誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義

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著者 : 松岡正剛
  • 春秋社 (2007年12月20日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (480ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784393332719

誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義の感想・レビュー・書評

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  • 日頃、生物多様性を謳うなら、人間ってどうなってるんだ?みんな欧米化して、外来種になり変わらないと生きていけなくなってる と思っていたけれど、その欧州の進化の歴史ややり方を概観できた
    自分を質に入れるな という言葉を得て、今後を考えて見たい

  • 松岡正剛が歴史を綴った内容だが見事!の一言に尽きる。
    歴史を振り返る上でのプラットホームとしてこれだけ完成された内容は他に類をみないだろう。
    一般的に小難しく呑み込みづらい歴史の箇所も松岡正剛によって噛み砕れた記述で記されて教養の新たな上積みに繋がる、他の歴史を断片的に扱った本よりも「歴史」という大枠を成して中の内容部分に一切の隙がない。
    本書を読んで初めて歴史の紐と紐が繋がり、新しい側面を伺い知れた。

  • w

  • 『17歳のための世界と日本の見方―セイゴオ先生の人間文化講義』(春秋社)の続編です。近代以降の西洋史と江戸幕府から明治にかけての日本の歴史をたがいに照合させながら解説をおこなうとともに、資本主義と帝国主義に共通する問題を考察しています。

    一つの主題について考察するというスタイルにはなっていないのですが、「グローバリズム」の持つヘゲモニー的な性格に対する批判へと著者の議論は収斂していき、日本の伝統文化の中にそれを乗り越える「編集」技術を見いだそうとしています。とはいうものの、具体的な方法についての記述は不足しており、大まかな方向性が示されるにとどまっているように思います。

    「編集工学」という著者の方法論的立場は、領域横断的にネットワークを張り渡していくところに一番に醍醐味があると思っているのですが、グローバリズム批判というテーマはアクチュアルにすぎるせいか、どうしても議論の粗さが目についてしまうような印象を抱きました。

  • 博覧強記松岡正剛氏の世界の中の日本史一筆書き講義録。話し手(書き手)は楽しいんだろうな。でも聞く(読む)方は、俺にも言わせろ的な気分になってフラストレーションが溜まります。日本史に一家言の無い人向け。

  • 大衆とは、自分では何も考えずに、みんなと同じであると感じることで安心する連中である

    世界が同質性を有することに警鐘を鳴らしています。いわゆる「アメリカン・スタンダード」ですね。

    しかし、同質であることは、すなわちプレーヤーが多いとも言えます。プレーヤーが多いほど市場規模が拡大し、勝者には規模に沿った恩恵が得られます。

    今私のいる仕事の世界は、そういった意味ではプレーヤが少ないように思います。プレーヤーが少ないということは、それだけ専門性が高く、専門家であること自体に希少性が生まれます。

    しかし、専門性が高い程、他分野での融通が利かず、リスクを抱えることにもなります。専門性と普遍性のバランスをどう取るかを考える毎日です。

  • 残念な説明。ペリーの黒船は、太平洋から来たのではありません。インド洋からです。
    タイトルの「誰も知らない」は、まちがいなく、まちがいである。人々は、百年以上前から、それを帝国主義と称している。
    言いたいことは、「おわりに」で言い尽くされている。饒舌が邪魔して、ちょっとうっとうしい。他方で、鋭さとオリジナリティーに欠ける。編集者だから、当然か。色んな本の内容を寄せ集めて語った近代史と文化論。日本のまちがいが、説明不足。日露戦争~昭和日本の政治・世論のまちがいをすっとばして、急に未来展望で、昔からの日本の良さを生かす話になるところが、論理の飛躍だ。
    半藤一利氏が、物知りで人のいい近所のご隠居さんだとしたら、松岡正剛氏は、本好きでちょっと上から目線の近所ののお兄さん。近所にいたとしても、人格面で、あんまり、かかわりたくない。志において、どこか、胡散臭いのだ。

  • 松岡の主張は次の一文に要約できると思う。
    「世界はもともとけっして同質ではない。にもかかわらず、現在、世界はアメリカの
    ルール・ロール・ツールによって均質化されつつある。これは間違いである」
    これが松岡の主張である。本書は、第一に、このような状況が「いかに」生じたのか。第二に、この「間違い」に対抗する術はあるのか。この二点について解答を提示することを目的とし、論じられていく。

    ・私たちはいかなる時代に生きているのか
     松岡は現代とは「資本主義」の世界であるとみる。松岡の資本主義観は、ウォーラーステインによっている。本書でも幾度も引用される。ここでいう資本主義とは、世界システムとしての資本主義である。資本主義は今や世界中に網の目のように広がり、グローバル資本主義となりつつある。しかしながら、資本主義は必ずしも安定的システムでもなければ、安心できるシステムでもない。これまでにも資本主義の問題や矛盾は指摘されてきた。もちろん、反対に資本主義を正当化する理論家も多く存在する。なぜ問題や矛盾は存在するのか。その大きな理由は、「世界はもともとけっして同質ではない(P8)」にもかかわらず、世界をある一つの特殊なシステムが覆おうとしているからであると松岡は考えている。

