番犬は庭を守る

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著者 : 岩井俊二
  • 幻冬舎 (2012年1月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (230ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344021235

番犬は庭を守るの感想・レビュー・書評

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  • あからさまではある。そこにはちょっと嫌悪感もある。自身が積極的に反原発活動をする岩井さんの書いたこの物語は、もちろんその明確な意図を持って書かれた近未来フィクションだ。それは辛辣で、容赦がない。表現も道具立ても過激だ。人によっては受けつけないかもしれない。
    正直言うと、僕も声高に反原発を叫ぶ岩井さんには、ちょっと抵抗感を感じてもいた。「打ち上げ花火・・」や「ラブレター」の優しさだったり、「リリイシュシュ・・」や「undo」のアート性とでもいうべきもの、純粋に優れた稀有な映像作家であるというイメージ。それを、その活動が台無しにしてしまう印象さえあったのだ。
    でもこれを読んで、僕のその考えは変わった。変わらざるを得なかった。
    そこにあるのは「悪意」でも「自己主張」でも「被害者意識」でもなく、紛れもなく「怒り」であったからだ。人間の存在の根源に関わる危険、脅威、を無視し、人の存在そのものを冒涜した無頓着で利己的な行動に対する怒りだったからだ。それは津波対策がどうのとか、政府の対応がどうのとか、ストレステストの結果がどうのとかいうのとはまったく別次元の話。本来あるべき論点はそこじゃない。事故が起きなければいいんですか?自分の身に被害がなければいいんですか?活断層の上じゃなかったらいいんですか?いやいや、そうじゃないだろう。どんなに安全な原発を作っても、廃棄物は確実に溜まり続けるのだから。この物語が何世代にもわたる家系を辿るのも、おそらくそういう意図であろう。
    しかし、この物語が何よりも素晴らしいのは、その「怒り」をベースにした世界観の中で、それでも人の矜持であったり生命力であったりを、強く感じさせてくれるところだ。「負けるもんか!」と叫んでいるところだ。「ピクニック」や「スワロウテイル」にも似た、雑草の息吹を感じることができるところだ。社会的な問題作であると同時に、人間賛歌を謳いあげる大傑作である。これはぜひ映画化してほしい!と思って調べたら、やはり映画化も予定されているようだ。偉そうな言い方で恐縮だが、渾身の力で、岩井さんの最高傑作となる映画にしてほしいと強く願う。

  • なんとなく手に取って一気に読んだけど二度読みたいかと言うとそれほどではない。
    人格の崩壊も殺人もト書きを淡々と読み流していくようで現実感が無い。
    それがかえって読みやすい。

    原発事故の汚染の怖さより、更に2代先までまだ人類が続いているということがわかる最後の一文に一番ゾッとした。
    地獄かよ。

  • あー、
    とどのつまり、結局、
    だいじなことって
    いのちを紡ぐ、ってことかー。

    鯨、漁師、原発、カンフーキッド、体外受精、
    守衛、精子バンク、豚、肝臓移植、種馬
    市長の娘、避難区域、管理区域、流刑地、代理母

    なんだー、どのコトバも同じ重さ(軽さ?)に思えてしまう。

  • 原子力をエネルギーとして社会を作っていった人類の未来の話。
     お話しは、鯨捕り名人イジェサムの武勇伝から。 
     鯨を捕り、その全てを無駄なく使い切る文化がそこにはあった。しかし、そこにも原子力発電所が建ち、鯨捕りもなくなり、廃炉となって、しかもそれが臨界事故を起こし、町は滅びた。
     その子孫ウマソーがこの物語の主人公だ。
     彼の生きる時代は、多くの男が放射能の影響で、精子も少なく、生殖器も大きくならず、セックスも出来なくなっていた。ウマソーもその一人で、彼らは「小便小僧」と呼ばれていた。
     一方、偶然にもそうでない優良な精子を持った男は、その精子を売り、裕福に暮らしている。精子は、民間バンクが買い、多くの夫婦はそこから、精子を買うのだった。
     そんな中で、ウマソーは恋をし、働き、普通に生きていこうとするのだが、『小便小僧」の生き方はどんどん限られてくる。
     
