上杉茂憲――沖縄県令になった最後の米沢藩主(祥伝社新書248)

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著者 : 童門冬二
  • 祥伝社 (2011年9月2日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784396112486

上杉茂憲――沖縄県令になった最後の米沢藩主(祥伝社新書248)の感想・レビュー・書評

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  • 沖縄では、1429年から1879年の450年間、琉球国王として栄えた時代だった。その時は王様である。
    本書は本土から来た殿様が琉球から沖縄に代わる時に苦労した時代に沖縄を救ってくれた上杉茂憲の活躍の話。

    日琉同祖論という言葉がある。
    沖縄の北部に今帰仁という地名の箇所に
    運天港という場所がある。
    その場所に源平争乱のきっかけとなった「平治の乱」のときに、敗れて流された源 為朝が辿りついた。
    敗れた為朝は伊豆七島に流された。伊豆七島は脇を黒潮が流れている。ある日為朝は島を脱して、この黒潮に乗って沖縄本島にたどり着いた。
    やがて、為朝は島の娘と仲良くなり、娘は子を産む。
    この子がのちに沖縄の王朝を築いた尚氏の先祖だという。
    「日本人と琉球人は先祖が同じだ」という考え方が、
    日琉同祖論という言葉である。

    沖縄を変えていく活動の中で、茂憲は教育に力を注いだ。
    そして、次世代の沖縄を切り拓いていく青年として期待を賭けた5名の青年がいた。
    高嶺朝教。沖縄銀行頭取、首里市長、沖縄県議会議長、沖縄選出の代議士として活躍。
    謝花昇。沖縄最初の農学士、沖縄自由民権運動の指導者。
    太田朝敷。沖縄最初の新聞「琉球新報」を創刊。
    岸本賀昌。内務省官吏、那覇市長。
    今帰仁朝蕃。


    内容(「BOOK」データベースより)
    謙信の流れをくみ、鷹山を中興の祖と仰ぐ名門、米沢藩上杉家。最後の藩主・茂憲は明治十四年、琉球処分から日が浅い沖縄に県令として赴く。本島をくまなく巡り、宮古・石垣両島まで及んだ視察で目撃したのは、困窮にあえぐ庶民の姿であった。再三の改革意見は政府から黙殺され、志半ばで解任される茂憲。だが、情熱を傾けた人材育成は後年になって実を結ぶ。今日もなお沖縄で敬愛される上杉茂憲の二年にわたる奮闘の記録。

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