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この作品からのみんなの引用
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子供の質問に、大人はなかなか精確には答えられないだろう。そういうときには、いい加減なことを言わず、「わからない」「知らない」ということを正直に伝えることが大切である。そして、「わかったら、教えてね」とつけ加えれば良い。(中略)「そんなこと、どうだって良い」「そんなことを知って、どうするつもりか」という態度を絶対に取らないことが重要だ。
― 183ページ -
親は自分が悪者になりたくないから、神様に叱ってもらおうという心理が働く。しかし、はっきりと「私が許しません」と言えば済むことであり、悪いことをすれな不利益が自分自身に訪れることを教えれば良い。
― 181ページ -
親は「神様」「ご先祖様」などと軽々しく口にしない方が良い。
― 181ページ
みんなの感想・レビュー・書評
かがくのちからってすげー。で終わらせちゃいかんな。僕は間違いなく「割り切り」過ぎてた。
科学を理解していてかつ表現力も傑出している こういう本が増えれば擬似科学も減っていくのではないかと思う
科学的であるとはどういうことか(第三者によって再現できる、数字で測定できる、など)、科学的な思考をすると(しなかったときと比べて)どのようなメリットがあるのか、科学的な思考を生活の中でどのように役立てればいいのか、などなど。
それなりに面白かったです。
想定読者は科学にアレルギのある文系なんだろうけど、そういうひとはそもそもこの本を読まないんじゃないかという噂。
「科学的」とは?と問われると、返事に困ってしまいます。分かっているようで、実は全く分かっていない。森さんの思考をトレースしてみようと思います。
数学から逃げて文系に走った自分としてはほんとにイタイ内容。大学に入ってから一般教養の理系科目の面白さを知り、就職氷河期の洗礼を受けて安易な文系選択をすこーし後悔した。数学イコール科学ではないのに。
「科学から目を背けることは、あなた自身にとって不利益ですよ」これにつきますね。。
放射能汚染の問題も、「難しいことわからないから結果だけ教えて。何ベクレルが危ないの?」なんて受身では社会が損をする。
原発事故直後に元素や単位や、なんやかんやを勉強し、「なんで一般市民がこんなことに詳しくならなくいちゃいけないの、こんな世の中ヘン」と思っていたけど、それこそが大間違いだったんだなあ。
科学的とはどういうことなのか。
森博嗣さんの小説を読んでいても感じたことだが、自分とは明らかに違う気がする。それは考え方であったり、感じ方、表現方法など、たとえ同じ風景や物体を見ていてもおそらく違うことを思っているのだろうと思う。だから面白い。だからもっと読みたくなる。
この本の中で、科学や理系という言葉だけで目を瞑ってしまう人は不利益を被ることになるという旨が書いてあるが、これは科学に限ったことではないと思う。
ある要素が絡んだだけで頭ごなしに理解できないモノとし、他人に聞きもしなければ、自分で調べようともしない。こういうことをしていると、結局は自分の不利益に繋がってしまうのだろうなと思う。
科学とは「誰にでも再現ができるもの」である。また、この誰にでも再現できるというステップを踏むシステムこそが、「科学的」という意味だ。
と、本書にあるように再現がキーワードである。また自分の考えを、相手の頭の中で再現できるよう伝えることが、科学的に伝えることになるのだろう。
いかにして科学的に伝えられるか。そのことを考えながら、日々の生活をおくっていきたいと思う。
とてもわかりやすかった! 今まで幾度となく、自分に理系の頭があったならこっちの分野に進みたかった…と思うことがあった 昔につまずいてしまってからは、文盲や色盲があるように 自分は数盲なのだ!とレッテルを貼ってしまったからだ またそうしないと、自分のプライドや心が守れなかった(現に受験ノイローゼ気味だった時は、数学の問題が解けなくて泣きさえした…) そんな風に悪い方に割り切って拒絶... 続きを読む »
