織田信長の外交 (祥伝社新書)

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  • 祥伝社
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  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784396114428

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  • 周辺勢力との外交という側面から信長の特異性を描き出そうとする一冊。その生涯を合戦と外交の組み合わせで叙述し、時期毎の特徴を明らかにしていく内容。先に読んだ同著者「信長の天下布武への道」のアップグレード版という側面もある。

  • 織田信長が諸大名とやり取りした文書を検討してその生涯にとった外交戦術。日本全国スケールの遠交近攻策を軸に、大物にはへりくだったり没落した名家を利用価値がある限りは援助したりとらしくない態度を取り、和睦せざるを得ない状況では最後の手段として朝廷・天皇を用い、将軍義昭に苦労させられるものの着実にのし上がっていき、「天下人」となってからは強引な手法に変わりつつあったところを本能寺を迎えるのだった。

  • [縦横無尽の人]桶狭間や長篠など,戦いの名称とともに人々の記憶に深く残っている織田信長。「天下人」に成りおおせたこの偉人の外交政策に焦点を当て,武人とは異なる観点から再評価を試みた作品です。著者は,信長資料集編集委員会委員を務めた経歴を有する谷口克広。

    基本的なパターンは踏襲しながらも,時勢に合わせた臨機応変な外交政策をとっていることを認識させられました。同時に,外交や交渉を立案するにあたり,冷徹な力の計算があった点も見逃せません。とにかく詳細に織田信長の足跡が記されていますので,戦国ファンにはぜひオススメの一冊です。

    〜筆者は,本能寺の変がなかったならば,二,三年のうちに信長による日本の統一が成ったと思っているが,万が一その通りにならなかったとしたら,その原因は,彼のこのような「力の外交」のなかに落とし穴があったような気がする。〜

    久しぶりにこの時代に関する作品を読んだ☆5つ

  • 織田信長といえば外交・・・といえば言い過ぎかもしれないが、信長を添加人に押し上げた大きな要素であったことは間違いない。信長に人生の局所局所で巧みな外交を駆使してきた。


    まずは、信長の叔父の織田信光について触れたい。信長の父信秀の死後、信長を庇護したのは信光だった。信光なくして信長は自立できなかっただろう。信長がいかにしてこの叔父を味方につけたか、研究が不十分だと思う。清州城奪取もこの叔父なしでは不可能だったろう。


    武田信玄。僕はこれまで信玄は信長に利用されたとばかり思っていた。しかし違った。信玄が駿河を攻略できたのは信長を使用したかららしい。信長を通して家康をコントロール。武田信玄はあっさり駿河を攻略できたわけではない。

    志賀の陣の苦境、伊勢大河内城の戦い、足利義昭や本願寺との闘い、それぞれについて外交を軸に詳しく書かれている。戦国時代好きならぜひ読むべき一冊。

  • 戦争に強いだけでなく外交に長けていたからこそ天下取りができた事が伺える。

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著者プロフィール

1943年北海道室蘭市生まれ。1966年横浜国立大学教育学部卒業。東京都中学校教諭をへて、現在戦国史研究家 ※2019年11月現在
【主要編著書】『織田信長家臣人名辞典』第2版(吉川弘文館、2010年)『信長の天下布武』(戦争の日本史13、吉川弘文館、2006年)『検証本能寺の変』(吉川弘文館、2007年)『信長の政略』(学研パブリッシング、2013年)

「2019年 『信長と家康の軍事同盟』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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