弱いつながり 検索ワードを探す旅

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著者 : 東浩紀
  • 幻冬舎 (2014年7月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (164ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344026070

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弱いつながり 検索ワードを探す旅の感想・レビュー・書評

  • 【哲学とか批評とかに基本的に興味がない読者を想定した本】と、はじめにに書かれていました。な、なるほどー。


    刺激的で面白かった。納得できた部分や腑に落ちた部分が多かった。時々よく分からない部分もあったりしたけど総合的には、予約して良かったなと思った。

    ●そもそも、自分探しをしたいのなら本を読む必要はないと思います。=6ページ=
    ☆え、そうなの?私は自分探しの一種で本を読んでいるんだけど…

    ●そもそも、自分探しをしたいのなら本を読む必要はなのです。旅に出る必要もない。単純にあなたの親を観察すればいい。あるいは生まれた町や母校や友人。「あなた」はすべてそこにある。人間は環境の産物だからです。=6ページ=
    ☆親!なんかどんぴしゃすぎて衝撃的だった。。。環境って重要だ。

    ●自分を変えるためには、環境を変えるしかない。=7ページ=
    ☆なるほど!

    ●「歴史認識を共有できないという認識を共有すべき」=97ページ=
    ☆激しく同意した

    ●人間の連帯で重要なのは理念の共有ではなく「あなたも苦しんでいるのですか」という想像力に基づいた問いかけ=109ページ=
    ☆憐みといのは置いといて…「想像力に基づいた思いやり」というのにはうなづけた。

    ●世界はいま急速に均質化しています。=126ページ=
    ☆均質…性質が同じであること。一つの物体中のどの部分をとっても、成分・性質の一定していること。等質。
    広辞苑第六版より引用。均一化じゃないんだ。

    ●親子関係は、人間関係の中でもっとも強いものですが、しかしそれは序文の分類で言えば「弱い絆」の最たるものなのです。
    ☆納得できる。腑に落ちたかも。

    面白かった。…自己啓発本のように見えるかもしれません。と書かれていましたが、東さんが自分自身に書いた、自分自身に言い聞かせているような気がした。(たぶん色々あったんだろうな…と察する)人生=旅…と書かれていた時点で、何か東流人生論のような気がした。頭や脳で考えずに旅をして体を動かし、環境を変えるとグーグルでは見つからない世界が拓けるのね。

    グーグルが予測できない言葉を手に入れよ!と言語のメタ化機能が厄介だという章は、とても興味深かったです♪また再読したい。

  • 東浩紀氏の柔らかくライトに語られる新作エッセイですが、現代考察に満ちた「思想」書であり、インターネッツ情報環境社会の中での「自由」論であり、そのための道筋を具体的にプラグマチックに語られているところの「指南」書でもあります。

    そのキーワードは「観光」。偶然を必然・運命と期待する「自分探しの旅」ではなく、偶然をそのまま偶然の契機として外へ開いていくところの「観光」。野次馬のまま好奇心の発露そのもののに受け身であるからこそ、肩の力を抜いてオプショナルツアーに参加できる「観光」です。その気軽な観光行程でスポンジのように吸い尽くせる知識を得るための具体的な「知恵」について語られています。

    であるので、著者自らが「自己啓発」書の体裁と言っているようにハック集というかTipsでもありますが、重要なのはこの体裁含めて態度の「軽さ」です。この「軽さ」は軽率さ安易さではなく、本人が気づいていないところで両肩に確かにのしかかってくる重力に囚われないところの「軽さ」であり、その軽さは非常に「運」と近似の何かで、世界に対して開けっぴろげに受け身であるところの「軽さ」です。

    そしてそこで語られる著者の具体的事例が自身を振り返ってみれば、確かに経験則でありながらモヤモヤと言語化出来ていなかった何モノかをちゃんと形してくれているために、いちいち腑に落ち、偶然にやってきた「弱い繋がり」の「その「弱さ」こそが強い絆よりも強いものなのだ」という著者の逆説は「敢えて」多用のポストモダニストの風貌ではもはやなく、40代の家族の中の父であり組織を動かす社会人であるところの、一人のリアリストからの腹の底からの述懐に聞こえます。

