仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える (幻冬舎新書)

著者 :
  • 幻冬舎
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感想 : 79
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  • Amazon.co.jp ・本 (188ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344984479

感想・レビュー・書評

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  • 思っていた感じの本とは違い、哲学的な本でした。
    言葉の定義などを丁寧に考察して、「生きる意味とは?」という哲学的な問に対する答えを求めていく内容でしたが、私には少し難しかったようです。
    ぜひ、読んでみて下さい。

  • 仕事の話。ビジネスの話ではないです。
    生き方の話。

    人生の意義と、人生の意味
    これは大違い。

    意義は人間にとって利益となるものを得ること。
    意味は人間が意味を見出す行為をすることで生まれること。
    心の動きから生まれること。

    社会は、頭でっかちに直ぐ効果があることだけに価値を置き、一見無駄に思える遊びや、無意味なことに価値を見いだせない。

    価値を認められない人間は、自己を確かなものと考えられなくなっていく。

    頭から離れ心で自分が本当に求めているものに、愛をもって真摯に向き合う事、自分を見つめることが重要。
    何が好きなのか。何をしたいのか、大層なことでなくてよい。

    時間が空くことを無駄だと考え、何か情報を得たりすることで、結果的に不安感を埋めているような過ごし方は、いまいちだなと思った。

    一見何でもない時間、回り道、無駄な営みに見える事でも、自分自身の余裕を生み出し、自分を楽しませることができると最高なんだろう。

    引用される文章
    漱石、ニーチェ、フランクル、ミヒャエル・エンデ。
    短いフレーズだけど、詩的でいて、深く世界を、そして一人の人間を洞察している。
    とんでもない人たちですね。

    ハンナ・アーレントは文章も哲学的で頭に入りずらかったですが。

  • 生きる意味、生きる意義、本当に生きるとは?悩める現代人は一読してみれば、得るところも多いと思う。哲学的で若干とっつきにくいが、その分中身は濃い。生きる意味を求めて悩んでいる人は、この本から得られるところ多いと思う。

  • 仕事を生きがいにしていても、していなくても、人生に何か足りないなと感じたことのある人におすすめ。心から遊ぶ、対象物と戯れるのは簡単そうで結構難しいと常々思っている。「即興」という概念いいな、使ってみます。
    道徳とは、われわれが個人的に嫌いな者にたいして採る態度にすぎない。/オスカー・ワイルド

  • タイトルと内容が違うという感想があるけど、そうなのかなぁ。自分は読み方が浅いせいか、タイトルもわりとしっくりきた。

    なんとなく、仕事仕事で追われて生きる意味を見失っている人は、という前提のうえで、将来を考えて縛られて生きるのではなく、自分で生きる意味を見出し、仕事以外に自分が今やりたいと心から思うことを楽しんでやろうよ、それが答えのひとつじゃないかい、ということを言ってるのかなぁという気がした。

    哲学的なことはよう分からんが、今の時代、仕事がどうしても生活の中心になってしまうことは否めない。そんな中で、みんな仕事でなんらかの成果を出すことを求められている。しかもそれは他人と比較される成果。そこに生きがいを見いだせるのは、他人より優れた成果出し続けられるごくわずかな人だけ。しかもその人ですら、本当に生きがいを仕事に見いだせているのかもわからない。

    仕事に生きがいややりがいがないとおかしい、生きる意味ない、という風潮はおかしいよ。仕事以外にも楽しいことや生きがいだと思えることはあるのだよ。ということをちょっと丁寧に難しく書いた本だと思う。でもそんな難しくはなかったと思うけど。個人的には素直にいい本だった。

  • 働くことこそ生きること、何でもいいから仕事を探せという風潮が根強い。しかしそれでは人生は充実しない-。気鋭の精神科医が、仕事中心の人生から脱し、新たな生きがいを見つける道しるべを古今東西の名著を繙きながら示す。

  • 一生手元に置いて読み直したいと思えるような、素晴らしい書籍だと感じました。仕事がどうして辛いと感じてしまうのか、世の中の状況や、過去の哲学者や文学者の言葉を用いて具体的に説明してくれています。
    会社で働くのが何となく辛い、虚しいというのが何故なのかがはっきり理解出来ました。タイトルから、仕事の自己啓発本かと思いますが、仕事だけでなく生きることについて考えさせて教えてくれる本です。

