- Amazon.co.jp ・本 (219ページ)
- / ISBN・EAN: 9784344983144
作品紹介・あらすじ
大阪・桜宮高校での生徒の自殺を機に体罰撲滅が叫ばれる一方、「愛情があれば殴ってもよい」という支持の声は大きい。教師が子どもに罰として肉体的苦痛を与える「体罰」は、学校教育法で明確に禁止されている。体罰に教育効果などなく、子どもに致命的なダメージを与えるだけ。だが、教師は子どもを暴力で支配する快感に溺れ、親はそれを「教育熱心」として讃え、世間も「愛の鞭は必要」と容認してきた。これまで多くの子どもの命を奪ってきた暴力の共犯構造にメスを入れる。
感想・レビュー・書評
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冒頭、27年前の女子高生の遺書、もうこの世にいたくないの、
お父さんお母さんゴメンネ、という内容があります。
これだけで、泣きそうになった。
そして記憶に新しい大阪桜宮高校の事件。
結論としては、この27年前の悲劇から世の中は何も
変わっていないということが数々の事例、許せない事例を
もとに記されていきます。
大きなポイントは、体罰は別に悪くない、という考えが
いまだに根付いているということ。
桜宮高校の事件の後の調査でも、42%が体罰を容認していると
いう事実が、はっきりと示しています。
悪質な指導者はもちろんですが、保護者も同様です。
桜宮高校の保護者向け説明会の会場では、「今までどおり、やって
ほしい。それが桜宮高校らしさだ」と発言する親がいて、
それに拍手が沸き起こったということです。
遺族がいるにも、関わらず。
こういう遺族の気持ちを分からない保護者を、著者は
ファシズム的と断じています。
また一部の保守活動家は、逆に体罰を扇動すべく活動も
行われています。「体罰の会」まであるそうです。
石原慎太郎、桜井よしこ、戸塚校長。
まあ、戸塚校長を擁護する時点で、この人たちの
精神がどんなものかわかるもので、笑いのネタとしてはよいのですが
こんな会が存在、活動していることも恐ろしいこと。
最後に、桜宮高校の教師がインタビューに応じた内容を
記しています。その中で指摘していたこと、「体罰を盲信して
それにとらわれている教師は、体罰が自分が自分であるための
指針となってしまっている」という箇所。
こうして、自分を振り返るような体制、機会、それによって
改心する教師が増えてくることを願います。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「愛の鞭」なんて聞こえのいいものじゃない、教師と生徒という不均衡な立場の間で行われる体罰はただの暴力。世代間で継承される暴力は伝統でも何でもない。
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体罰はなぜなくならないのか。藤井誠二先生の著書。体罰も愛情のうちとか、体罰も教育のうちとか、そんな発言をする教師や保護者がいまだにいるのが日本の現実。言葉で説明するのではなく体罰に頼るのは、教師や保護者としての能力不足、適正欠如を認めているようなものです。体罰は犯罪、日本社会からの体罰撲滅を願います。
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<石上浩美先生コメント>
桜ノ宮高校体罰事件など、部活動の体罰事例の検証と問題提起。
<閲覧スタッフより>
「愛のムチ」とは如何ほどのものを言うのか??桜宮高校体罰事件をはじめとする学校教育・部活動の現場から消えることのない「体罰」の実態とは。
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所在番号:
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体罰は法で禁じられている行為であり、そして、体罰を是としているひとがたとえば一人いたとしても、一方でそれを非としているひとがいる。あるいは、それによって死んでいく人間がいる。
著者の言うように、この単純な事実に想像力を働かせることができれば、体罰を防ぐような社会を、徐々にではあるが、つくっていけるような気がする。
著者の体罰反対のスタンスがちょっと激しすぎるとは思うけど、おおむね同意します。体罰ということに対する問題意識が深められたように思う。