感情8号線

著者 :
  • 祥伝社
3.31
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本棚登録 : 477
感想 : 70
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  • Amazon.co.jp ・本 (270ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784396634803

感想・レビュー・書評

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  • 敢えて、冒頭ではなく最終節より───

    「見合いしろ、見合い」
     そう言って、公太君は電話を切ってしまう。
     しつこくかけなくても、また会うだろう。
     二子玉川にある瀬田交差点を通りすぎ、上野毛の駅前を通りすぎる。もうすぐ田園調布に着く。
     家に帰ったら、母にもお見合いはしないとはっきり言おう。
     恋愛する相手は、自分で決める。(270P)
    ──────


    人間誰しも内に秘めた感情というものがある。
    泣きたいけど、笑ったり。
    怒りたいけど、何気ないようにごまかしたり。
    口に出したいけど、黙っていたり。

    感情をそのままぶつけたり、他人に態度で表したりすると
    正常な社会生活を送ることができなくなる。

    ぼくが高校の頃見たのだから、もう40年以上前になるが、
    「それぞれの秋」というテレビドラマがあった。
    註:WIKIで調べたら下記のように記載されていた。
    (1973年9月6日から同年12月13日までTBS系列の木曜22:00 - 22:56(木下恵介・人間の歌シリーズ)で放映されたテレビドラマである。第6回テレビ大賞本賞受賞作品、第11回ギャラクシー賞受賞作品。)

    家族の物語で、父親役の小林桂樹が突然脳の病気にかかってしまう。
    頭の中で感じたことを全てそのまま言葉にしてしまい、
    同時に感情や態度として表してしまうという厄介な病気だった。
    ちょっと思ったことでもすぐ口にして、感情を露わにするので、
    その父親と、母親、息子、娘との関係は荒んだものになっていく。

    たとえば、どんなに仲の良い友達であっても「嫌なことを言うなあ」とふと感じる瞬間が誰にでもあるだろう。
    普通の人間はそう思っても心の中にしまっておく。
    友達との関係性を壊したくないという感情が先に働くからだ。
    それをいきなり怒鳴りたてるように口走ったらどうなるか?
    すぐに険悪な雰囲気になり、友情にひびが入るのは間違いない。

    当時そのドラマを見たぼくは、「人というのは、感情をそのまま言葉にしてしまうと、他人との関係なんて成り立たなくなるんだ」とあらためて思ったものだ。

    この作品は東京の幹線道路である“環状八号線”になぞらえ、その沿線に在る「荻窪」「八幡山」「千歳船橋」「二子玉川」「上野毛」「田園調布」に住む女性六人の恋愛にまつわる“感情”の揺れ、起伏といったものを見事に描写している。

    静岡から役者になるため上京し、餃子屋でバイトしている真希。
    インテリアショップでバイトをし、彼と同棲している絵梨。
    思い描いていた通りの新婚生活を送っているはずの亜美。
    社内結婚で専業主婦となり、二人の子供を持つ芙美。
    容姿に恵まれ、キャリアウーマンとして仕事も有能な里奈。
    他人が羨むような裕福な家に育ち、お嬢様として育てられた麻夕。

    それぞれ立場は異なるが、彼女たちの心の中を、恋人や夫、友人、家族に対する、焦り、苛立ち、不満、不安、等の様々な感情が駆け巡る。
    彼女ら六人は色々なところで接点を持ち、結び付いている。

    初出を見ると「Feel Love」だったり「小説NON」だったりと本来は微妙に異なる短編のはずだと思うのだが、この六篇が見事にリンクし重なり合い、一つの完成された作品となっている。最初から落としどころを定めていたかのように。

    しかも第一章の「荻窪」から最終章の「田園調布」まで、北から南に下って行くに従い街の生活レベルが高くなっていくというのは実際その通りで、それに合わせた登場人物の設定という構成も見事だ。
    (そんなことを感じたので、敢えて冒頭部分ではなく最終節を引用してみた。これを読んでも、結末を知るとか、内容が分かるとか、そういうものとは一切無縁なはずなので)