    何でも金に換算する消費社会の中で、効率と効果が崇拝されて、質は価値を失ってしまい、仕事のほとんどが単純労働化されてしまいました。こんな単純労働とすぐに消費されて消えていくものを作るために長い時間をかけて働いているのか‥、という違和感が虚しさとなってきます。

    効率や効果は仕事だけでなく、日常生活も支配していき、日々を味わい楽しむという感覚が消えてしまっているんですよね。

    書籍では、日常に遊びを取り戻すことを推奨しています。思考で考えて行動するよりも、身体の感じるままに行動してみる、それにより子供の頃に遊んだり探検したときに感じたようなワクワクが蘇ってきます。

    本当に素晴らしい本なので、働くことに違和感を感じている方、生きるのに虚しさを感じている方はぜひ読んでみてください。

  • you tubeの要約チャンネルで見て読みたくなった本。
    よくある一般論が書いてあるのかと思ったら、作者の先生がとてもよく研究しておられる内容でとても読みがいがあった。
    単なる精神論ではなく、根本的なものの考え方を教えてくれる。

  • ■「自分がない」という困惑~現代の「うつ」の根本病理
     個人差はあるものの、その人の「我慢」のタンクが一杯になったとき「心」は分かち難くつながっている「身体」と協働して何がしかのシグナルを発してくる。食欲がなくなる、いろいろな物事に興味が持てなくなる、妙に怒りっぽくなる、睡眠がとりにくくなる、仕事で凡ミスが増える、等々。
     それでも本人がこのシグナルを無視して過ごしてしまうと「心=身体」側は、いよいよストライキを決行する。ある日突然、朝起きられなくなったり、会社や学校に行けなくなったりする。これがうつ状態の始まり。
    ■「生きる意味」を問うということは、とても人間的で必然的な魂の希求であり、そこにたとえどんなプログラムを課したとしても、人をそれを問わなかった昔の状態に戻すことはできない。もちろん単に転職すればどうにかなるという簡単な話でもない。
     解決可能は方法はただ一つ、その問いを真正面から受け止めて、本人なりの「意味」を見出せるところまで諦めずに進むサポートをすることだけ。
     しかし、人は「主体性」を奪われた状態のままで、自力で人生に「意味」を見出すことは原理的に難しいもの。まずは、人生の「意味」を求める前に「意味」を感知できる主体、即ち「自我」を復活させることから始めなければならない。
    ■分析心理学を提唱したユングは人間の精神的危機が訪れやすい三つの時期として、青年期の危機、中年期の危機、老年期の危機というものを挙げた。
     青年期の危機は人が社会的存在となっていこうとする出発点での様々な苦悩、つまり職業選択や家庭を持とうとすることなど、「社会的自己実現」の悩みを指すものであるが、中年期の危機はある程度社会的存在としての役割を果たし、人生の後半に移りゆく地点で湧き上がってくる静かで深い問い、即ち「私は果たして私らしく生きてきただろうか?」「これまでの延長線上でこれからの人生を進んでいくのは何か違うのではないか?」「私が生きることのミッション(天命)は何なのか?」といった社会的存在を超えた一個の人間存在としての「実存的な問い」に向き合う苦悩のこと。青年期には重要に思えた「社会的」とか「自己」とお言ったものが必ずしも真の幸せにはつながらない「執着」の一種に過ぎなかったことを知り、一人の人間として「生きる意味」を問い始める。
     通常この「中年期の危機」は文字通り中年期である四十代後半から六十代前半あたりにかけて起こってくるが、近年ではこの種の苦悩が二十代あたりにまで若年化してきているのではないかという印象がある。

  • 2022.01.24
    Twitterでバズっていたので発見。Kindle Unlimitedで読了。

    生きる意味を見失いがちの人々が陥る現代の新型うつ病。自分もそんな節がありうるので読んでみたら、かなり思考が深まり、整理された。
    将来子供ができたら、好奇心が膨らむように、潰してしまわないように過ごさせてあげたい。
    人生は壮大な暇つぶしと思って遊び尽くしたい。
    気持ちが楽になった?。


