家族という病 (幻冬舎新書)

著者 :
  • 幻冬舎
2.55
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本棚登録 : 2162
感想 : 293
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  • Amazon.co.jp ・本 (177ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344983762

作品紹介・あらすじ

日本人の多くが「一家団欒」という言葉にあこがれ、そうあらねばならないという呪縛にとらわれている。しかし、そもそも「家族」とは、それほどすばらしいものなのか。実際には、家族がらみの事件やトラブルを挙げればキリがない。それなのになぜ、日本で「家族」は美化されるのか。一方で、「家族」という幻想に取り憑かれ、口を開けば家族の話しかしない人もいる。そんな人達を著者は「家族のことしか話題がない人はつまらない」「家族写真入りの年賀状は幸せの押し売り」と一刀両断。家族の実態をえぐりつつ、「家族とは何か」を提起する一冊。

感想・レビュー・書評

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  • 亡くなった父と老いた
    母を思い浮かべました。

    果して私は彼らの事を
    どれだけ知っているの
    だろうかと。

    真っ正直に向き合えば、
    親子って対立せざるを
    得ない。

    まさしくそのとおりと
    思います。

    単純ではないですよね。

    離れて暮らしていると
    心細かろう淋しかろう
    たまには親孝行しよう
    と思いますが、

    ではといざ帰省するや
    ほんのちょっとした癖
    や相変わらずの話題に
    アレルギー反応が・・・

    やはり、家族の間には
    日常的に微風を吹かせ
    ておきたいです。

    正に近すぎず遠からず、
    知ってるようで知らぬ
    距離感。

    それくらいがちょうど
    よいのかもしれません。

    ベッタリ依存されたり
    啀み合ったりするより
    そのほうがずっと健全
    かと。

    • 高倉の健さん
      家族の間には近すぎず遠すぎずの
      微風がちょうどよい」
      賛同します。

      私も帰省するたびに(1年に2回あるかどうかの
      ことなのに)、
      滞在3日...
      家族の間には近すぎず遠すぎずの
      微風がちょうどよい」
      賛同します。

      私も帰省するたびに(1年に2回あるかどうかの
      ことなのに)、
      滞在3日目には
      くたびれてウンザリしている
      狭量な自分自身に気付いて
      そこにウンザリしてます。

      親のこういう癖が目につくとか、
      あーだこーだと。
      2023/09/10
    • コルベットさん
      高倉の健さん、こんばんは。すごいわかります、その感覚。冷たいようだけど、子どもの感覚ってそういうものですよね。決して愛情が無いわけじゃないん...
      高倉の健さん、こんばんは。すごいわかります、その感覚。冷たいようだけど、子どもの感覚ってそういうものですよね。決して愛情が無いわけじゃないんです。
      2023/09/10
  • とにかく主張主張主張。これだけ強い言葉で言い募られると言い返せず離れていくしかないであろうと感じました。
    家族という幻想を打ち砕いて欲しくて読んだ本でしたが、哲学的要素は皆無でひたすらご自身の家族への感情を披歴するという本です。
    共感をして欲しい人ではないと思うので、何を言われてもなんら痛痒は感じないと思いますが、もし彼女の家族であったら相当悲しい気持ちで死んでいく事になりそうだなと思いました。
    自分自身で関わる人や信頼出来る人を選んで、その人と家族のようになった方が良いという考えは頷けます。自分もそう思った事も有ります。でもそれって婚姻で信頼出来る人と新たな家族を作る事と何が違うのかな?とも思いました。
    自分が産まれた家族は「出生家族」、自分が婚姻で作った家族は「結婚家族」と言います。彼女は父母の生き方を否定しますが、父母は父母で「結婚家族」を作り彼女はそれを「出生家族」として生きてきました。自分が作った人間関係は「選んだもの」として言い募る彼女の言葉は非常に幼稚に感じられます。彼女は彼女で「結婚家族」を独自に作ったわけですから、親の作った「結婚家庭」も認めるべきであったろうと思います。