     どんな社会でも、色々な思いをもって生きていくのだし、未来へつなげていくためには、子どもお生み育てることが必要だ。
     この社会は、「育児給付金」をもらってしかまともに生きられなく、そのために「精子バンク」から精子を買うことが当たり前の世界。
     しかし、ウマソーは最後に子どもを育てる。
     どうしてって、それは読んでのお楽しみ。
     この本の最後。
    「…そして、それが私の祖父である。」
     その祖父とは、ウマソーが育てた子どものことだ。

  • 原発事故後の世界では遺伝子の損傷が大きかった。
    原発への警鐘というには、気色悪さを感じた。

  • 読んでたら苦しくなるし、いたそうだし、辛かった。
    原発事故は関西ではほとんどもう昔のことになってしまって気に留めてない。
    東京に最近引っ越して来て選挙もして現実問題なんだって、掘り返されされた。
    そこにたまたま手にとったこの本。
    わたしの孫はウマソーみたいになってるかもしれない。
    2013.08.02

  • 【岩井俊二が描く、原子力崩壊後の世界。】

    あーれー
    期待していたのと
    ぜんぜん違かった・・。

    暴力的だった。ふぅ。

  • ダ・ヴィンチさんで気になってたシリーズ。図書館より借。
    最近私、近未来づいてるかもwww
    絶対にあってはいけないけれど、あるかもしれない未来の話。

    考えさせられる。が、痛そうな描写が多くて、結構しんどかった。

  • 岩井俊二の伝説の企画。

    かつてはHPで、
    近未来、ハイ・スピードで流れるTVを見続けた子供たちが、
    そのスピードに慣れ、ハイ・スピードに適応できる新人類と、
    適応できない旧人類とに分かれて、どうしたこうした、という、
    企画の説明が乗っていた記憶があるが、
    本書にはまったくそんな話は出てこない。
    そもそも番犬が出てこない。犬が主役の話でもない。
    番犬だからといって、押井守とも関係ない。

    岩井ファンにとっては、出版までの事情はともかく、待望の一作である。

    基本的には、小説版の「スワロウテイル」にスタイルが似ている。
    スワロウテイルは、あくまで企画書として、説明のために書かれたもので、
    完成度は保証しない、という但し書きがあったが、
    本書も、「ラブレター」や「ウォーレスの人魚」のように小説としての
    体裁が整えられているわけではなく、
    第二のスワロウテイル的、つまり企画書的な趣。
    冒頭から、あらすじ的な文章で話が進み、細かい描写はカットされ、
    相当なテンポで進んでいく。
    省略されている部分を、普通の会話シーンにおこせば、
    映像にして5,6時間分くらいになるのではないかと思う。

    冒頭からの流れは、ガルシア・マルケスの「百年の孤独」などを
    意識したものか、世代が次々と変わり、文明レベルも変わっていく。
    この「百年の孤独」的な出だしが、ラストのオチへの伏線にもなっている。
    つまり、結構、重要なモチーフだと思われる。

    そして、アフター文学というか、高橋源一郎の「恋する原発」などと
    同じく、あの震災と原発事故の後であることを意識して書かれた一作。
    たとえば、冒頭の老人が原発の爆発という難を逃れるものの、
    避難所の劣悪な環境で衰弱する、といった話にリアリティを感じるのも、
    読者もまた、あの原発事故以後の読者だからであろう
    (それ以前なら、リアリティは感じられない)。
    ホットスポットという言葉などもリアリティを持って、受け止められる。