    印象に残った言葉↓
    ・消費社会が加速していて、「分かりやすい」物が増えている。だから、「質」に飢えている人が増えている。
    ・人は自分の内の空虚を追い払うために物を詰め込む。これこそが受動的人間なのだ。不安を忘れようとして消費する。刺激に対する反応、外部の力による能動は、基本的には受動である。→ぐさっとささる!!!
    ・有意義に過ごしたいがために、語学学習をしてみたり、スケジュールの空白を埋めたり、ネットサーフィンをダラダラしたり。「空虚」との直面を避けるための受動なのだ。→グサっ!!!!
    ・質が低い時に、量で埋め合わせようとしている。
    ・中年の危機の若年化が起きている。なぜなら、空虚な舞台裏を早くに知れてしまうから。昔は情報も少なく、何も知らずに仕事に没頭できた。
    ・仕事と労働は違う。仕事は人間らしい作品を残す行為であり、文明を作り世界を作ることに貢献する。労働は、仕事が断片化されたものであり、虚無感や徒労感を生み出している。ただし、労働によって、生命の喜びが得られることも確かである。
    ・本当の自分はある。見つけられてない人が多いから、探すのは無駄という言説が蔓延っている。
    ・未熟な0人称→一人称(本当の自分)→超越的0人称(私という執着から解放される)
    ・現代人は何でも有意義に過ごさなきゃいけないという有意義病にかかっている。
    ・意味とは固定的に存在する物ではない。人が「意味を求める」という「指向性」を向けることによって初めて生ずる性質のものだ。自信の内的ベクトルの先に生まれる。
    ・仕事探し=自分探しは嘘。職業という狭い範疇のものに求めていることと、真の自己を外に求めることが間違っている。真の自己は内にある。
    ・「からの自由」と「への自由」の二つがある。前者は一次的なもの、受動的なもの、後者が2次的なもの、積極的なもの。
    ・愛とは、相手が相手らしく幸せになることを喜ぶ気持ち。欲望とは、相手がこちらの思い通りになることを強要する気持ち。
    ・お前が楽しそうなのが気に入らない、と他人を引きずり下ろしたい時に用いられるのが道徳。
    ・人間の最も成熟した姿は小児だ。対象に好奇心を持つ、愛を持つ心。深く味わう創造的な身体と心。
    ・美しいと感じる時、「その通り」と思ってる。それは、悠久なるもの、懐かしいものとの再会なのだ。
    ・頭は考え過ぎてしまうから、即興的に振る舞って、後から頭で考えるような体験を意図的にすることで、感性を鍛えることができる。つまり、それは遊びだ。
    ・私たちはナニモノかになるのを目指す必要などなく、ただひたすら何かと戯れていればよいのではないか。遊びを極めるのだ。人生の壮大な暇つぶしとして遊ぶのだ。

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著者プロフィール

泉谷 閑示(いずみや・かんじ)
精神科医、思想家、作曲家、演出家。
1962年秋田県生まれ。東北大学医学部卒業。パリ・エコールノルマル音楽院留学。同時にパリ日本人学校教育相談員を務めた。現在、精神療法を専門とする泉谷クリニック(東京/広尾)院長。
大学・企業・学会・地方自治体・カルチャーセンター等での講義、講演のほか、国内外のTV・ラジオやインターネットメディアにも多数出演。また、舞台演出や作曲家としての活動も行ない、CD「忘れられし歌 Ariettes Oubliées」(KING RECORDS)、横手市民歌等の作品がある。
著著としては、『「普通」がいいという病』『反教育論 ~猿の思考から超猿の思考へ』(講談社現代新書)、『あなたの人生が変わる対話術』(講談社+α文庫)、『仕事なんか生きがいにするな ~生きる意味を再び考える』『「うつ」の効用 ~生まれ直しの哲学』(幻冬舎新書)、『「私」を生きるための言葉 ~日本語と個人主義』(研究社)、『「心=身体」の声を聴く』(青灯社)、『思考力を磨くための音楽学』(yamaha music media)などがある。

「2022年 『なぜ生きる意味が感じられないのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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