    その弱くて「強い」細い線を辿りながら著者が今後どの方向へ向かっていくのか楽しみです。

  • 近年のネットワークの環境改善のおかげで私たちはWebを使って容易に膨大な量の情報を閲覧することが出来るようになった。20年程前、パソコンをモデムにつないでジーコジーコとインターネットをしていた頃とは別次元のものになっている。でも、ここで注意が必要だ。私たちがアップロードされている豊富なデータから情報を取得するには「検索」という行為が必要だが、それには「言葉(ワード)」が必要となる。私たちは意識的に検索する言葉(ワード)を増やす努力をしないと、いつも同じような狭い範囲での情報にしか触れなくなってしまい、結果として固定化された視点しか持たなくなってしまう。
    著者は検索する言葉(ワード)を増やすために環境を変えろ、という。そして環境を変える簡単な方法として観光旅行をすすめている。(なんと具体的で実践的!)
    ネットに浸かってばかりいないでたまには外に出て見聞を広めなさい、ってこと。

    おもしろかったのですがKindle版で1,040円かぁ。個人的には780円ってとこかな。

  • ネットは異質なものを排除し、つながりを強化する。自由な意思決定を基本とする世の中は基本的にはこの方向に進むだろう。不自由や制約というものにどう対峙するのか、自分の身体性に囚われて生きることに如何に価値を見出すか。「書を捨てよ、旅に出よう」の慧眼さ。そして、「書も捨てず、旅に出る」ススメ。

  • めっちゃ面白かった。自分の想像の範疇を超える知識が載っている一冊で目から鱗の内容多々ありました。

    中でも、「ネットでは見たいものしか見ることができない」ということ。ネットに情報が溢れているのは事実だけれども、けっきょく検索するのが自分の頭の中にあるものだけ。つまり「ネットでは自分が見たいと思っているものしか見るこができない」ということ。その限界をどう超えるかというこが書かれています。

    そして、このタイトル『弱いつながり』もキー。人生において強い絆も必要だが、一方で弱い絆も私たちの人生に大きな影響を与える可能性があるということが新しい発見でした。

  • うすい,スカスカの本である.ネットにどっぷりつかりながら世界を旅しましょうという話.南極にスマホをもっていって,スマホでいろいろ南極を調べながら,旅しましょう.
    なんとなく納得してしまいそうだけど,いやそうなの と思います.便利さはとっといて 不便なところへ行きましょうというような レトリックで騙しているように感じます.
    ま どうでもいいけど

  • 検索ワードと、そのために旅に出るとか観光するとか。どこから話があっても結果そこにたどり着く展開にちょっとがっかり。面白いのに。

  • 正直なところ、理解できたこと、できていないことがあると思う。少し時間をかければ、それもわかるようになるだろう。

    リアルはネットに「ノイズ」をいれる/
    本を読むことも、旅といえるのでは?/観光地化の良い点、悪い点を改めて考えたい/時間が経つと、記録に対して議論のメタ化が起こるため、現物を残すことが証拠になる/おなじような環境に近づくのは、一種の必然/従来の人間関係に固執しすぎない

  • 前半はどうなうか心配でしたが、最後の方で自分が感じていることと似ていたのでとても安心しました。
    SNSにつきっきりなのってどうなんだろ?
    と思っていたので。
    今の特に若い人達に是非読んでほしい。
    またSNSとの関わり方は国民性も関係しているのだなと感じた。

  • 繋がりが希薄になったと言われて久しい昨今、あえてこのタイトルに作者の意図が知りたくて手に取りました
    実は、この本を知る前に著者の東浩紀氏の経営する五反田にあるゲンロンカフェにて氏のお話しも伺っているんですけどね
    今、FacebookやTwitterで人との繋がりがどんどん深まっている、というのは私があまり意識していなかったので、ナルホドな気付きでした
    またかつて流行ったネットサーフィンは今は少数派になり、今はGoogleを基地として検索したら戻る、また検索したら戻る、という繰り返しは意識の固定化に繋がるというのも普段の自分を振り返って納得の出来事でした
    著者は福島原発などにも言及していて、こちらも頷くことばかりでした
    とはいえかなり読みやすい一冊です