  • 下重暁子さんは昭和11年生まれですから、今度の日曜日に80歳になられます。
    小学校のときに終戦を迎え、早稲田大学を卒業してからNHKアナウンサーを経て、文筆業をされています。
    穏やかな外見のわりに、とても活動的で革新的な考えをお持ちなのは、だからなんですね。

    共感することも多かったけど、ときどき「ちょっとひねくれているんじゃないかなあ」と思うところがありました。
    ご自身のご家族についてが、ちょっとぼやけていたから。

    最後に、亡くなられたお父さんお母さんお兄さん、そしてご自分へのお手紙が掲載されています。
    「彼女を作ったのは、そういう家庭環境なんだなあ」と納得しました。

    彼女の言われることはもっともであり、興味深い話、本当にありがたいと思っています。
    ただ、そういう情報不足の時代に育ったご両親に対して、私だったらもっと寛容でありたいと思いました。
    生意気言ってごめんなさい。

  • 無駄な情報が多く、何が言いたいのか分からない。根拠のない主観的な話が延々と続く地獄のような一冊。

  • ピンとこない。
    びっくりするほどピンとこない。
    共感ポイントを見つけたと思ったら、わざわざそれ書く?と思うような僻みのような妬みのようなネガティブな物言い。
    彼女自身の家族や家族関係についても書かれていて、家族というものに期待していない、むしろ絶望からのスタートだというのはわかるけれど、気持ちのよい読後感はありませんでした。
    私自身も機能不全家庭で育ったという自覚はありますが、なんとも寒々しい見解でした。一刀両断というより、ネチネチ言うてます、という感じ。
    我が家がこうだった、知り合いはこうだった、程度で家族の実態をえぐりつつ、と書かれても、な。

  • 此の方は元NHKのアナウンサーで本もたくさん書かれてるそうなんですが、存じ上げませんでした。

    全体通して読んで、この人の言いたい事は半分は理解出来るけど、半分は理解できない。

    夫婦といえども親子と謂えども異なる人格を持った人間なんだから、わかり合えてると思うな、理解してると思うな、過剰に期待をかけるな。その点については、その通りだと思う。

    そうは言いながらも自身の家庭に対する鬱憤を晴らしているようで、なんというか‥‥気の毒に思えてしまう。

    終戦の時小学校3年生だったと言うから、私の母と同世代だけど、家庭に問題はあったにせよ自身が恵まれた境遇にいることをわかっていない。勿論本人の才能もあったとは思うけど、女の子を大学まで行かせてくれる家に生まれついて、普通の人ではできない仕事につけた。この世代の女性にしては経済的に自立した存在だったでしょう。

    同世代の一般の女性は子どものためと言うのも嘘ではないけど、離婚したくてもできない状況にあったことをジャーナリストなら捉えていてほしかった。親位の世代の人だけど、あなた青いわね。と言ってあげたくなる。

  • なんだか少し寂しいような気持ちになりました。
    この本の著者:下重暁子さんは、敗戦という一つのキッカケによって、大きく価値観が変わってしまったあるいは変えざるを得なかったのだろうと思います。

    たしかに日本では「家族」をあまりにも絶対的なものとし過ぎていてそのせいでがんじがらめになっている部分があると感じます。
    それは3.11以降どんどん顕著になっているとも。
    付かず離れずというのはなかなか難しいですね。
    「個」という生き方と「家族」は相反するものではないと信じたいです。

    そして言われてみれば、おかしなことだなと気づいたのが、夫のことを主人と呼ぶ文化です。
    欧米などではジェンダーニュートラルが根付きつつある時代ですが、言葉一つ取り上げても日本はまだまだということなんでしょうか。

    そして、下重暁子さんは連れ合いと独立採算制を築いているそうです。
    そうすることによるメリットやデメリットなどについて、今一度自分の頭で考えてみたいなと思います。

