日本のアクション映画―裕次郎から雷蔵まで (現代教養文庫)

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著者 : 西脇英夫
  • 社会思想社 (1996年9月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (362ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784390115971

日本のアクション映画―裕次郎から雷蔵まで (現代教養文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 独特の映画評論として、興味深く読め、楽しめる。それにしても、よくぞここまで観ているものだと感服してしまう。映画は観てなきゃどうしようもない!

  • 歳を重ねると、病の治りが遅い。近年とみに感じるこの頃。
    起きたり伏せつたりの日々でして、薬を飲んでやうやく通常の生活が戻つてまいりました。皆様も身体注意でございます。

    映画評論家の西脇英夫氏が、その初期に発表した日本のアクション映画論であります。
    本人もあとがきで「部分的に針小棒大にして誇大妄想の気味がなきにしもあらず」「恥を知らぬ若書きの為せるわざか、よくもこう大胆に、手前勝手な論陣を張ったものだ」などと述懐してゐますが、確かに随所に若さ溢れる評論集と申せませう。

    さて日本のアクション映画といへば、まづ日活。
    そこで最初の章では、日活アクションの歴史を概観してゐます。中期以降の、正義の味方になつた石原裕次郎に手厳しいのであります。
    次いで日活のアクションスター・監督論。意外と小林旭のコメディ・アクションを高く評価してゐます。この人のアウトロー理論では、とるに足らぬ愚作群になるのかと思ひましたが。同時に渡哲也のチンピラぶりに喝采を送つてゐました。

    東映東宝アクションを一章でまとめてゐます。東宝ではアクションスタアが不在であつたので、一章を設けるほどでもないからでせう。もつとも東宝は以前から「明るく楽しい東宝映画」を謳つてゐましたので、反社会的なアウトロー映画は少ないのは当然と申せませう。著者は「ご清潔東宝」と揶揄しますが。
    大映時代劇映画論では、森一生・田中徳三・三隅研次・安田公義・池広一夫の五人の監督に絞りこんで論じた後半に新味を見ました。各監督が、映画会社から強いられたスタアシステムの中で、いかに自分の色を出さんかとプログラムピクチャーを連打してゐたのかを示し、今後は少し襟を正して拝見しませうと勘考した次第であります。
    しかし大映時代劇が終焉を迎へたのは、「人斬り包丁の切れ味のみにたよっていたため」ではなく、単に市川雷蔵の死が最大の要因でせう。この辺は我田引水の感はありますな。
    ま、アウトローが目立ち始めた頃から、日本映画は転落を始めたとも申せませう。

    http://genjigawakusin.blog10.fc2.com/blog-entry-211.html

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日本のアクション映画―裕次郎から雷蔵まで (現代教養文庫)の作品紹介

われわれにとって裕次郎とは何だったのか?「ダメな青春」をかこちつつ、カッコイイ裕次郎に陶酔した世代にとって、それはまさに新しい価値観の到来であり、肉体を回復するチャンスであった。50年代後半から70年代初め、日本映画は疾風のように若者たちを巻き込み、熱狂させた。本書は当時の、日活アクション映画から東宝東映アクション映画、大映時代劇までの作品論、裕次郎、旭、赤木圭一郎、和田浩治、渡哲也、千恵蔵、長谷川一夫、雷蔵、勝新太郎などの俳優論、沢田幸弘、長谷部安春、三隅研次、深作欣二などの監督論からなる、時代と映画へのオマージュである。

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