    読み終わった時より、このレビューを書いているうちにあらためてその凄さに気付き、唸ってしまった。

    これほど素晴らしい連作短編で、かつ最後が締まっている作品を読んだのは、現在日本一の短編の名手である吉田修一氏の「日曜日たち」を読んで以来という気がする。
    註:あの作品は名作です。ずっと読み進めて来て最後の1P(最後の三行?)で突然涙が零れ落ちるという稀有な作品。未読の方は是非お読みください。<(_ _)>

    畑野智美さんの作品をこれまで何作か読ませてもらったが、不安に揺れ動く女性の心理描写もさることながら、章立ての構成をあらためて分析すると、この作品は出色のでき栄えであり、彼女の最高傑作ではないかと思う。
    お薦めです。

    • 杜のうさこさん
      こちらでもこんばんは~♪

      畑野智美さん、アンソロジーで読んだだけで、ずっと読みたかった作家さんです。
      この本も、少し前にブクログのお...
      こちらでもこんばんは~♪

      畑野智美さん、アンソロジーで読んだだけで、ずっと読みたかった作家さんです。
      この本も、少し前にブクログのお仲間本棚さんで拝見してから読みたくて~。
      最高傑作ですか!
      吉田修一さんの「日曜日たち」もメモメモです。
      あ~24時間本だけ読んでいられる別の頭脳が欲しいです(笑)
      2016/02/06
  • 畑野さんの本は初めて読みました。
    「王様のブランチ」で紹介されているのを見て以来、ずっと読みたと思っていた本。

    荻窪、八幡山、千歳船橋、二子玉川、上野毛、田園調布に住む6人の女性たちの恋を描く連作短編集。

    畑野さんの他の作品もぜひ読んでみたい。

  • 『感情8号線』=環八。
    このタイトル、ぴったりですね。
    見事に混み合ってます。
    渋滞してます。
    スムーズに流れると思いきや、思わぬところでひっかかり…。
    あ~、なんでこうなっちゃうかなぁ…と言いたくなるような物語。

    ずっと読みたかった作家さんでした。
    荻窪・八幡山・千歳船橋・二子玉川・上野毛・田園調布
    それぞれの街のイメージに、各章の登場人物を照らし合わせて読んだんですが、
    逆に、彼女たち各々から街の雰囲気をイメージしても面白いかも…。
    いくらなんでもここまで混雑しないでしょ!と突っ込みながらも、
    この年頃の、微妙な感情の揺らぎや葛藤がリアルで楽しめました。
    ぜひ、他の作品も読んでみたいです。

    • 杜のうさこさん
      koshoujiさん、こんばんは~♪

      お仕事だったんですね。安心しました~!
      でも心のどこかで、”センパイなにやら”と期待していた...
      koshoujiさん、こんばんは~♪

      お仕事だったんですね。安心しました~!
      でも心のどこかで、”センパイなにやら”と期待していたのかも…(笑)。
      あいかわらずの悪魔です(*^-^*)

      うふふ、図書館のお姉さん、
      「あら、津村記久子さんの大ファンの方だわ!」って…^^
      2016/06/22
    • koshoujiさん
      うさこさん・・・・・。
      図書館のお姉さん、「あら、津村記久子さんの大ファンの方だわ!」って…^^
      ↑これ面白い!! ☆5つ差し上げます。...
      うさこさん・・・・・。
      図書館のお姉さん、「あら、津村記久子さんの大ファンの方だわ!」って…^^
      ↑これ面白い!! ☆5つ差し上げます。<(_ _)>
      何度も借り直ししてますからね。なのに読んでないという(笑)。
      2016/06/26
    • 杜のうさこさん
      わぁ~い!☆5つ、いただきました~♪(笑)

      センパイ…、
      この悪魔な後輩うさこに、なんてお優しい(*^-^*)
      わぁ~い!☆5つ、いただきました~♪(笑)