    ただし、最も重要なモチーフは、原発ではなく、
    スワロウテイルが「お金」の話、ということにならっていうなら、
    番犬~は、「男」であることについての話、である。
    つまり、下世話な、下半身としての「男」を喪失する時、
    男はいかにして、生きていくか、という根源的な話である。
    原発にしても、もともとは、主人公が「男」を喪失するための「道具立て」に
    過ぎなかったであろうと思われるが、
    あの震災以後、という時代背景を得て、かなり意味合いが変わってしまったのではないか。
    原発がすぐに爆発するものとして描かれていていたり、
    未来世紀ブラジル的な世界観というか、なんか変ではある。
    最後に出て来る黒い男たちも、
    黒沢清(「カリスマ」とかの)みたいだし。

    なお、反原発小説として読まれがちだが、
    たしかに岩井俊二自身の立場は、もちろん反原発だろうが、
    この小説自体に限って言えば、必ずしも、
    純粋に反原発をテーマに書かれたものではない。
    どちらかというと、少女漫画的な趣の強い話で、
    「出来事」をストーリーとして追い、日常のあれこれに、
    ちょっとドキドキ、というタイプの話である。
    祖母が社長令嬢に、撮影を頼んでしまい、
    ばあちゃん、なにやってんだよ、という展開とか
    社長令嬢にちょっかい出されてドキドキ、とか
    下半身の秘密がばれないかドキドキ、という展開などは、
    まるっきり「花とアリス」である
    (最低でもR指定の「花とアリス」だが)。
    入院した女性の自宅に入ってしまう展開なども
    (「天使の涙」か?)。

    世界観は、結構スワロウテイルに似通っていて、架空の近未来もの。
    スワロウテイルに出てきたアヘン街(スラム街)のようなものも、
    ホットスポットのスラム街として出てくる。
    スワロウテイルが、バブルとお金で破壊された日本なら、
    番犬~は、放射能により破壊された世界である。
    テーマも、スワロウテイルが「お金」、
    番犬~が「下半身」と、下世話なところが似ている。
    内容も、ビルドゥングス・ロマン(成長小説)の趣があり、
    スワロウテイルと共通している。
    社会の底辺から、雑草のように這い上がろうとする、という人物を描いている。
    最近の映画だと「ベンジャミン・バトン」の感じなどにも似ている
    (主人公に奇妙なハンディキャップのあるところなども)
    金持ち女と密通して、父親に猟銃?で撃ち殺されそうになったり、
    銃が暴発したり、という展開は、
    トム・クルーズとニコール・キッドマンの出ていた
    「遥かなる大地へ」(アイルランドから新大陸アメリカに移住する話)
    みたいだし、そういう、アメリカ的な、ゴシックな雰囲気は流れている。

    舞台になっている国は、なんとなく日本を彷彿とさせる
    (鯨捕りなどしているので)が、
    北欧などかもしれないし、名前はカタカナである。
    主人公の名前がウマソーだったりして、何かのもじりかと思うが、不明。
    鯨捕りに関しては、鯨油というエネルギーから、原発へ、イメージがつながる。

    スワロウテイルのメイキングか何かで、岩井俊二の企画は、
    とにかく分かりにくく、脚本になっても分かりにくく、
    映像になって、やっとやりたいことが分かる、といったことを
    プロデューサーが言っていたが、
    たしかに、本書を読むと、そのプロデューサーの気持ちがよくわかる。
    一体、話の力点がどこに置かれているのか、というのが、
    かなり分かりにくい。

    そもそも、スワロウテイルにしても、小説版(企画書版)と
    映画版は、まったく別物というくらい話が変わっているので、
    この原作から、どういう映画を作る気だったのかは、
    世界中でも、岩井俊二、ただ一人にしか分からないのかもしれない。

    もっとも盛り上がり(感情のたかぶり)を見せるのは、
    子供を穴に投げ捨てるあたりだと思うが、
    はたして、この話が、そこに向かって進んでいる話なのか?
    という問いには、はなはだ疑問、としか答えようがないし、
    そもそも「何の話」なのか、ということもよくわからない。
    途中までは確かに面白いのだが、
    「ファイトクラブ」や「ハウル~」などと同じく、ラストにかけてのつまらなさに、
    作品全体の印象が持っていかれてしまい、結局のところ「つまらない話」、という
    レッテルを貼られる、かわいそうなタイプの話かもしれない。