【ベストセラーのベストセラーたる理由を考える】 Vol.04 科学的とはどういう意味か 工学博士と小説家、2つの顔を持つ著者による 「科学啓蒙」の読み物。 2011年3月31日に書かれたということで、 震災後の話、すなわち「災害対策における科学的態度」 のような話も結構出てくる。 本書の著者サイドのスタンスは、 「科学から逃亡する人たちに言いたい: それではあなた自... 続きを読む »
内容的には文系向けの話のような気がする作品であった。
おそらく、理系からしたら当たり前のような感覚なのかもしれない。
それでも、いろいろと面白かった。
算数(数学)を嫌いになる(?)原因のようなものも
何となくであるが、納得できた。
この本を読んで、ずっと私が感じていた「サイエンスコミュニケーション」への違和感がようやく分かった。
サイエンスカフェなどにおいて「科学はすばらしい」「科学は楽しい」と謳うのは、個人(主催者側)の感想であって、この世の中を生きていくのに科学が本当に必要なものなのかを示すものではなかった。
「科学的な知識や考え方を身につけること」は、科学技術であふれた今の世界を何者かに騙されることなく生きていくために、必要なのだ。
とても読みやすいので、一読おすすめ。
数学が苦手となる経過や数学と他の教科との違い、も語られている。 科学的とは誰にでも再現できること、という事柄を知っておくことは有益。
知識量に価値があるのではない。名称をたくさん覚えている事に価値はあまりない。知識というものは知っているものは知っている、知らないものは知らないというだけの話である。一方、方法を習得したものは、同種の他のレベルの問題まで任せる事ができる。子どもの時に自分は文系と定義する事は、言葉だけの知識を理解だと勘違いしている事に等しい。学科で教わる事は大別すればデータ(情報)とメソッド(方法)に分けられる。科学とは方法であり、他者によって再現可能な事を条件に組み上げていくシステムである。
もちろん、すべては『F』から始まったのだけれど、私はもしかしたら、彼の非小説の方が好きなのかもしれない。 1995年から2001年までの日記に見られたようなエッジィさは、少しなりを潜めたような気がする。それはもちろん、いなくなったわけではなくて、他の方法をもって表面に現れているからだろうけれど、そうやって、絶えず、変化していくことを良しとする彼の姿は、尊敬に値する。 言葉でしかできないことがあ... 続きを読む »
世の中に大勢いる「科学嫌い」の人達に警鐘を鳴らす本。日頃から「理屈はいいから結論だけ教えて」「説明は3分以内で」などと言われることを不思議&不快に思っている私にとって、正に自分の気持ちにぴったりの事が書かれていると、深く共感できる内容である。
『科学は「好き嫌い」ではなく、「身を守る力」として、その知識や考え方を身に付けるべきものである。人を幸せにするのは科学の力である。』同感!
科学とは「方法」である。そしてその方法とは「他者によって再現できる」事を条件として組み上げていくシステムのことである。
自分がこれを読むまでは、他者によって再現できるということまでは理解できていた。なので実験してその結果を数値で説明できれば科学的だと思っていたので、多くの勘違いしている一人だったということだろう。
また正しいかを疑う精神はSEと仕事をしているにである程度慣れているが、こうやって文章で読むと非常にめんどくさい。と感じてしまう。
文系の方が暗記メインとかいうのは受験の弊害であって、本来、例えば歴史ならその時に起こった出来事を豊かに想像したり紐解いていくのが学ぶってことではないんでしょうかね?
それと、最近思考停止するなっていう本多いけど、そういう人は本読まなそうだったり…
と、そんなことを考えさせる本。
記憶系文系がこれ読んだらどんな反応するんだろうか?
非記憶系理系が読んでも新鮮味はあんましないので★★★。
日本の報道に対する意見には激しく同意する。
こないだのNHKのJobsの番組に対する違和感は、
文章にするとこういうことなんだろうな~
とこの本読んで納得した。

「科学を無闇矢鱈に否定して目を背けるのは、あなたにとって不利益ですよ」というのが一番言いたいことだそうだ。すごく良く解る。
でもこの本では、いわゆる「文系」が「理系」科目に対して反発することが多い、...