      センパイ…、
      この悪魔な後輩うさこに、なんてお優しい(*^-^*)
      2016/06/26
  • 環状八号線沿いに住む、年齢も境遇も様々な女性達を描いた連作短編集。
    環状=感情とは、うまいタイトルだなぁ!と。かつて関東には住んでいたものの、車に乗らない生活だったので、環八といってもピンとこない。荻窪、八幡山、千歳船橋、二子玉川、上野毛、田園調布。全て環八沿いとはいっても、電車だと乗り換えが必要。街の雰囲気もそれぞれ異なるから、鉄道路線沿いに比べて街の繋がりは薄いように感じる。そんな特徴を見事に作品に生かし、ヒロイン達のキャラ設定に反映させているのが面白いと思った。
    生活苦にあえぐ貧乏な舞台女優、恋人のDVに苦しむフリーター、夫の不倫に悩むセレブ主婦、新婚ブルーの社員、美しく有能ながらも、「独り」が怖いキャリア女性、舞台俳優に恋したお嬢様…。それぞれがじりじりとした不安に苛まれる。このうまくいかない感じが何ともリアル。読んでいてひっかかる…ざらっとした感じは畑野作品特有だなと思う。作品によっては不快な方に転じることもあるけれど、今回はギリギリの意地悪さ。それぞれのラストの「えっ!?」という仕掛け。色々想像させられちゃうところがまた、ニクイね畑野さん。連作短編という形式を存分に生かし、様々な角度から彼女らの日々を垣間見ることが出来たのもよかった。
    畑野作品を読むと、自分の心のブラックな部分に気付いてしまうときがある。まぁ、誰もがそんな面を持っているわけだしね。生きていく上では、そんなところもほどほどに肯定しながら目の前のことを受け入れていくことが必要なのかなと思えた。

  • 同年代だから思えるのだろう…
    自分で稼いだお金を自分だけで使い、自分で作ったご飯を自分だけで食べるうちに、世界が狭くなっていく気がするという上野毛不倫女には同情しなくもないな…

    世間知らずで真っ直ぐに貫ちゃんを好きになれる田園調布お嬢様も若干羨ましい。
    お見合い相手、公太君なのかなと勝手にどきどきしてしまった…
    最後タクシーで帰る場面、
    あれば遠回りせずに
    真っ直ぐ進むということなのか…
    (感情も環状8号線も)

    千歳船橋新婚女の同僚2人よりは地理的に南に住みたいは怖いよ…


    なんと、各章を各地のカフェや喫茶店まで行って
    そのお話を読んだ。
    生活の豊かさが南に行くにつれてよくなる的な視点だけでは良し悪しは決められないけど
    体感(めちゃくちゃ偏見だがw)
    荻窪|||八幡山||||千歳船橋|||二子玉川|上野毛||田園調布
    かな(?)
    街のカラーが違いすぎる。

    カフェ巡りと一緒に楽しめたのは
    個人的にかなりよき◎

  • 環状八号線に近い地名にならった物語。私の好きな、ちょっとずつ登場人物が重なる短編集。それぞれの女性の思い、想い。いろいろな立場の人の話があったけど、やっぱり自分と似た状況の人の話は刺さるな。
    男性側からの物語もあると思った。

  • それぞれの街に住む、それぞれの女たちの物語。
    女優を夢見て上京してきた真希は、バイト先の餃子屋で一緒に働く貫ちゃんのことが好きだったが、貫ちゃんには彼女がいる。諦めようと他の人と付き合ったが、なかなか忘れられずセフレみたいな公太くんがいるだけだ。
    アンティーク雑貨のお店で働く絵梨は、同棲中の彼氏からDVを受けている。彼氏の機嫌を損ねないように生活している。職場の同僚にはDVのことは薄々気が付かれ、心配もされるが彼氏が与えてくれる生活水準を今更落とすことも出来なくて…
    婚姻届を出した亜美は、どこか不安だった。ずっと付き合っていた彼氏と結婚をして、ハワイで挙式も挙げる予定だ。だけど、これから自分は誰とも恋愛は出来ないし、セックスだって他の誰かとは出来ない。そんな不安な中、高校のときに付き合っていた元カレとばったり出会う。
    二子玉にマンションを持ち、2人の子供と幸せに暮らす芙美。しかし、夜遅くに帰宅する夫はたまにバラの香りがする。その匂いの女には心当たりがある。夫の部下の女だ。
    会社と家の往復する生活の里奈。自分のためのジムとネイルサロンは欠かせないが、彼氏も結婚を約束してる人もいない。ましてや、この前不倫相手の上司と別れたばかりだし、妻の愚痴を言いつつ結局惚気を言う同僚の家庭を荒らしたばかり。結婚願望はあるものそう簡単に相手は見つからない。
    世田谷のお嬢様として育った麻夕。社会勉強として餃子屋でバイトしている。最初は貫ちゃんのことが好きで始めたが、貫ちゃんには彼女がいたし、餃子屋で働く人たちと自分はやはり住む世界が違うんだなと思い始めて…


