特攻 なぜ拡大したのか

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著者 : 大島隆之
  • 幻冬舎 (2016年7月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (339ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344029699

特攻 なぜ拡大したのかの感想・レビュー・書評

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  • 御上の身勝手な立案決定、官僚の杜撰な計画、それらに異を唱えない(逆に美談にして私たちを煽動する)メディアは今も当時も変わりなく責められるべきだが、それを「御上の決めたことだから」とか「皆が賛成していることだから」という理由で何の疑問にも感じない(或いは感じても公言しない)私たちの方にも考え直す必要があると思う。
    ※特に、同じような歴史が繰り返されようとしている今は特にそう思う。

  • 2015年のNHKスペシャル「特攻 なぜ拡大したのか」を担当したディレクター大島隆之さんによってまとめられた一冊。

    8月は戦争に関する本を読むようにしている。
    今年は精神的に不安定だったこともあり、戦争に関する本は愚か、普通の本もなかなか読めないでいた。そんな中で届いた二冊目の献本であったので、気合いを入れて読んだ。

    戦争の特に特攻について、生き残った方々の証言や亡くなった方々の遺した手紙や日記など、また戦中の日誌やGHQの取り調べ記録や戦後に書かれた書籍などから、何故この作戦が始まり拡大したのか書かれている。

    わたしはこの番組を放映自体を知らず観ていないのだが、知っていたら恐らく見逃さないように録画しながら観たことと思う。
    今回、本という形で内容を知ることが出来て大変良い機会になった。

    この特攻という、戦後生まれのわたしには到底理解出来ない常軌を逸した攻撃、というか自爆テロのような作戦は、戦中の実際に兵士としてそこにいたひとびとは、思ったよりも抵抗なく受け入れている。毅然と、ひとによっては笑顔で、決して生きて帰ることのない攻撃に向かっていた。
    そのことにまず驚いた。
    戦中のひとびとの気持ちは、当たり前に平穏を謳歌するわたしたちには到底計り知れないものがある。
    どんな形にせよ多くの仲間が亡くなっていくのを毎日のように見ていると、これは嫌だあれは嫌だなどと口にすることも思うことさえあり得ないことなのかもしれない。寧ろ、自分の意志で敵機に突っ込んで行くというのは、突然の攻撃で何が起きたかわからないまま亡くなったり、戦地でろくな武器もないまま攻撃されたり、餓死したりする他の仲間よりも恵まれていると思うひともいたかもしれない。
    あいつも逝った、あのひとも死んだ、それならば俺も恥なく死にたいものだ。嘘偽りなくそう思うものなのかもしれない。

    最初の特攻が、それなりに戦果をあげたことから、特攻は止まることを知らず終戦までつづく。
    特攻を考えた大西瀧治郎中将は、この攻撃をすることで天皇に戦争をやめるよう命じて欲しかったとも言っている。
    でも、天皇は特攻を止めることは無かった。
    このことも正直言って驚いた。わたしは天皇は戦争をやめさせたいと思っておられたと思い込んでいた。
    それどころか緒戦での勝利などには満足そうであったし、特攻はひとりの兵士の死で艦船を沈められるため効果的な作戦と聞き、戦果をあげればやはり満足そうであったらしいことなどは、この本以外にも書かれているため事実だろうから何とも意外な印象さえ受けた。
    もともと戦争を止めたかったのなら起きる前に何としてでも諌めただろうから、開戦したということはやはり天皇も了解の上だという考えてみれば当たり前なことを知った。

    戦争の映画や書籍には必ず出てくる『国体護持』。
    国体というのは、大日本帝国は天皇を元首とした国であるという国のあり方で、それにこだわり終戦の話し合いがまとまらず、多くの若者が死んでいった。
    戦後、天皇は国の象徴となったので、わたしには『国体護持』に何をそんなにこだわっていたのかよくわからない。
    戦前戦中と戦後では、国のあり方が大きく変わり、ものの考え方や価値観も変わった。
    戦後しか知らないわたしには、いつまで経ってもどこかよくわからない日本人の心情が多い。

