子だけど、太っているから、皆が肉子ちゃんと呼ぶ』という38歳になる肉子ちゃんは『関西の下町で生まれ』、『16歳で大阪に出て、繁華街のスナックで働』き、『今は、北陸の小さな漁港に住んでいる』というその人生。『男性遍歴が、本当にくだらない』というその紆余曲折の人生。『ミナミ』で出逢った『とても背が高くて、影のある男』という『カジノのディーラー』は『店に多額の借金をし』、『肉子ちゃんに肩代わりをさせて、逃げた』という展開。『死ぬ気で働いて、借金を返した』肉子ちゃんは名古屋へ移ります。『栄のスナックで働いた』時に『店でボーイをしていた自称学生』と出会います。『学費を稼ぐためにやむなくこの仕事をしている』という言葉に『坊主やったから、ほんまに学生やと思ってん!』と騙された肉子ちゃん。『学校に行くフリをして昼間から麻雀、パチンコ、夜は肉子ちゃんから巻き上げた金でキャバクラ、風俗』というその男。連れ込んでいた『8人目の女』で正体に気づき追い出す肉子ちゃんは横浜へ向かいます、『30歳。ボロボロだった』という肉子ちゃんは『伊勢崎町のスナックで働き』ますが『七三分けにしてはるから、真面目な人やと思ってん!』という妻子持ちのサラリーマンに騙されます。『最初は50万。次は70万。300万』と金を無心する男。子供ができたことを知り諦めて東京へ向かいます。『33歳。ボロボロだった』という肉子ちゃんは『お惣菜屋で働くことに』なりますが、またしても『新しい男を好きになった』という繰り返し。『眼鏡かけてはったから、ほんまやと思ってん!』という『自称小説家』に騙され逃げられた肉子ちゃんは、今度は北の地を目指します。『35歳。ボロボロだった』という肉子ちゃんと手を繋ぐ主人公の喜久子は8歳。辿り着いた港町にある『うをがし』という焼き肉屋で働くことにした肉子ちゃん。そんな肉子ちゃんと喜久子の今までとそれからが描かれていきます。
裸の女性が身を丸めている姿を描いたグスタフ・クリムトの絵画「ダナエ」。『女の人のまわりに丸い模様があってまるで卵を産んでいるみたい』と感じ『これだ!』と自らそれを参考に表紙を描いた西さん。その渾身のイラストが強烈なインパクトを与えるこの作品。「漁港の肉子ちゃん」という、これまた強烈なインパクトを与える書名と共に、手にするまでにはかなりの逡巡がありました。そして手にしたこの作品。上記した通りの衝撃的な男性遍歴から想像される肉子ちゃんのイメージは、この書名、表紙から受けるインパクトそのままで、あまりの違和感のなさに却って違和感を感じるほどでした。しかし、その強烈なこれまでの人生の描写の中に、肉子ちゃんが本来持つ魅力がチラリと顔を出します。名古屋で『自称学生』に騙された肉子ちゃん。それは『学費を稼ぐためにやむなくこの仕事をしている』という男の言うことを真に受けたものでした。また、横浜では男に新しい子供が生まれたことを知って、一旦は『逆上』して、自宅に乗り込みますが『玄関にある子供用の自転車を』見つけて『子供には、罪はない』と諦めます。そして、出発点だった大阪では借金を肩代わりさせられたにも関わらず、『死ぬ気で働いて』借金を返済します。『この「死ぬ気」の部分は、お喋りな肉子ちゃんが、珍しく、決して語らないところだ』というとおり、実はこの作品の後半最大の山場へと繋がる伏線にもなっている部分です。そして、これらに共通して言えるのは、『肉子ちゃんは、優しいのである』と喜久子が感じる通り、彼女に接する誰もが感じるその性格です。それは、この作品の最初から最後まで一貫して読者が感じる肉子ちゃんのイメージそのままでもあります。恋を失うと『盛大に泣き、盛大に悲しんだ』という繰り返しの肉子ちゃんの人生。第三者から見れば滑稽にも思えるその人生は、いつも一生懸命に、誠実に、そして常に優しさの限りを持って人に接していく肉子ちゃんの性格あってのものでした。そして、そんな肉子ちゃんの優しさが極まるストーリーが展開される後半数十ページのドラマは、そんな肉子ちゃんの印象を読者に決定づけ、大きな感動へと繋げていきます。そんな物語を読み終え、改めて表紙、そこに書かれる書名を見る時、最初手にした時に抱いた感情と全く異なる感情が自身の中に芽生えていることに気づきました。
そんなこの作品は、書名、表紙のインパクトから肉子ちゃんが主人公だと感じますが、実際には娘の喜久子(キクりん)視点で描かれる作品であるという側面も持っています。内容等全く異なりますが、ある意味で、柚木麻子さんの「ランチのアッコちゃん」と同じ考え方だと思いました。書名のリズムが同じだということ、書名に出てくる人物が強烈なインパクトを与える人物であること、そして人生に苦悩する主人公が、書名に出てくる人物から色んな影響を受け、色んな勇気をもらって前に進んでいく物語であることという共通点。「アッコちゃん」のレビューで、私はアッコさんのことをこんな風に書きました。
“進むべき道を見失った、そんな時に現れるみんなの永遠のヒロイン、それがアッコさんなのかもしれない”「3時のアッコちゃん(さてさて氏レビューより抜粋)』
肉子ちゃんを読み終えて、私の中にはこのアッコちゃんの印象が綺麗に重なるのを感じます。そう、そんな魅力に溢れた影の主人公、それが肉子ちゃんだと思いました。
