「反日」に狂う中国「友好」とおもねる日本―親日派中国人による苛立ちの日本叱咤論

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著者 : 金文学
  • 祥伝社 (2004年2月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (268ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784396612061

「反日」に狂う中国「友好」とおもねる日本―親日派中国人による苛立ちの日本叱咤論の感想・レビュー・書評

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  • 反日ニュースが多いので、図書館で借りてみた。できるだけ一方の国に偏ってない意見が述べられている本を選んでみた。

    わかったことは、いろいろな情報がある中、何が本当のことなのか?たぶん誰か一人が、ただ一冊の本が、本当のことを知っているなんてことはありえないのでは、という気づき。

    自分で好ましいと思う情報だけを作為的に選んで受け入れていることもありえる。
    もう少しいろいろな視点から、自国やアジアの歴史、特にWWIIのことを勉強せねばなるまい、と思うきっかけとなった。

  • 以下、概要。

    ○ むやみに友好を唱えるのではなく、「非友好」から出発すべき。自己主張を曲げずに徹底的に対決することで、本当の意味の友好に達する。

    中国は実利的国民性を持つ国なので、日本が強く出ると及び腰になる。日本という巨大な経済的実利の前では、「反日」もやがて雲散霧消するだろう。

    ○ 中国男性が買春するのは、ただの「罪」で、日本男性が買春すれば、政治的、外交的「侵略」になるという理屈は、到底成立しえない。

    WHOで認定した中国娼婦の数は600万人前後とされている。しかし、最近の中国の非公式の統計によると、実際には1500万人から3000万人にいたる。

    娼婦やセックス産業がもたらす収入は、中国GNPのほぼ5分の1を占めるとまでいわれている。

    このような売春を提供した中国の失業問題、それをもたらした中国政府の失政こそが糾弾の対象となるべき。

    ○ 毛沢東・?小平時代と江沢民・胡錦濤時代を比較すると、反日中国の深層を知ることができる。

    前者は親日的だったのに対し、後者のほうは反日的な対照がある。

    つまり、中国政府と執政者の対日政策によって、親日・反日の境界がはっきり分かれる。

    新中国成立後、毛沢東時代の中国政府は反日プロパガンダも少なく、「南京大虐殺」もなかったし、抗日キャンペーンも見られなかった。

    ?小平時代も近代化建設のため、日本が最大のモデルであり、日本はよき学習と合作のパートナーでこそあれ、悪ではなかった。

    毛・?時代の90年代から、江沢民時代になって、反日になった。

    なぜなら、中共政権の腐敗や失敗、山積みした国内の矛盾に対する国民の不平、不満を外に誘導するという目的から、「反日」がもっとも有力、有効な利用手段として浮上したため。

    この時代から、反日活動が行われ、当然日本国内の世論調査においても中国の「反日」の影響が明らかに表れている。

    「中国に対する親近感」という総理府(現・内閣府)が行ったアンケートで1980年には中国に親近感を持つ者は、78.6%を占めた。

    しかし、2000年には、48.8%にまで下がっている。

    ○ 来日する中国人留学生たちは、中国での反日教育で、日本に偏見的イメージを持っている。

    ところが、日本に長く住むにつれてイメージが逆転し、親日的になる。

    年々、永住者も増えている。

    ○ 「南京大虐殺」については、現在も「30万人大虐殺」説もあれば「事実無根」説もある。

    南京大虐殺が実際にあったならば、まず中国側に一時的原因がある。

    1937年11月、蒋介石を初めとした大多数の国民軍首脳メンバーたちは、南京を固守する意味がないと判断し、放棄したのに対し、唐生智一人だけが、防衛戦を主張した。

    彼はただ、この南京戦をチャンスにして、自分の軍権を取り戻したかっただけ。

    蒋介石はそれを止めず、首都を南京から重慶に遷すことを決定して、南京から撤退。

    唐生智は南京の防衛軍とともに、南京に残った。

    日本軍は、12月、南京攻略を決定、「平和開城の勧告文」を城内に散布し、「開城すれば攻撃しない。返事がなければ攻撃をする。」と通告したにもかかわらず、唐生智はこれを無視した。