  • 哲学者・東浩紀氏が「旅」をテーマに語る本です。

    わたしは著者の言う"固定読者"であり、今回の本については「自身の最近の活動を、浅く広く宣伝するための本」みたいな悪いイメージをもっておりました。しかし読んでみると意外にそうではなかった。さらに意外なことに、これまでの著作とはまるで異なり、読者の実存みたいなものに寄り添うかのような仕上がりになっていました。

    冒頭の"ネットは階級を固定する道具です"(P.5)という文章で、簡単に引き込まれました。哲学や社会について、明確な論旨とクリアな文体をもって分析してきた著者ならではの切れ味が感じられる「はじめに」になっています。

    "いくら情報が溢れていても、適切な欲望がないとどうしようもない"(P.30)という問題意識にもまったく同意です。「欲望が希薄になっている」という問題はわたし個人にとっても切実なテーマ。新しい欲望を生み出し、熟成させる時間を「現地に行くこと」によって確保するというアイデア、簡単なようでなかなか気がつきませんでした。ある意味では(広義の)「ひきこもり」に向けられたメッセージなのかもしれません。

    本書は「はじめに」において、本書は「哲学とか批評とかに基本的に興味がない読者を想定した本」であると述べられています。しかし一方で、西洋哲学とか批評とかに対する敬意みたいなものを強く感じられる部分もありました。ルソーやローティ、デリダといった名前もちらほら出てきます。「憐れみ」を重視しているあたりは、過去に述べてこられたこととまったく一貫しています。シュミラークルの話も興味深い。

    諸事情のため、いまのわたしは軽々しく旅に出られるような立場ではなく、本書を読んでどこかに出かけようとか、そういうエネルギーが湧いてきたわけではありません。それでも何とも言えないポジティブな読後感がありました。特に以下の文章は胸に迫るものがあります。

    "しかし、人生において「失敗」とはなんでしょう。事業の失敗、投資の失敗、結婚の失敗という個別例はあると思います。けれどもその失敗はつぎの局面の出発点になるかもしれない。人生そのものには失敗なんてないのです。だって、その成否を測る基準はどこにもないのですから"(P.150)

  • 私は「観光」ってもっと概念の話でプラスちょっと本当の観光くらいかと思っていたんだけど、本当に旅行に行きまくるという内容だったのが意外だった。

  • 『一般意志2.0』(講談社)で展開された思想を、「観光」と「検索」をテーマに即して応用しつつ、「自己啓発本」のようなスタイルで書かれたエッセイです。

    本書の中心的な主張は、ネット検索は世界につながるための手続きではなく、むしろ異なる世界に属する人びとを分断することになるという点にあると言ってよいでしょう。そして、こうした問題を乗り越えるためには、旅に出ることによって環境を変えることが必要だという主張が続けられることになります。

    ただし、このようにまとめてしまうと、安易なネットとリアルの二元論に陥ってしまう危険性があることにも留意しなければなりません。そこで、本書のもう一つのキーワードである「観光」に注意しなければならないでしょう。「記憶」を共有しメンバーシップが固定化された共同体が「強い」絆が「共同体」であるとすれば、著者が本書で注目しているのは、観光客として訪れた土地で偶然に生まれる「弱い」絆です。さらに、こうした「弱い」絆をつなぐものとして、言葉ではなくモノが重視されています。こうした主張に基づいて、著者が提唱する「福島第一原発観光地化計画」の狙いが明らかにされています。

    ネット/リアルという二元論に回収されてしまいかねない危険性を、本書が完全に回避しえているかと言えば、少し疑問が残るのも事実ですが、著者はそうした哲学的なテーマに深入りすることを避け、あくまで「自己啓発本」のように「旅に出よう」と読者に呼びかけるスタイルを最後まで貫いています。本書は「紀伊国屋じんぶん大賞」に選ばれ多くの読者を獲得したようですが、こうした仕事を著者に求めてはいないんだけど……というのが、正直な感想です。

  • ・記号にならないものがこの世に存在する事実を知る。ネットは人間が作った記号だけでできている。ネットには誰かがアップロードしようと思ったものしか転がっていない。
    ・パーティで知り合ったような人との「弱いつながり」が人生を変えるかもしれない。「弱い絆」は社会のダイナミズムを考えるうえでとても重要。最先端のネットワーク理論でも言われている。