    「番犬は庭を守る」というタイトルからして、
    勇ましい雰囲気のわりに、一体、なにを「守って」いたのか、
    よくわからない。
    分からないままに「守る」という、「思考停止」の象徴だろうか、
    とも思うが(施設内部を見るという、当たり前のことも思い浮かばないほど)
    よくわからない。
    主人公の、感情の流れも謎で、性器を失った途端、
    「番犬」としての自覚に目覚め
    (「思考停止」して、「公権の犬」になったということか?)
    生き生きしだしたりする。
    白骨死体と、アンドロギュノスと、底の見えない穴、あたりに
    なるともう、「象徴」が過ぎる、という感じで、
    さっぱりわからない(解釈が無数にありそうなので)

    とにかく、そういうよくわからない話ではあるが、一応、
    「男」であること、というモチーフから見ていくと、
    よくある難病ものの裏返しという見方もできる。
    中国の映画で、ちょっと前に話題になった映画だと思うが
    (97、8年くらい?)、難病にかかって、ヒロインが死ぬけど、
    最後に、子供を産んだから、役目を果たした、みたいな、
    誰が育てるんだろう?という感じの、結構無責任なラストの
    映画があったが
    (それを美談みたいな空気にまとめられてもなあ…、と白けたが)
    男が難病で死ぬ場合は、志村喬の「生きる」とかに代表されるように、
    何も残しようがなく、せいぜい埋め立て舗装道路くらいしか残せないが、
    女性の場合、子供を残すというのは、結構、定番のオチかな、という気はする。
    ただし、そこには何か、エゴイスティックな空気は感じる
    (女性は子供を産むためだけの機械か?子供は家の奴隷か?
    子孫の継続だけが人生の目的なんて、あまりに動物的な
    話ではないか?人間の文化レベルや意識は、いつまでたっても、
    そんなものなのか?などなど)。
    この話の主人公は、男だし、最初から生殖機能がなく、
    最終的には、性器自体がなくなってしまう徹底ぶりだが、
    それでも奇妙なことに「子供」を残していく。
    これを、女と男を反転させた難病ものと考える時、
    たとえ血のつながりがなくても、
    「自分の子供」を残して死んで行くのであり、
    血のつながりのない子供を「自分の子供」として認識できるということは、
    世界中のどんな子供だろうが「自分の子供」として認識できる、
    という可能性を意味する。
    つまり世界中のあらゆる子供は「われわれの子供」なのだ、という
    際限なくグローバルな意識の広がり、というテーマが立ち上がる気がする。
    自分の子供や一族、血を引いたものだけが、
    出世したり、生き残ったり、幸せになればそれでいい、
    という(本当に)古来からの価値観とは、
    真逆のテーマが、そこにはある気がする。

  • 反原発なお話。
    性についてのお話。
    気持ちが暗くなる話。

    よくはわからなかったけど、
    こんな世界怖いな。

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番犬は庭を守るの作品紹介

原子力発電所が爆発し、臨界事故が続発するようになった世界では、放射能汚染による精子の減少と劣悪化が深刻な問題となっていた。優良精子保有者である「種馬」の精子は民間の精子バンクが高額で買い上げ、その一家には一生遊んで暮らせる大金が転がり込んで来る。一方で、第二次性徴期を迎えても生殖器が大きくならず、セックスのできない不幸な子供たちは「小便小僧」と呼ばれていた。高校を卒業し、警備保障会社に就職をした小便小僧のウマソーは、市長の娘に恋をした罰として、使用済みの核燃料や放射性廃棄物で溢れる、廃炉になった原発を警備することになる。やがてウマソーの性器は徐々に失われ…。人々が原子力を選んだ結果、生まれてしまった世界。だが、それでも紡がなければならない未来がある-。全編を通して岩井美学に貫かれた、豊饒なエンターテインメント。10年ぶり、書き下ろし長編小説。

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