ぼくらはみんな生きている―18歳ですべての記憶を失くした青年の手記 (幻冬舎文庫)

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著者 : 坪倉優介
  • 幻冬舎 (2003年6月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (229ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344403758

ぼくらはみんな生きている―18歳ですべての記憶を失くした青年の手記 (幻冬舎文庫)の感想・レビュー・書評

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  • こうしたノンフィクションはほとんど読まないのだが、たまたま子供が買っていたのに目を通し、一気に読み終えてしまった。
    確かに凄い体験である。いや、体験というのは正しくないのだろう。まったく一から始まったのだから。
    最初は、食べることさえ初体験。単なる記憶喪失というより、本能部分まで障害を受けたようなところからのスタート。文字も分からないまま大学に通い、新たな自分を作り上げていく。ただ、この人が選んでた道が、美術の世界だったことは救いだったのかもしれない。相当悲惨な体験のはずだが、淡々と書かれているのが素晴らしい。面白いというと語弊があるが、多分(これも読まなかったけど)五体不満足も似てるのではないかと思う

  • 大学一年の時に乗っていたスクーターで交通事故を起こし、18年間の記憶をすべて失った著者の自伝。この本の終盤では12年程経っているようですがそれでも記憶は戻っていない様子。だだし、以前と比べ過去にはこだわらず、新しい記憶を大切に生きていきたいと締めくくっている。世の中には不思議なというか、奇跡的なことがまだまだあるんだと思いました。

  • 小説より小説のような事実、ってのは世の中枚挙に暇がないけど、“記憶喪失”もそのひとつかもしれない。物語の中ではあっさり使われるそれを、実際に体験してしまった著者による生々しい手記。18歳時の事故で著者が失った記憶は、名前や家族の記憶に留まらず、数の数え方から食事やトイレなど生理現象そのもの、そして感情。その状況自体の恐ろしさが背筋を冷やすが、周囲の厳しさと優しさ、そして家族の難しさと供に乗り越えていく様が描かれ、記憶と社会との繋がりを考えさせられる。

  • #「口とおなかがすてきな感じです」「おいしいっていうんだよ」(『マップス ネクストシート』より)

    #自分や家族の記憶はおろか母親/食べ物といった概念すら失ってしまった著者が、それでも残されていた言葉のありったけを使って世界を再構築していく、その12年間の記録。けむりがもやもやと出てくる光るつぶつぶ? かわいい顔をしているのがたくさんつまった大きな箱? その描写が何を指すのか気付いたときの、世界の上書き感は比類がない。『アルジャーノンに花束を』のような感動の〜、という惹句にひるむような人にこそ届いてほしい1冊。

    (2009/07/30)

  • もし、今までの人生の記憶を全て失ったら・・・。不安ととまどいの中、一歩ずつ進んでいくさまは、人間の生命力、力強さを感じますね。

  • 4344403754 229p 2003・6・15 初版

  • 交通事故で、記憶喪失となった坪倉という青年の手記。
    自分に何が起こったのか?
    理解できないまま、自分のいた環境によみがえる。
    そして、記憶は、すべて消えていた。

    目の前のものから、順番に理解していく・・
    なぜ何故そうなのか?
    を繰り返し聞く。

    ぴかぴか光るもの(おこめ)、
    きらきら光るもの(おかね)、
    青いご飯。

    空の色。夕日の色。心の色。

    「だんだん慣れてくると、みたままの色だけでなく、
    心の色も見つけるようになる。
    天気がいい日の空の色でも、
    ほめられたときに見える色と、
    怒られて見上げる空とでは、
    色が違うように感じる。」

    おいしそうな色。

    目に飛び込んでくるものは、
    やはり光であり、色である。
    それを受けとめながら、自分のものにしていく。

  • 記憶喪失になったことで差別されることは厭わしいが、事故に遭ったことを自分自身が様々な言い訳に使っている。差別されるような態度を取ってきたのは自分自身ではないか。
    ある日留年した理由を聞かれ、嫌々ながら事故で記憶喪失になった話をするが、最初は信じてもらえない。そんな風に見えなかったと言われ、いつも話をしてきたときと同じようにびっくりした顔をされるが、なぜか嫌な気持ちにならない。

  • 彼のことは、数年前にTVで観た。最近もまたどこかの番組で取り上げられたらしい。

    18歳の時の交通事故によって脳に重大な損傷をうけ、機能障害を負った著者。
    通常、機能障害による記憶喪失というと、短期記憶のエピソード記憶はやられても、作業記憶など長期記憶は無事なことが多い。彼の場合は、短期記憶のみならず長期記憶も障害を負ったため、たとえば「椅子」とか「ベッド」とかいった単純名詞や、トイレに行く、食事をするといった作業ですら、忘れてしまったのだ。これは18歳にして、頭の中身は赤ん坊へ逆戻りしたに等しい。実際、退院したばかりの彼自身がみた世の中は、きっと赤ん坊ならこんな風に見え感じているのだろうと思われるような表現ばかりだ。

    これは、その壮絶な体験から、ひとつひとつ手探りですべてを新しく学び直し、社会生活を営むまでに復活した著者の手記である。

    手記そのものは、生々しさこそ伝わって来るものの、巧拙でいえばむしろ拙く内容も散文的で、客観的に実態がありありとわかるという類のものではない。
    だがその合間合間から、著者本人とそれを支える家族の想像を絶する努力と苦労や困難が垣間見え、どれほどの思いで事故からの数年間を生きてきたのだろうかと深く感じ入らずにはいられない。
    投げ出さず、真正面から障害に向き合い忍耐強く闘い続けてきた著者とそのご家族に、心からの敬意を表したい。

    あとがきで原田宗典氏が書いている彼の言葉が素晴らしく、涙があふれた。

  • 18歳でバイク事故。記憶は全て消えた。字も読めない。家族の顔もわからない。そんな彼が少しづつ過去を作っていく成長の話

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ぼくらはみんな生きている―18歳ですべての記憶を失くした青年の手記 (幻冬舎文庫)の作品紹介

突然の交通事故。病院のベッドで目覚めたら記憶喪失になっていた。家族や友人、恋人のことだけでなく、どうやって食べるのか、寝るのか、トイレに行くことさえも忘れていた…。新しい自分と向き合いながら生きて、草木染職人として独立するまでの12年間。

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