  • 引用
    ・言語の壁は、受動的に読むことについては低くなりつつあるのかもしれない。しかし、能動的に探すことに関してはまだまだ高い。いまは、特殊な経験や知識よりも、顧客の要望に応じていかに適切に検索するか、その能力こそがビジネスにおいて重要になっている。
    ・記号を扱いつつも、記号にならないものがこの世界にあることへの畏れを忘れるな
    ・世界中たいていの場所について、写真や記録映像でほとんど分かってしまう。にもかかわらず、旅をするのはその「わかってしまった情報」に対して、あらためて感情をタグ付けする、新しい欲望に出会うため
    ・真実はひとつですが、言葉ではそこに到達できない。たとすれば、「真実を探さない」ことが合理的であることもありえます。
    ・証言、トラウマは言語的な記憶である以上、絶対視はできない。記憶はいくらでも書き換えられる。モノの重要性
    ・人生はいちどきり。何度も繰り返せるわけじゃない。だから統計には惑わされず、偶然の連鎖を肯定し、悔いなく生きよう
    ・重要なのは新たな局面が訪れたときに、それまでやって来たことにこだわらず、未来に向かって頭を切り替えることができる柔軟性。人生の失敗は次の局面の出発点になるかもしれない。人生そのとのには失敗なんてないのです。だって、その成否を測る基準はどこにもないのですから。

  • 弱いつながりの真意は、「偶然によって出会い、そしてできた関係性」と解釈した。これが合っているかは不明。

    本書では弱い、強いが二項対立の関係で描かれている。偶然と必然、偶然性と計画性、一回の人生と統計、リアルとネット、ゆるやかな流れと囚われた状態。これがどのくらい哲学なのかは私にはよく分からないが、自然科学の世界に置き換えれば、量子力学と古典力学も弱い世界と強い世界にあたるのかなあと思う。

    人間を中心に考えると、人間が認知できる3次元的な距離、時間の中ではかなり計画的に物事が進むのも真だと思う。一方で突然の地震はその当事者にとっては計画的ではなく、偶然の産物である。そして、一般的には自分自身が計画的にコントロールできることよりも偶然の産物のインパクトが大きい。

    未来は予測できない、だからこそ一期一会であり、目の前で起きていることに身をゆだねるべきなのかもしれない。ただ、それが100%正しくなくとも未来を考えて行動できるのも人間である。未来を考えるからこそ、欲求は生まれるではないだろうか?でも、これは計画性とは違うのか?まあ、日をおいて考えてみよう。

  • 人間は環境の産物であり、ネットの検索の限界についてふれ、リアルの世界へ接触し旅に出て偶然性に身をさらすことでノイズを生活に取り込むことがネットの強みを最大限に生かすことができると説く。

    言葉による論争はメタ化し無限に抽象化するので、論争ではなく素朴な憐れみや直情的な感情をひきおこすモノこそが力を持つという。

  •  地球の歩き方を片手にアウシュヴィッツを観光した。表層を撫でただけなのに強烈なものを受け取った。二五年でチェルノブイリは風化した。それゆえバンダアチェには博物館が必要だ。言葉で争いを止められないなら言葉にできない体験をしよう。いつか観光地となる福島原発跡地にて複製できない時間のなか欲望の芽生えを待つわたしはわたしの福島を見出すだろう。

    『「ツーリズム」(観光)の語源は、宗教における聖地巡礼(ツアー)ですが、そもそも巡礼者は目的地になにがあるのかすべて事前に知っている。にもかかわらず、時間をかけて目的地を回るその道中で、じっくりものを考え、思考を深めることができる。観光=巡礼はその時間を確保するためにある。』85頁

  • ネットばっかやってないで、旅(=新しい検索ワード、身体の移動、弱いつながり)をしようという話。
    ネットは広い世界にアクセスできるようで、実は所属を強化している。

    …という解釈でよいのだろうか。結構難解でした。

  • インターネットで検索するとその履歴からGoogle等の検索サイトがその人にあった情報を勝手に提供してくる。
    結果、ネットから与えられる情報によってその検索している個人が得られる情報は限られる..等々