    ・現代社会はいかにして生じたのか
     ではこのような資本主義社会が世界を覆うようになったのは一体なぜなのか。その起源・原因を探っていく。資本主義はそれ自体で発生し、発展してきたものではない。それは「国家」と密接な関係がある。したがって、近代国家の成立を探ることと資本主義モデルの起源を探ることは不可分の関係となる。松岡はその起源を二つの段階に分けて考えているようだ。第一の段階ではその起源をフランスとイギリスに求める。第二の段階ではそれをアメリカに求めている。
    まずフランスであるが、ナポレオンが近代システムの確立のため多くのことをもたらした。第一に国民国家の確立であった。第二に、大陸封鎖令によって、ヨーロッパ各国に経済的自立をうながした。第三にイギリスの産業革命と結びついたことも相まって、商業資本主義から産業資本主義への転換をもたらした。一方でイギリスはグローバル資本主義の成立に大きな貢献をしている。イギリスの三角貿易の発明であるという。その技術的背景には「株式会社」の発明があった。イギリスは覇権を維持するためにアジアとヨーロッパを結びつけた。後に三角貿易はアヘン戦争の原因となり、いよいよヨーロッパ列強がアジアに進出してくるきっかけを作った。その後、イギリスは近代植民地を地球上の各地域につくることによって栄えることとなる。これが「パクス・ブリタリカ」である。この植民地経営による繁栄は、同時にそれまでヨーロッパの内部で興っていた資本主義が世界に広がることを意味した。
     日本が列強の論理(世界帝国のルール)で生きることとなったのは、「日清戦争」の勝利からである。このことは以下の文で表されている。
    『これは一言で言えば列強が用意した「グローバル・スタンダード」に入ったということで、それをしたからには戦争に勝とうが負けようが、どこに植民地を作ろうが奪われようが、ようするに資本主義市場でアップダウンを繰り返して国家を経営していくしかないということを単に示しているだけなんです。』(P234, L9~L10)
    こうしてイギリスの論理が世界の論理となり、日本もその論理の中で生きることとなった。この第一の段階についてもう一点重要な点は「思想的観点」である。それは「社会ダーヴィニズム」だ。ダーヴィンは「種の起源」を記したことで著名な人物である。このダーヴィンの「生物学」における「進化論」とマルクスの唯物史観が合わさり、曲解され、「歴史は発展する」という見方が広まったのである。この思想が資本主義の発展に大きく寄与したことは言うまでもない。
     続いて第二の段階としてアメリカについて述べられている。第一次世界大戦、第二次世界大戦が終結すると世界の中心はアメリカに移っていった。「ブレトンウッズ体制」が確立され、「パクス・アメリカーナ」の時代が開幕した。「パクス・アメリカーナ」は大きく三つの経済政策が柱となっていた。反共主義、新植民地主義、新自由主義である。新自由主義とは、「市場原理主義」と「小さな政府」による資本主義を展開していく政治方針のことをいう。この新自由主義が日本を含め世界を飲み込もうとしている。以上が現代社会の資本主義がいかに生じたのかについての松岡の診断であった。

    ・処方箋としての苗代
     冒頭にも述べたが松岡は「世界が、たった一つの強力な原理や制度で動いていくなどということは、はなはだおかしいこと(P456)」だと考えている。しかしながら現実には、小泉・竹中改革に象徴的であるがアメリカの「新自由主義」が浸透してきている。そこで、松岡が提案することは、その「アメリカのもの」をいったん「苗代」にすることである。苗代とは、稲作で行われてきた方法の一つである。それは、いったん蒔いた種を「苗」にして、それをふたたび田植えで移し替えるという方法である。つまり、いきなり田んぼで育てないのである。成長を二段階にしているといってもいい。グローバリズムの導入をいったん幼若な苗にして、それから本番で植え替えるという方法があるのではないか、このように提案し、本書は終わる。

  • 「世界と日本の見方」の続編的な本。
    相変わらずの正剛ワールドで、読んでいて、ある意味忙しい。

    正剛さんは、世界を「輪切りにして」語っていくため、その切り口や角度によって実は様々な側面が出てくるのだろうが、本書では、結構斜めに輪切ってきたなという感じ。
    初めて世界に触れる時に、正剛さんから入ると、メリットも大きいが、その視点は常に一側面だよというのを、強く意識していないと、曲解されてしまう危険性もあるなと思った。
    というのも、自分が読んでいて、ついついそんな感じになりそうだったから。

    特にイギリス。

    これだけ読むと、イギリスひでー。って思いますw

    とにもかくにも、今回も間違いなく、面白かった。

  • タイトルに惹かれて読んでみましたが、思ってたんと違う内容でした。タイトルに世界と日本のまちがいとありますが、日本は3分の1ほどで、世界のことがほとんど。しかもチャプターが細かく分かれていて、一つのチャプターの内容が「これだけ?」と思うほど少なかった。もう少し日本と世界を対比させて、掘り下げて欲しかったどす。

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