幕末の下級武士はなぜイギリスに骨を埋めたのか

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著者 : 村田寿美
  • 祥伝社 (2015年7月31日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (241ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784396615321

幕末の下級武士はなぜイギリスに骨を埋めたのかの感想・レビュー・書評

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  • 村田寿美『幕末の下級武士はなぜイギリスに骨を埋めたのか』(祥伝社)読了。
    「長いタイトルだなあ」というのが第一印象。「でもこのタイトルしかないなあ」というのが読後の感想。無名の主人公を題材にするにはこれしかない。
    驚くことが満載の実話。
    大政奉還の前年(1866年)に一般人として初めてパスポート(御印章)を発給されたのは曲芸師。しかも曲芸師たちは一座を組み、3組もの曲芸・大道芸一座がその年に米国に渡る。そして1867年には英国に渡る。
    しかも1870年代、1880年代には、英国各地で日本村ブームが起きる(いわゆるテーマパーク)。ジャパニーズバザーに熱狂する。パリ万博(1867年)と曲芸師たちの興行の効果である。英国人たちは、遅れて「発見した」日本という国に大いに興味を持ったのである。
    まずはこれに驚く。
    主人公、フデこと近藤筆吉は、生粋の曲芸師や大道芸人ではない。出自は傘張り職人だったようで、一座では曲芸も見せたようだが、もっぱら大道具・小道具の修理係。タイトルには下級武士と書いてあるが、そして英国では武士として紹介されたようだが、フデは決して武士ではなかったというのが著者の見解。
    発給されたパスポートの有効期限は2年だったにもかかわらず、そしてほとんどが帰国したにもかかわらず、フデは英国に残る。結婚したのである。
    そのフデは1876年から1900年まで、ブライトンの聖バーソロミュー教会の教会守として忠実に職務をこなし、1907年に彼の地で死去した。
    このことが1924年に発行された教会50年史に記載されているという。
    まったく無名のフデが教会50年史で紹介されていたことに驚く。もちろん、フデは出国時の国の命令に背いて洗礼を受けた。
    驚きの3つ目は、英国の国勢調査が1801年から行われていること。著者の村田氏は1841年以降の国勢調査を丹念に調べ上げてフデ自身、フデの家族の生きざまを追いかけている。1871年の国勢調査では、フデはKondo Fondikitchiと記載されてたという。日本語の訛りが強く翻訳者(通訳者)が聞こえたままの音を文字にしたのだろうか。
    英国では毎回下一桁に「1」の付く年に行われ(つまり10年に1回)、調査から100年が経過すると公表され、しかも10ポンド払えば誰でも閲覧できるという。
    幕末、明治維新はさまざまな人物が歴史の表舞台に登場し、政治的にも経済的にも文化風習的にも興味が尽きない時代である(何度も大河ドラマで取り上げられているのはその証左)。しかし、今まで決して紹介されてこなかった市井の日本人が、しかも当時の日本で下層階級に属していた芸人たち(「乞胸(ごうむね)」と呼ばれる歌舞音曲で生計を立てる階層の出身者)がパスポートを持って海を渡り、米国でもそうであったように、ヨーロッパ大陸でも英国で熱狂的に迎え入れられ大いに活躍する。ちなみにオッペケペーで有名な川上一座が活躍するのは1900年前後。貞奴がヨーロッパ人を魅了したのは1900年パリ万博なので、フデたちはそれよりも前にすでに受け入れたれていたのである。
    でもフデ。亡くなるまで、ほぼ英語ができなかったという。自分の名前が書けなくて、署名するときには、識字できない者共通の記号である「×」で署名していたそうだ。
    苦労が忍ばれる。
    著者は歴史研究家だそうだが、ここまで徹底的に調べ上げたことに賛辞と敬意。「調べる」ことの大切さを改めて思い知った。

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