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この作品からのみんなの引用
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「たとえば『白鯨』とか『グレート・ギャツビー』とか。で、その裏で『ハックルベリー・フィン』みたいに世の中から降りつづけるみたいなのもあるんですね。でもとにかく自分が中心になって世界が回ってる。他人がいて、他人の痛みがすごく切実でそれについてどうしたらいいかといった問いかけってあまりないと思うんです。その意味でいうとユダヤ系っていうのはアメリカ文学の中でかなり異色な気がする」
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「アメリカ文学って自分勝手な人たちの文学じゃないですか。〈僕はみんなと違うんだ症候群〉といってもいいんですけど、自分は正しい、世の中は間違っていると。その正しいひとりの栄光と悲惨っていうことで大抵の話は説明がつくわけです」
みんなの感想・レビュー・書評
80年代90年代、ある意味日本文学の「変革」をもたらした村上春樹。
歴史的な変遷が、彼にアメリカ文学を与え、影響を及ぼし、新たなスタイルが誕生する。
彼から影響を受けた現作家や、アメリカ文学の翻訳でおなじみ柴田元幸氏の直接対談まで、文学の流れを理解することができる良書。
柴田元幸を読んでも、三浦雅志を読んでも、内田樹を読んでも、わたしはそこに村上春樹を感じ取る。わたしが春樹を最も熱心に読み込んだのは中学3年間で、その後、春樹の訳した海外文学を読んだり柴田元幸の訳した海外文学を読んだりして、春樹自身の作品はそんなに読んでなかったのだけど、どこへ行っても村上春樹の庭の中という感じがします。柴田元幸の庭にいても、それは村上春樹の庭の一部だと思ってしまう。わたしがわたし自身の庭を形成する際に使ったのが村上春樹だから、わたしはいつまでも村上春樹の庭で遊んでることになるのかも。と、いうことを思わせる本でした。2人についてより「もうひとつのアメリカ」に関する考察が一番素敵だった。
新人小説家との会話からこの評論集というには風変わりすぎる本は始まる。質問は、影響を受けた作家は誰か。影響と言われてもと言いよどんだこの20歳。 「読んだのは村上龍、村上春樹さんですね、やっぱり。とくに村上春樹。誰でもそうだと思うけど。でも、それが終わってからは、柴田元幸さんの翻訳じゃないかと思います」 「柴田さんの翻訳?」 「ええ。日本の作家のものはほとんど読みませ... 続きを読む »
面白いよ。村上春樹からどこかに行こうとしている人へのブックガイドと思えばいいんじゃない?個人的には村上春樹評論ってなんか不毛な気がするから、その部分はどうでもいい。むしろ俺の知らないところで、柴田元幸がこんなにもアイドルだったんだと知ったことのほうが大きい。俺は日本の現代作家読むより、外人にすごい奴がいっぱいいることに気づいたんだけど、そしてそれは俺なり運命の転換だったのに、それがまさに普通だって言われたことのこの悲しさ。






