18歳から考える国家と「私」の行方 〈西巻〉: セイゴオ先生が語る歴史的現在

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著者 : 松岡正剛
  • 春秋社 (2015年12月21日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784393333471

18歳から考える国家と「私」の行方 〈西巻〉: セイゴオ先生が語る歴史的現在の感想・レビュー・書評

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  • 「日本のための日本を語ろうとすればするほど、アメリカのための日本として生きざるをえない」

  • ・マルクス経済学は、一言でいえば、「資本主義による生産システムや交換システムは人間社会の矛盾を拡大する」という結論に向かっているものです。その「人間社会の矛盾」についてはいくつかの視点で分析されているのですが、そのひとつは「労働疎外」というものでした。資本主義のもとでの労働は、それがどのようにしくまれていようとも、人間の意識に「疎外」をもたらすというのです。
    疎外というのは理解しにくいかもしれませんが、かんたんにいえば「自分でやっていることが自分のものと感じられなくなっていく」ということです。それゆえ、よく「自己疎外」というふうにつかわれる。

    ・なぜグレゴール・ザムザにこんなことがおこったのかという説明はいっさいありません。カフカはあえて突飛な現象だけ記述したのです。
    それが『審判』では、ヨーゼフ・Kが突如として逮捕されるところから話が始まります。でも、理由はやっぱりわからない。とにかく身におぼえは何ひとつないのに、Kは裁判にかけられるんですが、その裁判所がどこにあるのかも、わからない。それでも逮捕されたのだから、Kとしてはなんだか無実を晴らすしかなくなります。けれどもそもそもの罪状がはっきりしないんだから、何もはかどらない。まったくイライラするような空しいような時間がすぎていくだけです。しかしKは有罪を宣告され、石切り場で喉をナイフで抉られて死んでしまいます。それが『審判』です。

    カフカが描いたことは、「私」と「世界とのかかわり」は説明できないということです。また自分のことも説明できないとも言っている。そこにはなんらかの「変化」はあるけれどそれが社会的な意味をもるとはかぎらない。それどころか、自分の実存はあるけれど、それしかないということです。

  • 2016/6/30

  • 宮崎滔天の話で締めくくられるこの本は、アジアで歴史的現在に辿りつけない現代日本を嘆いている。

  • SNSはぱーーそならいぜーションというフィルタリングを内蔵している。そのためユーz-あは自分が何を読んだかということもパーソナルなオーソライズと皆sれ、SNS側から、次によむべきものはこれとり込めんでーションをもらう始末。
    インターネットを何にも邪魔されないで使うことは、今となっては不可能。

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18歳から考える国家と「私」の行方 〈西巻〉: セイゴオ先生が語る歴史的現在の作品紹介

“すべての歴史は現代史である”(クローチェ)

タテの関係(時間と因果)&ヨコの関係(同時代性)で複雑に絡み合った近現代の難問たちを「編集」をキーワードに解きほぐす。

欧州・アメリカ・中国・朝鮮半島と日本。近代の始まりとともに、世界規模で密接になっていったそれぞれの関係性とその背景をわかりやすいストーリーで描き出していく。
18歳といわず、大人も目が離せない、セイゴオ先生、白熱の近現代講義。

18歳から考える国家と「私」の行方 〈西巻〉: セイゴオ先生が語る歴史的現在はこんな本です

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