  • 久しぶりに読むのが辛い本でした。
    中身がない。

    タイトルに惹かれて、読もうと思ったのだけど
    ここまで酷いとは。

    期待したのは、家族もいうものを
    客観的に見て、紐解いてくれる内容だったのに
    ひたすら、著者が家族というものをどう捉え、
    自身の家族観とそれがいかに自身にとって好ましいものではないかを語っているという。

    この中では家族とは多種多用である、ではないの。

    著者自身がうまく家族関係を築けなかった結果を、主観で延々愚痴ってるようにしか思えない内容なの。

    そんなもの、他者であるこちらはどうだっていいの。あなたの家族に興味はない、て話。

    ホント、がっかり。

    評価に値しないので星☆無しです。

  • 下重さん、自分とはずいぶん違う生き方をされているけれど、「自立してこそ」「固定観念にとらわれず快く生きられる方法を作り上げる」という思いは不思議と似通っている。

    思いや理由のない集団で無理にくくると、「家族なんだから当たり前だろう!」とぶちギレないと対処できないシーンが出てくると思う。
    そして力のない立場にいる人は、それに従うか事件を起こすしかない。
    そこには、人権も何もない。

    自分の奥さんや子供を、そんな立場にはしたくない。
    成長しつづけるひとりひとりの人間として、お互い、違うところや同じところを楽しみあって行きたいと思った。

  • 本屋さんで立ち読み半分、友人に借りてあと半分を読了
    下重暁子さんのベストセラー新書『家族という病』

    お書きになっていることは
    つねひごろわたしの思っていること
    「夫婦は他人」こどもは「育てている時だけ」
    を言っているのではないかと
    だからわたしは読まなくてもよかったのだけど(笑

    さて

    序章「ほんとうはみな家族のことを知らない」

    当然でしょとわたしも思うけど
    むかし母が
    「××子(ばあチャル)は何を考えてるかわからない子!」
    と嘆いたのをわたしは親不孝して悪いなあと思った時もあったので
    親子は「通通」という呪縛はものすごく強力なのかもしれない

    第一章「家族は、むずかしい」
    第二章「家族という病」
    第三章「家族を知る」

    「家族を盲信する日本人」だという
    典型的なのが「振り込め詐欺」にひっかかる家族
    冷静さを失い、家族の恥は家族でと内々に処理したくなる

    わたしも「それはありえん」と前にブログに書いた!

    「一家団欒」と美化される家族
    それなのに家族がらみの悲惨な事件は起こる
    親殺し、子殺し、相続時のお金がらみの争いなどなど
    どんな家庭にも確執はあるのである

    「家族写真入りの年賀状は幸せの押し売り」とおっしゃってるの
    まあね、友人には送らない方がいいよね

    と、読んでしまって言うのもなんだけど
    問題提起というけれど、新しいことは無かった感想

    個人個人を認め、気配り想像力を働かせ、冷静な対応
    それが出来れば家族という他人と暮らすのもまたいい
    と常々思っている

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著者プロフィール

1959年、早稲田大学教育学部国語国文科卒業。同年NHKに入局。アナウンサーとして活躍後フリーとなり、民放キャスターを経て文筆活動に入る。公益財団法人JKA(旧・日本自転車振興会)会長、日本ペンクラブ副会長などを歴任。日本旅行作家協会会長。
主な著書にベストセラー『家族という病』『極上の孤独』『年齢は捨てなさい』『明日死んでもいいための44のレッスン』(以上、幻冬舎新書)、『鋼の女――最後のご女・小林ハル』(集英社文庫)、『持たない暮らし』(KADOKAWA)、『夫婦という他人』(講談社+α新書)、『老いも死も、初めてだから面白い』(祥伝社新書)、『自分に正直に生きる』『この一句 108人の俳人たち』(以上、だいわ文庫)他多数。


「2023年 『年をかさねるほど自由に楽しくなった』 で使われていた紹介文から引用しています。」

下重暁子の作品

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