    東京の地理は全く分からないし、路線もよく分からない。分かっていたらもっと楽しかったのかなと思ったりもした。真希はちょっと可哀想な子だし、絵梨は目が覚めて良かった。芙美ちゃんは里奈は悪い女だなぁと思いながらも、その男は危険だぞ!とも思った。


    住む街によって住んでる人たちは違うんだな。麻夕や里奈はお金持ちの部類だし、芙美は夫の親のお陰で人気の街に住んでる。真希はバイトをして電気を止められることもしょっちゅうだしいつもお金がない。でも、あの餃子屋ではそれが当たり前の世界だけど、麻夕にとっては民度が低いなぁと思う。


    結局、ミクさんと公太くんが少し謎だったけど、小説の中にできた女性たちが幸せになれればいいなと思った。


    2021.2.27 読了

  • 環状8号線沿いに住む、
    恋愛に悩む20代の女の子たちのお話。

    年ごとに悩みが別なことだけでなく、
    住む環境によっても価値観や考え方が変わることを
    感じられます。

    話の内容としてはチープな感じはするのですが、
    生きていくうえでぶち当たる避けられない
    恋愛、仕事、お金、住居、結婚、友情 と 性別
    について考えさせられる、現実的なお話です。


    誰かを好きになれば人は変わっていく
    でもそれがいい変化とは限らない
    誰かを好きになるイコール大人になることとは違う

    文中にも出てきますが
    まさにこれを感じます。
    こういうのを読むと、ダメな男も悪いけど、
    ダメにされる女も悪い。強く生きなきゃ。
    ってなります。

    女の人ならきっと
    「このこじらせ女の気持ちわかるわ〜」
    と思うでしょう。

    でもその後
    「やっぱそれが普通だよね」
    と同じを肯定しちゃうんじゃなく、
    「やっぱ男性に翻弄されないブレない女にならなきゃ!」
    と、女の人の心を奮い立たせてくれるはずです。
    というかそろそろ女性はそう気づくべき!
    メンヘラを肯定しないで笑


    わたしも20代なので
    近い過去、未来のお話で自分ごととして読めました。

  • 最近当たりの短編集が続いてる♪
    環八の街々を舞台に、それぞれの街に住むお年頃の女子の恋愛模様を描いている。
    夢だけで暮らしてる子も、お金持ちの子も、一見幸せそうな子も…-恋愛っつーのはみんな平等に悩ましい案件なのでR!

  • 2016/2/10

    環状8号線沿いに住む人たちの連作短編集。
    土地勘があればもう少し楽しめたかな。田園調布から荻窪までバイトしに行くのがどれだけトンチンカンなことなのかピンとこない。

    前向きなようで、先が不安になる人たちもチラホラ。悪人は出てこないけれどみんながみんな善人なわけでもない。人生もハッピーエンドばかりではないもんね。他の作品も読んでみたい。

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著者プロフィール

1979年東京都生まれ。2010年「国道沿いのファミレス」で第23回小説すばる新人賞を受賞。13年に『海の見える街』、14年に『南部芸能事務所』で吉川英治文学新人賞の候補となる。著書にドラマ化された『感情8号線』、『ふたつの星とタイムマシン』『タイムマシンでは、行けない明日』『消えない月』『神さまを待っている』『大人になったら、』『若葉荘の暮らし』などがある。

「2023年 『トワイライライト』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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