    こうして、両軍は激戦を開始し、日本軍も7200人の死傷者がでた。

    しかし、あれほど南京を防衛すると豪語した唐生智は開戦の翌日、いち早く逃亡し、中国軍は全く無秩序の状態に陥った。

    中国将兵たちも逃げ出そうとしたが、唐生智はすでに逃げ出さないように命令していたため、城壁の上から逃走兵を射撃。中国人同士の内戦になった。

    日本軍は落城することに成功したが、この攻防戦における全死傷者数を記録で確認する限り、「30万人」というのは、どこにも根拠がない。

    1946年、国民政府が南京大虐殺の人数について調査に着手したとき、皆は「誰が一番愛国熱情高いか」競争を展開した。

    それで日本軍の殺人数は水増しされ、嘘が増大した。

    中国人の誰もが、この「証言」が大嘘であることを知っていたが、指摘する人はいなかった。

    なぜならば、中国人が嘘をついたといえば、日本人を弁護した裏切り者になり、裏切り者は当時死刑であったからである。

    このような大嘘が堂々と、各新聞に載った。

    このうそはとどまることを知らず、水増しすればするほど、愛国心が高いと評価されたので、国民は言いたい放題だった。

    国民政府もどれが本当でどれがうそかわからなくなってしまったので、適当に決めたのが「30万人」である。

    国際法廷では、あまりにも水増しだとして、結局20万、あるいは、10万に圧縮されてしまった。

    中国人さえも信じない「30万人大虐殺」を日本人の何人かが信じているのは、無知というほかない。

    ちなみに人類史上最大の大量殺人は1949年〜1965年に毛沢東の支配する中国で行われた中国人2630万人の殺害といわれている。(ギネスブック)

    また、中共建国以来、政権にものをいわせて8000万人の人を殺した事実があり、共産党政府には、継続して執政する資格がないばかりか、歴史的審判を受けるべきであるという主張もある。

    ○ 日本は1972年の中国との国交回復から、もうすでに21回も謝罪を繰り返してきた。

    中曽根康弘氏以来20年は、日中関係史は対中謝罪の歴史といっても過言ではない。

    しかし、こちらが譲れば譲るほど、相手は弱点とみなし、もっと強く攻めてくるのは中国人の発想。

    「敵が後退すれば、われわれは進撃する」のが、「孫子の兵法」の大きな戦略であることを忘れてはならない。

    心の中では中国人は、誰も日本の謝罪なんか気にしていない。

    中国人のこの「謝罪カード」には日本に対する甘えが隠されている。

    「日本人は近代化して世界一、二の裕福な国家だ。だからお前たちは、われわれ被害者にお詫びし、もっと物的、金銭的補償をしてくれなければならない。」

    このように実利のためなら、礼儀道徳をも平気で捨てることができる。

    ○ 日本の侵略戦争も別のサイドで見ることができる。

    つまり、プラスの面も多々あった。

    日本の大東亜戦争についても、戦後60年近くたっても、侵略戦争だという「侵略史観」と、アジア解放のためになったという「解放史観」とが激しく対立している。

    どんなに議論がなされても、日本がインドネシア・ビルマ・マレーシア・インドシナを欧州列強から開放したのは事実。

    日清戦争も朝鮮を解放したし、日露戦争では、満州を防衛した。

    だから、「戦争」と聞くと、「悪い」というのは完全な間違い。

    ○ 「靖国神社は、侵略戦争の戦犯たちを祀っているので、日本首相の参拝は、侵略戦争を肯定するものだ」「日本が軍事大国になる危険な証拠である」と中国人は、靖国神社参拝を捉えている。