    特攻を国のための攻撃として捉えるのではなく、私情に利用しようとしていた人物もいたらしいことなども今回の取材によってわかったとある。
    ひとりの軍人が、和平を潰すために敵艦船に特攻させようとしていた。
    これが本当なら許し難い。
    ただでさえ戦中の日本ではひとの命が余りにも軽く扱われている。時には一兵士などより一機の飛行機が優先され大切にされる。まさに道具のように扱われた多くの命。その命を、更にひとりの軍人の私情によって粗末に扱われるところだった。
    ほんの数十年前の日本は、命の重さを考えられない国だった。
    腹立たしいし情けなくもある。
    日本という国は大切だけれど、その国民はどうでもいい。こんなおかしな話があるなんて。

    今年も夏が終わろうとしている。
    今年の終戦の日は、テレビでも特に戦争に関する番組もなく、変わりなく過ぎた。
    一年に一日くらい戦争の悲惨さ虚しさ、そういったものを考えさせる日であってもいいはずなのに。今年はサミットの後オバマ大統領の広島訪問があったので、終戦の日はもういいかというようにも感じてしまった。きっとわたしが斜めから物を見過ぎなのだろうけれど。

    今まで知らなかったことや思ってもみなかったことを知ることが出来、別の面から戦争を考える良い機会になる読書だった。

  • NHKスペシャル「特攻 なぜ拡大したのか」のディレクターが、番組作成のために行った取材をもとに書き下ろしたノンフィクション。
    兵士が、自ら操縦する飛行機等に乗り、敵にむけて突入する特攻。
    その成立過程から、戦果。そして、成果度外視の全員特攻にまで突き進んでいく経緯を、NHKだから許されるような丹念な取材をもとに、さらに番組では描ききれなかった内容までを書き下ろす。

    通常、軍隊は非常に合理的な存在である。
    戦争に勝つために、長い時間をかけて養成した兵士や、繰り返し使用が可能な兵器投射ビーグルである航空機等を一度限りの攻撃で消耗してしまう特攻は攻撃の選択肢にはなかった。
    しかし、海戦の大敗で飛行機を攻撃地点まで運搬する手段(航空母艦)を失い、しかも通常の戦闘では戦果を挙げられなくなった海軍には、その動機が生まれる。
    そして、昭和19年に始まる特攻作戦は、初戦では大きな戦果を挙げることとなる。
    さらに戦局は進展するが、そのなかで特攻による戦果は様々な自由から過大評価されていく。そして、戦争の遂行目的が、戦争に勝つことから敗戦に向けて有利な条件を引き出すことに変わった時、持ちうるすべての兵力を投入する全員特攻という道に引きずり込まれていく。

    そして、唐突に戦争は終わる。
    練習機をも使用した、全員特攻を立案し、推進した戦争遂行者たち。自らが戦場に身を投じた兵士達ではない者たちが、航空自衛隊創設時の要職を占めていったという一文で本書は終わる。彼らにとっては、特攻作戦は成功したと言えるのかもしれない。

    実際の成果ではない、立案者たちが意図した成果のみが、マスコミ、政治家によって喧伝され、一般国民はそれを真実だと信じ込み熱狂する。
    しかし、その裏側では、一部の利害関係者のみが利益を得るという構造。
    廃棄物の処理に10万年かかり、かつ、稼働中の不慮の災害等によってトラブルが発生したら、そのエリアには二度と人間が住めなくなってしまうにも関わらず、そのことを正視することは許されず、そして粛々と崩壊に向かって進んでいく。
    これは、現在の原子力発電所再稼働問題とまったく同じ構図だと思う。
    特攻の悲劇は、現在も生きている。原発再稼働そして推進。それは一般国民を巻き込んだ全員特攻作戦と同じものだと私は思う。

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