そして、『どうして肉子ちゃんは、人の顔色とか、雰囲気を読むことが出来ないのだろう。誰かが発した言葉を、全力で信じるのだろう』と感じる喜久子。一方で、そんな喜久子は、クラスの人間関係に悩みます。『子供の神様が来て、子供のままでいたい?と言われたら、うなずくだろうし、大人の神様が来て、大人になりたい?と言われたら、うなずくだろう』という喜久子。『私は自分で、何かを決めたくない』と、そのどちらからも逃げの姿勢を見せます。そんな喜久子は、顔色も読めず、簡単に騙されてしまう肉子ちゃんのことを冷めて見ることもありました。でも、いつだって、どんな時だって、自分のことを二の次にして、相手のことを第一にいたわり、思いやり、大切にし、彼女なりの強い決意を持って一生懸命に誠実に生きてきた、そんな肉子ちゃんのことを改めて感じることになる結末。『あのときの自分と、今の自分は全然、違う』『あのときの私は、もうここにはいないのだ。そのことが、奇跡みたいに思えた』というこの感動的な結末への喜久子の成長。それを全力で支え、これからも支え続けていく肉子ちゃん。そして、それを見る我々読者が肉子ちゃんの魅力にすっかり囚われてしまうこの物語。
『肉子ちゃんって、大げさな大阪弁と同じように、良くも悪くも、人を惹きつける力があるのだ』という魅力に溢れた肉子ちゃん。その一途な生き方、まっすぐな生き方、そして人を思いやる優しさに包まれた生き方を感じる物語。
それは、生きていく勇気をもらえる、力強さに満ち溢れた肉子ちゃんの生き様そのものではないか、ふと、そんなことを思った作品でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「肉子ちゃんは眼やにをとって、かかとの高い紫のビーチサンダルを履いた。ださすぎる。
『キクりん、何読んでるん?』
『サリンジャー。』
『サリンジャーっ!なんとか戦隊の名前みたいやなっ!』
そして、元気よく出勤して行った。」
裏表紙にピンクで大きく本文の一節が書かれています。
これが全てを表している。
肉子ちゃんはデカイ、ダサい、そして面白すぎるっ!
丸々太っていて、すぐに人を信じてそして騙される。そんな母親の肉子ちゃんに育てられた喜久子。
五年生の喜久子は、母親のことも自分のことも客観的に見れるお年頃になっていて、母親を恥ずかしいと思うのと同時に自分の狡さに気付き始める。
そんな思春期の女の子のお話‥‥と読み進めていったら、後半はもう涙、涙でした。
情に厚い肉子ちゃんの過去、喜久子がなぜ自らを卑怯な子と思うようになっていったのか、それが解き明かされていくともう涙が止まりません!
肉子ちゃんが働く焼肉屋のおじさんのサッサンの言葉も優しくて‥‥
「子供のうちに、いーっぺ恥かいて、迷惑かけて、怒られたり、いちいち傷ついたりして、そんでまた、生きてくんらて。」
アニメ映画化されたそうですが、きっと家族で観れる優しい作品になっているんだろうなぁと思います。
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泣き笑いが入り混じった作品だった。
ほろりと泣けて、ほろりと笑えた。いい話だった。
憎めない肉子ちゃん。
だけど、自分の母親がこんなんだったら嫌だなぁ。
超ポジティブで楽天的な肉子ちゃん。
肉子ちゃんといると、楽しいだろうなあと思う。
だけど、自分の母親には、やっぱり嫌だなぁ…笑
丸々と太った肉子ちゃんと
すらっと美形な娘、キクりんの物語。
舞台は、方言からすると新潟なのかな。
キクりんは小学生なのに、こんな母親を持っているからかやけに冷静で落ち着いている。
運動会では、肉子ちゃんの奮闘ぶりに、「どういう状況やねん」と思わず笑みがこぼれた。
後半、肉子ちゃんの若い頃のエピソードが描かれる。キクりんが生まれる前後のことだ。
肉子ちゃんは、どうしようもないくらい太ってるし、どうしようもないくらい阿呆だけど、
どうしようもなく朗らかで、憎めない。 -
見るからに「変わった人」を近くから引いた目で見る「割と普通」な主人公の構図が、『サラバ!』に通ずるものを感じました。
よくよく読んでいると、「自分は普通」という視線で語っている主人公もしっかり個性的なので、自分に重ねて読んでいるとグサグサ刺されます。
肉子ちゃんのキャラ設定はどこをとっても強烈で、それでも読了後の印象は「明るくてめちゃめちゃ良い人」でした。
人の印象には色々な判断基準がありますが、周りの人を笑顔にしたり、明るい雰囲気にできる人は何にも増して素敵だと思いますし、実際に明るい人が明るいままで居やすい場所がもっと増えたら良いなと思いました。
語り手の小学生が徐々に成長していく様子も読み応えがありました。
小学生の成長物語なので「微笑ましいな」と思いたかったのですが、20代の私でも思い当たる節や「人間って難しい!」と思わされる場面がありすぎました。
私が幼いのか、主人公が大人びているのか、西加奈子さんが上手いのか…(後ろ2つだと思いたい笑)
大人にもおすすめの小説でした。特に、都会疲れしている人に読んで欲しいです! -
久しぶりの西加奈子さん。あー西加奈子さんだなぁーと思った。
楽しかった!