    そもそも「靖国」には「国を靖らかに、永遠に平和な国を作り上げよう」という念願がこめられている。

    平和思想のもとで建てられたものを、単なる「戦争の神社」と決め付けるところが中国人がいかに無知かを裏付けている。

    靖国神社には、吉田松陰、坂本龍馬、高杉晋作や、各戦争で国のために生命を捧げた人々が祭神として祀られた。

    軍人だけでなく、大東亜戦争中に戦死した少年や少女の霊も祀られているし、総御霊246万6000あまりの中には、朝鮮・台湾の軍人の霊も2000体ほど祀られている。

    中国が靖国神社参拝を反対する理由は「A級戦犯」も祀られているから。

    だけど、「A級戦犯」も、戦勝国サイドからの観点であって、日本にとっては国のために戦い、戦勝国によって処刑された犠牲者であり、愛国英霊である。

    東京裁判でA級戦犯を裁くことによりGHQは日本を徹底的に洗脳する独裁統治は実施した。

    すなわち、東京裁判は戦争の責任をすべて日本国民に負わせ、自業自得であると思い込ませることを目的としていた。

    そして、日本国民の言論の自由や、表現の自由を完全に弾圧した。

    GHQ(マッカーサー)、東京裁判を批判してはならないという命令も下された。

    しかし、インドのパル博士は、「日本は国際法に違反していないし、犯罪行為に当たることはしていない。だから東条以下、いわゆるA級戦犯は全て無罪とすべきだ」と主張しているし、
    2003年に連載された「マッカーサー米議会証言録」では、マッカーサー本人が「日本が戦争に突入したのは自らの安全保障のためだった」という証言をした。

    しかし、アメリカの洗脳政策に骨抜きにされ、反日的日本人が充満するようになってしまった。

    日本人固有の宗教である「神道」の核心は、死者・敗者に対する寛容なる精神である。

    明治国家に反逆して内乱を首謀した西郷隆盛が、愛国者として祀られていたり、国政から失脚した敗者菅原道真が学問の神様として天満宮に奉祀されていることは中国人にとってみれば、信じられないことである。

    中国人の死生観は、「生前悪を為した人は死後も悪人だ」という観点から、日本人の死生観は到底受け入れられるものではない。

    しかし、中国人と韓国人以外の諸外国は靖国神社で参拝している。

    アメリカやアジア、西欧諸国の在日大使館の武官も靖国参拝を今まで続けている。

    そもそもこういった日本固有の文化、習俗を無視して、無理やり参拝をやめろと一方的に責めることは、国際的常識における主権侵犯であり、内政干渉である。

    日本人の中にも、靖国神社を参拝することを止めれば、中国や韓国は何も言わなくなるから、やめるべきだという人がいるけど、それは、「自分の権利を蹂躙されてるし、ばかにされているけど、謝ればいいなら謝りますよ」って言うことと同じ。

    靖国神社のことを知らないのに、文句を言う権利なんてない。

    ○ 満州国は中国人にとって、植民地の象徴であり、日本による「略奪」と「搾取」の代名詞となっている。

    しかし、満州国は、日本人だけでなく、漢族と満州族が連合して主導した国家だった。

    だからこれは間違いなく日中連携の産物である。

    中国では、日本が侵入するまで東北(満州)はいかに幸福な国で安定した社会を営んでいたと教えるけど、それは間違い。

    満州は、当時、清の発祥地であるが、置き去りにされたまま無人に近い荒野と化していた。

    皮肉なことに、近代満州の建設事業は、ほとんど「外来侵略」によって成立している。

    1900年の北清事変で満州全域がロシアに占領されると、鉄道が敷設され、これによって国際的・近代化の黎明期を迎えます。

    日露戦争で勝利した日本が、支配者の座にとって替わると、急ピッチに満州の近代化を進めていく。

    満州国建国の中核となったのは、いずれも石原莞爾である。

    中国の革命がすぐに停滞してしまって、中国人の政治的能力に懐疑的となった。この懐疑が正しかったことは歴史が証明している。

    辛亥革命から新中国の成立までには38年もの長い時間がかかり、その後も長い混乱を経て、要約近代化の軌道に乗ったのは近年のことである。

    そこで石原が構想したのが、「満州国」建国という国家プロジェクト。

    石原が打ち出した国家建設の理念は、「5族協和」と「世界最終戦論」という天才的ビジョン。

    5族協和は満州国の国旗である、5色の組み合わせが象徴している通り、
    赤・・・日本
    青・・・朝鮮
    白・・・満州
    黒・・・蒙古
    黄・・・漢
    の5族の協和を目指すものである。

    世界最終戦論は、西洋文化の代表アメリカと東洋文化の代表日本が、世界最終戦争を行い、その後平和世界が現れると予見し、この戦争に備えるために満州を発展させようという斬新な戦略ビジョン。