    自分を人生を変えたければ「環境を変えることだ」
    与えられた情報で自分を創るのは無く
    偶然から..例えば偶然隣り合わせた人が読んでいた新聞の中にとても気になる文字や文章がある..等

    環境を変えることで思いがけない発見がある
    著者はそれを「ノイズ」と書いていた。

    環境を変える最たる物が「旅」時間をかけて移動しその移動時間の中に「ノイズ」を得るための何かが有る..との事。
    旅に出ることで環境が変わり、ネットで検索するその検索するキーワードも変わってくる。
    例えば福島原発とFUKUSHIMA とアルファベットで検索するだけでも得られる情報は大きく変わるという。

    また旅=観光客の立場で「もの」を見ることも面白み(言葉が適当かどうかは一旦横に置く)があるという

    付かず離れずの距離感を保ちながら客観的に判断出来、そこに動かぬ「もの」が存在していれば更に心に感情に響く物がありそれはネットで検索して得た情報とは雲泥の差があるという。
    旅にかけた時間分、それ以上の重さがあるという。

    ネットを否定している訳ではなく、ネットはある項目を掘り下げるツールとしては魅力的だとも書いている。
    ただ「ノイズ」が入ってこないとも...

    そうなのだ!
    焦点を絞って得たい情報と漠とした中から偶然目に飛び込んでくる情報もある。そしてその未知の偶然の情報に心動かされることは少なくない。

    著者は「階級」「所属」という言葉を使っていたけれど
    ネット検索の履歴からその「所属」に見合った情報で創られて自分なんて まっぴらごめん と思ってしまう。

    Googleの予測出来ない検索ワード//
    それは環境を変えて..旅に出てみる!そこで新たな視点で検索してみる//ってことかも知れない。

    凄い//面白いこと書いてるなーって思ってしまった一冊

    凄く読みやすくてサクサク読める。
    でもって自分の殻から飛び出すにはやっぱり「『旅だ』と思わせてくれた。

  • かなり面白かった。

    「偶然に身をゆだねる
    そのことで情報の固定化を乗り越える」
    「観光客は無責任
    無責任だからできることがある
    無責任を許容しないと広がらない情報もある
    無責任な人の無責任な発言こそが、将来を開くこともある」

    個人的にツボ。てゆーか本全体がツボ。
    久々にはまるのみつけた。

  • 寺山修司の「書を捨てよ、町へ出よう」にならえば、「スマホを持て(ただしSNSは切っておけ)、旅に出よう」といった趣の本。逆説的なものの言い方が好きな人。なるほどと思う面(ネットはつながりが強くなるばかりでそれに思考が縛られる、弱いつながりであるリアルな旅を推奨、とか)もあるが、無理矢理に話を展開していくことも多く、さらにまた、わざと人の気分を逆なでするような言葉や事例をもってくるところは、確信犯なのだろうけれど、あまり好きになれない。

  • タイトルだけ読むと「ネット世界のつながりは弱いものだからリアルなつながりを持ちましょう的な高齢者のお説教本?」と単純解釈してしまいそうですが、読んでみたら、なるほどこれは話題になるべき本だ…! と唸ってしまった。

    ■個人的に気になった部分です。誤った解釈をしているかも。
    ・「観光」の非当事者性、軽薄さ、無責任さは悪ではない
    ・新たな世界を知り、アプローチするための機会
    ・「言葉」の限界
    ・現実的、具体的な「モノ」に触れる
    ・「弱いつながり」という強さ

    ■原発被災地観光地化
    やや賛成。不謹慎だタブーだなんて言っていたら歴史の進行は止まる。

  • 環境を意図的に変える。
    自分が置かれた環境を、自分の意志で壊し、変えていくこと。

    自分の環境の一致を自ら壊していくこと

    定期的にノイズを忍び込ませる

    表層不可能性→深刻で複雑な事象であるがゆえ、単純に本質が伝えられないような出来事の性質

    強い絆は計画性の世界
    弱い絆は偶然性の世界

    弱いつながりの拡充

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弱いつながり 検索ワードを探す旅の作品紹介

統制されたネット時代に「かけがえのない生き方」はいかに可能か?著者初の挑発的人生論。

弱いつながり 検索ワードを探す旅はこんな本です

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