「レズビアン」という生き方―キリスト教の異性愛主義を問う

  • 36人登録
  • 3.90評価
    • (4)
    • (1)
    • (5)
    • (0)
    • (0)
  • 5レビュー
著者 : 堀江有里
  • 新教出版社 (2006年10月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (265ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784400427049

「レズビアン」という生き方―キリスト教の異性愛主義を問うの感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 牧師でレズビアンの著者が語る日本の今のキリスト教会内の異性愛主義。
    キリスト教という宗教の中の、ではなく日本のキリスト教会という団体内の話。
    なんか宗教上どうのっていうより保守というか躾のなってないおっさんに牛耳られた団体ゆえの、という感じだなあ。

    レズビアン=女性同性愛者であることは、「女性」「同性愛者」というダブルの弱者であるということだ。
    「女性」というくくりで闘う時も、「同性愛者(セクシャルマイノリティ)」というくくりで闘う時も、ないがしろにされやすい。
    今はアンタの話をしてるんじゃないの!と脇によけられてしまう。
    そんな内部の批判をすれば「もっと大きな敵と戦ってるんだから味方の足を引っ張るな」と言われてしまう。
    自分を踏みつける足を払ったら相手が勝手にすっ転んだだけなのに。

    マイノリティの中のマイノリティという存在の闘いにくさは、ブラックフェミニズムや障害のある失業者や薬物依存の女性なんかと同じ。
    否定され続けていると理不尽なことをされても自分に怒る権利があると思えないから抗議できないというところも同じ。

    という辺りはわかる。
    でも最初からわかる人にしか伝わらない文章かもしれない。
    「伝わらなさ」を語り、せめて「響く」ことを願うと書いてあるけれど、これはたしかに伝わらないだろうなあ…
    「思い」は「響く」。わかる気がする。
    でも、なぜそう感じるのかが説明不足だから、同じ部分を持っていない人にはきっとわからない。
    私はたぶん同じようなものを持っているからわかる気がする。
    けれど、もやもやを共有しているだけだから発見があるとか言語化してもらったという感じではない。

    感覚を共有していない部分については解れなかった。
    たとえば異性愛者が結婚することが婚姻制度からこぼれた人たちに対してどうのって部分。
    著者の立場が説明されていないから、ダメだと思っているということしかわからない。どうダメかがわからない。
    婚姻制度に無視された同性愛者をヘテロの結婚式によぶ暴力ってのは過剰反応のように感じた。
    のっかれる人がのっかるのを悪いとは思わない。

    異性愛者が結婚することを、著者がどんな意味で受け止めているのかがわからない。
    「有色人種の友達と出かけて自分だけ白人専用ゲートを通る」みたいなことなのか「花粉症の友達の前で花のにおいをかぐ」みたいなことなのか。
    前者なら差別に加担するなよと思うけれど、後者なら気遣いを要求するような場面じゃない。

    ただ、わからないのは私の無知のせいもあるかもしれない。
    これはどちらかといえばキリスト教徒(日本のキリスト教界隈に身を置く人)向け。
    セクマイ用語の説明はあるけれど、キリスト教会の内部事情の説明はない。あとビヘイビアってなんぞ?
    教義以前に組織がわからないから、たとえば総会がどんな意味を持つのかよくわからない。
    だからそこで起こるひどいことがどんな影響をもつのかもわからない。

    興味深いけど隔靴掻痒。


    「ライファーズ」被害者で加害者http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4622076985
    「生きのびるための犯罪(みち)」依存症の女性http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/478169053X
    「ジェンダーフリーはとまらない」民族的にマイノリティで女性http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4879740179
    「カラーパープル」民族的にマイノリティで女性http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/408760117X

    暴動は起こさないが正しい抗議活動も抑え込まれる日本、とか
    「みんな仲良く」を強制されて少しのけんかも許されないから陰湿化するいじめ、とか
    怒りを否定されてなすがままの女子と泣くことを否定されて怒りしか抱けない男子、とか
    なんかそういうのも関連している気がする。

  • 権利を、そして自らの居場所を勝ち取っていくためには、一番身近なところが一番、困難であることを示している。

    女性同性愛者という社会的に危うい立場を鮮明にしているからこそ、社会に横たわる権力性を分かりやすい言葉で伝えてくれる。

  • レズビアンでありキリスト者として、社会の中、教会の中で闘い生き延びることについて書かれた本。非常に真っ直ぐではあるが、書きぶりに余裕がないのは事実で、読み通すのは正直しんどいものがあった。

  • 楽しみにしていたのを今日落手。一気に読んでしまった。情報源、研究の結果の提示としての作業をきっちりした上で、口語もときどき混じる、屈託のない文体で、ものごとにずんずん迫っていく様子がいいと思った。後半、宗教団体としてのキリスト教の様子が出てくるが、こういうところも読ませてしまう筆力もすごい。なお、未読のひとにひとこと言えば「レズビアン」について、はたぶん何もわからない(^^;)と思うよ。ここにあるのは不当に不可視化される人の怒りと人間の尊厳、だと思う。

  • ジェンダー論、そのなかでもセクシュアリティについての本に関心がある。特に性的マイノリティと位置づけられた人々が当事者として語る本(例えば井田真木子『もうひとつの青春―同性愛者たち』や蔦森樹『男でもなく女でもなく―本当の私らしさを求めて』等)に。それは「自分は誰だ」という存在への真摯な考察であるとともに、対峙するマスとしての私にも「おまえは誰だ」「当たり前とは何だ」という問いを突きつけてくるから。これもいい本でした。タイトルからして期待していたキリスト教の教義についての話ではなかったが、丁寧に先人の仕事をたどり、自分の経験を踏まえて辿られた本は、明快な文章とあいまって一息に読ませてくれた。ここで言う教会は「教義」がどうというよりも、ホモフォビアであるところの社会の濃密な縮図のようである。女であると同時に同性愛者という二重の複雑な抑圧について考えさせてくれる、性的指向がいずれであるかに関わらず、一読の価値はあると思う本。

全5件中 1 - 5件を表示

堀江有里の作品

「レズビアン」という生き方―キリスト教の異性愛主義を問うを本棚に「積読」で登録しているひと

「レズビアン」という生き方―キリスト教の異性愛主義を問うの作品紹介

キリスト教神学とレズビアン・スタディーズが切り結ぶセクシュアリティ研究の新たな地平。『福音と世界』好評連載に大幅な加筆修正。当事者であること、他者と連なること、現場にふみとどまることから見えてくる生き延びるための思想。

「レズビアン」という生き方―キリスト教の異性愛主義を問うはこんな本です

ツイートする