    中国は満州国を「偽満州国」と否定するが、皮肉にも中華人民共和国こそ満州国のコピー拡大版。

    満州国は現代中国の建国モデルになったことは偶然ではない。

    1932年、満州国が誕生するとともに、新国家の首都として生まれかわる。

    5カ年計画により、壮大な首都作りが本格的にスタート。

    当初わずか15万人だった満州国の人口は、5年後の1937年には、35万人にまで急増。

    日本はおびただしい量と質の投資を満州に注ぎ込んだ。

    1931年以前、列強の対満投資は24億円とされているが、日本はその中で17億円を投資し、1945年の満州国終焉の時点までに投資総額100億円以上に達している。

    当時日本の一年の一般会計歳出額が24億円だったことから勘案すれば、5カ年計画がいかに壮大なビジョンであったかが分かる。

    もっとも満州国について高く評価し、肯定したのは西洋の識者であった。

    また、当時満州で暮らした多くの中国人は口々に

    「現在の共産党時代は国民時代より劣り、国民党時代は日本の満州国時代より劣る」
    「もしも満州国がそのまま維持されたならば、現在のような惨めなことはなかった。」

    と語る。

    今日の中国30省の中で、旧満州国に属した東北3省が経済レベルにおいてずっと上位に入っていることが、満州国の貢献を雄弁に語っている。

    また、日本の占領区であった上海や北京のような都市の教育レベルは上がり、大学や教育施設がどんどん建っていった。

    就学率や学生数は2〜3倍となった。

    ○ 漢字が中国から日本に伝わったことは事実だが、近代以降は、日本が漢字で作った新造語が、日本から中国に大量に逆輸入された。

    「化」という字をつけて、形・性格・変更を表す言葉、「民主化」「現代化」「機械化」なども日本から学んだし、「性」「式」「率」「型」「観」「力」「界」がついた言葉も、元は日本語であり、中国でよく使う「的」も日本からの逆輸入。

    今日使用している中国語の70%は日本から輸入したものである。

    ○ 自国を敬わない国は、世界から軽蔑される。

    これは本当にそうで、日本のダメなところばっかり言っていると、本当に軽蔑されます。

    「知らない」のも軽蔑されるし。

    日本の愛国心のなさは世界まれに見るもので、「あなたは自分の国に役立つことがあれば、自分自身の利益を犠牲にすることができますか」という質問に、「はい」と答えたのが、アメリカ70%、シンガポール70%、中国65%、日本はなんと13%しかいなかった。

    それは、今日の若い世代の幼稚さや無教養さと国家への無関心、祖国の歴史に対する無知などが反映していると思う。

    ○ 日本にとっても中国はアジアで最大のライバルになっており、日本では、「中国脅威論」が台頭している。

    しかし、中国は日本に絶対に追いつけない。

    日本は国土面積が37.7万km、うち5分の4が山脈と山間地。
    これは中国国土面積の25分の1、人口は中国の10分の1。

    しかし、2002年現在、日本の国力は中国の数倍から数十倍になる。

    日本の国民総生産は4.8億ドル、アメリカの8億ドルに次ぐ世界第2位。
    一人当たり3万ドルで世界でトップクラス。

    中国の国民総生産は1.1億ドルで世界6位。一人当たり900ドルで世界の中では途上国のクラスに入る。

    日本は、世界最大の債権国であるものの、外貨預金量第一位、国民貯蓄総額第一位である。

    対外純資産金額は8910億ドルで、これは第2位のドイツの1818億ドルを大きく引き離している。

    中国から海外から受け取っている援助のほぼ半分を日本が出している(ODA、6兆円)が、日本のODAやさまざまな支援の実情を99%が知らないのだから、中国の卑劣な策略としかいえない。

    また、森林面積でも、中国は国土の12%で、これは世界平均レベルの22%の半分である一方、日本は森林面積が国土の67%で世界第1位である。

    日本では、商業的森林の伐採はストップしていて、ほとんど輸入材でまかなっている。

    中国の生態環境にいち早く注目し、関心を持った国は日本であり、1978年の日中友好条約締結以来、日本はODAとともに環境保護条約まで締結、1999年の一年間のみでも160億円を無償援助している。

    また、教育費でも国民総生産の2%にしか達していないし、これは120の国家の中で、96番目に相当する。

    中国の文盲率は15%以上に達し、25%以上の県が小学教育すら普及していない。全国の大学入学率も2%未満、これは世界平均の16%にも遠く及ばない。

    日本は、文盲率0、100%の小、中学教育普及に成功し、97%が高校へ進学、50%近い青少年が大学へ入る。

    その他にも、ノーベル賞、特許取得数、科学論文数、研究開発数ともに日本の後姿すら見えない。

    ある中国人学者も内部からの崩壊は時間の問題で、2008年のオリンピックがその分岐点だというが、それはともかく、今世紀中に日本に追いつくことは、まず無理である。

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