キョーレツなインパクトの肉子ちゃんとか、いろんな動物や物が話しているように感じるキクりんとか、町の人々も。西さんの作品っぽい。
肉子ちゃんのテンションが高くて圧倒されつつも、キクりんの落ち着きぶりでちょっと中和。
終盤、病院でのサッサンの優しさが沁みる。
肉子ちゃんとの会話も素敵なのだけど、泣き声まで豪快ブサイクで、ちょっと笑い混じり。
内の人と書いて肉と読むのやからっ!(意味不明) -
疑うこと、怒ることを知らない肉子ちゃん
騙されっぱなしで損ばかりしている肉子ちゃんの人生のようだけど
本当は、安心感や笑いや幸せをみんなに与えてくれる
この上ない素晴らしい人生
あまりに抜けていて隙だらけ、ガサツで・・・
大丈夫かいなと思ったことも度々の肉子ちゃん
肉子ちゃんとは正反対のいつも冷静で一歩引いて物事を見ている子どもらしくないキクリン
最後にこの親子の秘密が明かされて、納得
あまりにも肉感的な意味深な装丁にドギマギしたが
読み終わって、いいしれぬ温かい気持ちに包まれた -
表紙の絵の主人公のイメージよりも
漫画になってる 肉子ちゃんの方が
イメージっぽかったですね。
天真爛漫というのでしょうか?
ちょっと抜けた肉子ちゃんは
おおらかで 情に厚くて 誰からも好かれる人。
娘のきくちゃんは ちょっと 冷めた目をしているけど
空想の世界にも はまっちゃってる 女の子。
人って 一人じゃ生きていけないし
こういう風に お互いを大切にしあって生きていくのって
素敵だなあと 思いました。
ラストの方は じーんと しちゃいました。 -
肉子ちゃんの人の良さは
まだ会う前に、
すでにタイトルをちら、と見かけた時から
何となく想像出来ていた。
漁港のある町に住むきっと体も心もおおらかな女性だろう。
大口開けて「がはは♪」と笑うような
そんな気のいい母ちゃん的女性なんだろう。
だから会うのがすごく楽しみだった。
しかも、西さんが描くそんな女性なら
心にきっとひとつ、得体の知れない何かしらを秘めているはず。(いい意味で♪)
肉子ちゃんはやはり、想像通りに豪快かつお人好しな、一人娘と共に生きてるシングルマザーだった。
母の事が大好きながらも、ちょっとクール過ぎる娘の
キクりん目線で話は進んでゆく。
(ちなみに肉子ちゃんの本名も娘と同じ菊子。)
海のある町に住む住人は皆色濃く、ど派手なカラーで彩られた面白い人達が多かったが、
思えばそれは肉子ちゃんが放つ強烈な光線によるプリズム的なものだったかも?と、読後何となく思った。
肉子ちゃんのインパクトの強さは相当なものではあったが、
空にある太陽を今更誰も気になどしない様に、
又太陽もそれでいいよ、と承知している様に、
肉子ちゃんはある意味、眩しいくらいに、放つだけ光を放ち、後は放置。
見返りなど、何一つ求めちゃいない生き方が出来る人なんだ、と知るにつれ、逆に肉子ちゃんの周りの人達が肉子ちゃんの存在を強く浮かび上がらせている様な気がした。
年の瀬に心の大掃除をしてもらい、すっと軽くなれたかの様な物語だった。 -
肉子ちゃんはものすごく太っていて、底抜けに明るく、他人を疑うことを知らず、馬鹿がつくほどお人好し。
娘のキクりんの視点を通して語られる、肉子ちゃんの豪快さやダサさ、男の趣味の悪さに呆れつつも憎めない。
この、あっけらかんとした感じ…西原理恵子さんの「パーマネント野ばら」にも出てきそうだなぁ。
小5のキクりんは肉子ちゃんとは似ても似つかない美少女のようだから、やはりそこには秘密があるのですね。
「人を騙すより、騙される方がいい」とかいう金八先生の歌を具現化したような、肉子ちゃんの温かさに触れて感涙した読者さんは少なくないのだろうな。