- Amazon.co.jp ・本 (300ページ)
- / ISBN・EAN: 9784393931639
作品紹介・あらすじ
鍵盤に触れる指、身体全体に共鳴する響き。官能的なほどの快感こそが弾き手と聴き手をともに音楽の愉楽へ誘う。演奏する身体を介して実践と研究を繋ぐ新しい音楽学を目指して。
感想・レビュー・書評
-
「演奏技法」を切り口に、ピアノ音楽への様々なアプローチを収めた作品。
第5章 筒井はる香さんの「消えゆく音に指で触れる-シューマンとフォルテピアノ」では、「16拍の音価を持つ音符の途中にどのようにアクセントをつけるか」というテーマを、ピアノという楽器の変遷とともに考察されており、大変興味深かった。
「ある音楽について、『それがどのように聴こえるか』についてはよく話題にされるのに、なぜ『それを演奏して、どのように感じられるか』についてはあまり語られることがないのだろうか」と始まる第6章 大久保賢さんの「手のドラマ-ショパン作品を弾いて体験する」。
これこそが音楽理論や音響学等の"研究"と、芸術としての演奏にどこか交わり得ない隔たりを感じてしまう所以なのではないかと思った。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
演奏の倫理学、という別タイトルをつけたいほどだ。
演奏技術を持つ人ほど、「フリ」を嫌う。
しかし演奏が資格も含めたパフォーマンスであるからには、決して「フリ」を排除するわけにはいかない。それは演出の一つだからだ。
では、良い「フリ」と悪い「フリ」とは何か。終始、それについて考えさせられた。きっとそれは、何かを「賭けて」いるかどうかの違いなのだと思う。 -
・「演奏という形で自らの身体を響きと共鳴させてみて初めて浮き上がってくる音楽の諸相」を主題にする。(p7)
・「聴くものとしての音楽」という視点からは得られないところの、「演奏としての音楽」の魅力を、聴取者の側からではなく、演奏者の立場に即して論じるということ。演奏することを通した音楽研究。(p9) -
身体の側面から音楽芸術について語ることの難しさを痛感。
-
図書館にあり 中央貸し出し中1(3/3)
内容(「BOOK」データベースより)
鍵盤に触れる指、身体全体に共鳴する響き。官能的なほどの快感こそが弾き手と聴き手をともに音楽の愉楽へ誘う。演奏する身体を介して実践と研究を繋ぐ新しい音楽学を目指して。 -
表紙のホロヴィッツに惚れて購入した本。
内容は、演奏家には直接関係がないというか、あまり役に立つものではないなあという印象を受けた。
Performerとして音楽に関わっている人間の書いた本と、Musicologistとして音楽に関わっている人間の書いた本では、
雲泥の差があると思う。
どちらも違った場所で需要があるのだろうけれど、
Performerとして、演奏にダイレクトに関わっているものを求めているひとは、
この本では、そういう欲求は満たされないかも。